不幸の再開と入院


その日は突然訪れた。


少女がこれまでにない幸せな日々を過ごしていた時のことである。


その日の彼女はかなり舞い上がっていた。何せ8年間続いていた不幸な出来事がこの半年の間ただ一つも起きていないからだ。


最初の1ヶ月はただ単に不幸な出来事が起きないことに喜んでハイなテンションになっていた。しかし、1ヶ月を経た後あることに気がついたのだ。


「もしやこれは一次的なものでは無いのか?」


ということに。それを思うとなんとも言えない恐怖が彼女を襲った。


それから彼女の周りを警戒する日々が始まった。


頭上に看板は落ちて来ないか。信楽焼は?ペットは?花瓶は?クマの敷物は?野球部のボールが落ちて来ないか。そして、トラックは突っ込んで来ないか。信号を待つ時は信号機から10メートル以上離れて待っていた。また、学校では窓ガラスが落ちてこないか、野球のボールが落ちてこないか。


それらを警戒すること約半年。


(半年何もなかったんだからもう警戒しなくても大丈夫だよね?)


彼女はそう結論付けた。


(もう、もうあんな目には会わずに済むんだ!!)


幸せを噛み締めながら学校からの帰り道をスキップしていた。彼女はとてつもなくうかれている。気分は某ブランコに乗りながら歌っている赤い服の少女だ。頭の中の某少女が『幸せはなぜぇー』と歌っている。


(今日は買い食いしようかなっ?憧れの買い食いだ!!)


そう。実は少女は買い食いというものをしたことがなかったのだ。何せ、これまでは如何に安全に、不幸な目に合わずに済むかを考え周りを警戒しながら、学校が終わると家に真っ先に向かっていたからだ。

しかし、それも今日でおさらば。

これからは放課後を満喫するのだと強く意識を固めたのだ。

これからの放課後ライフに思いを馳せている頃、ある声が聞こえた。


「危ない!!」


その声を聞いた少女は呑気にもこんなとを思っていた。


(へ?危ない?誰かが危険な状態なのかな?もしや、私か?いや、ないないない。

だって不幸なことはもう起きない筈だし……。)


少女は辺りを見回してみる。


(うん、やっぱり大丈夫だ!)


いつもの彼女ならばその声を聞いた途端その場から離れていただろう。しかし、彼女は油断していたのだ。浮かれていたのだ!

何せ、半年もの間何も無かったのだから!


だから、彼女は気が付かなかった。その声が少女に向けてのものであることに。トラックが他の人には目もくれずに、一人でいる少女のすぐ後ろに迫っていることに。


スキップをしている少女は、周りの人の声が聞こえなかったのだ。


そして、エンジン音が後ろからかなりの音量で聞こえてくることを疑問に思い、振り向いた時にはもう遅かった。


トラックが少女とぶつかる寸前、少女はあるものを見た。トラックの助手席にあるものを。


決して意図して見ようとしたのではない。


ただ、目を引いたのだ。


自然と見えてしまったのだ。



(た…ぬき…?)



それを認識した瞬間、体に強い衝撃と浮遊感を感じた。





目を覚ますと、そこは病院であった。


少女は直ぐに救急車によって病院に運ばれた。そこで全身打撲&両足骨折の全治3ヶ月の怪我だと診断された。



「不幸中の幸いと言いますか、頭部に何も無いのが不思議なくらいです。あの規模なら、一歩違ったら脳に損傷がつき、死んでいる可能性もありましたよ。本当に、良かったですね。」



医師はそういった。


因みに運転手は、居眠り運転&飲酒運転のダブルコンボだった。


それを聞いた少女は、飲酒を生涯しないことに決めた。


体のそこかしこが痛み、重い。



(油断した途端これですか!!)



今回のは今まで受けた不幸で最も酷いものである。



(あれかな?半年分のが一気にきたって事かな?こんなことなら毎日犬猫のう○ち踏んだり、野球部の豪速球が頭にあたって気絶して保健室に運ばれる方がマシだったよ!!)



病室の扉が開き初老の男が一人、少女が横たるベットにやってきた。



「じいちゃん」

「おう。調子どうだって、言ってもいい訳ないよな。」



少女の着替えと教科書を持ってきてくれたのだ。



「しっかし、幸も運がないのぉ。トラックが、突っ込んでくるなんてな。いや、逆に運がいいのかもしれないな。これだけの怪我で済んだんだからのぉ。」

「それ、先生にもいわれた。あ、ありがとう。」

「おう。」



男が入れてくれた茶をズズっと飲む。


このいかにもな爺言葉を話す男、実はまだピッチピチの55歳である。髪の毛も一本一本がしっかりしていてふっさふさの艶々だ。


少女の父方の祖父である彼のマイブームは、爺言葉を使うことである。だからか、今の彼はギャップが凄いのだ。そして、語尾が安定していない。


彼は若い頃に荒稼ぎした時のお金で隠居生活をしつつ、株で稼いでいる。そのお陰か親類の中で一族で最も金を持っている。


彼は多趣味で今は漫画を描く事にハマっている。今描いているものは勇者の力に目覚めた少年が魔王を倒しに行こうとするが、瞬殺されるという話である。男曰く、見せ場は瞬殺されるところらしい。



「お前、お祓い行ってみたらどうだ?なにか憑いてると思うぞー。憑いてる感じビンビンするしのぉ。」



男は見えないけど感じるタイプである。ちなみに少女は狸に出会ってから感じる、見える、臭うのハイブリットタイプだ。



「絶対、狸だと思う。」

「たぬきぃ?お前何したんだ?」



男が尋ねた。



「お札まみれの信楽焼殴った」

「なぐった」

「うん」

「「…………。」」

「まあ、それに何かいたんだな。きっと。」



(ああ!いましたとも!お札まみれの!舌っ足らずのずんぐりむっくりとした狸がな!!)



こうして、少女……渋谷幸しぶやこうの不幸な人生は再開したのである。



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不幸な少女と信楽焼 桧馨蕗 @hinokinokaori

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