不幸な少女と信楽焼

桧馨蕗

プロローグ







ああ、私は幸せだ。






桜が全て舞い散り、陽射しが少し強くなったある日のこと。ここに一人の少女がこれまでにない幸せを噛み締めていた。


何故、彼女が幸せを噛み締めているのか。それは彼女のこれまでの人生を聞けばわかることである。


1日に3回は必ず転び、週に一度は必ず何かしらの糞を踏む。そして道を歩けば物が頭上に降ってくる。それが花瓶ならとても良い方で時には看板が、時には狸の信楽焼が、また時にはまるまる太ったペットが降ってくる。


それだけならまだいい。しかしそれだけではないのだ。


月に1回放水訓練に巻き込まれる。学校へ行けば野球部のボールが必ずと言っていいほど頭上に迫り、3年に1度は必ずどこかを骨折する。そして毎年2回はインフルエンザにかかる。


これでおわかりだろう。

そう、彼女は些細な不幸がその身に降りかかる不幸な少女なのだ。


そんな彼女の不幸が始まったのは小学2年生の時である。





「つまんなーい、つまんない!何かおもしろいのないかなー?」



当時の彼女は何も代わり映えがない毎日に8歳ながら、刺激を求めていた。


そこで当時8歳の彼女が思いついたのは家の蔵を漁ることだ。


彼女の家は、代々当主になるものは何故か曰く付きのものを手に入れることが多い。そして、その蔵にはその当主たちが手に入れてしまった曰くの品が納められている。


その曰く付きの品がこれでもかと言う程納められている蔵に刺激を求めたのだ。



キィーーー......



「ハックシュンッ!」



なかに入ると大きいなクシャミをした。

何年も誰も入っていないようでホコリが溜まっている。


とりあえず片っ端から見ていこう。


そう決めて目の前にある箱を開けて覗いてみる。


中は暗くてあまりよく見えないが本らしきものが入っている。試しに1冊手に取って見てみる。



(イノシシの仕留め方?)



あまり面白くなさそうだ。


早々にそう判断した彼女は別の箱も開けてみる。


面白くない。つぎ。毛虫の飼い方。つぎ。日本人形?つぎ。ミミズで呪う方法。つぎ。アイアンメーデン...つぎ。これも...ダメ。つぎ。つぎ。つぎ。つぎ。


なかなか彼女を刺激するようなものは見当たらない。


とうとう最後まできてしまった。今度こそと、期待を込めて他のものより一回り大きい箱をあけた。



パカッ......



中には何かのお札がそこかしこに貼ってある大きな狸の信楽焼と、小さな信楽焼が入っていた。


期待外れだ。


既に蔵に入ってから3時間たっていた。

もうすぐ日も沈む頃だ。


3時間もの時間をかけて最後に見つけたものが、狸の信楽焼。


こんなにも苦労したのに!なんで、最後の最後までこんなのなの!もうヤダ!



ゴンッ!



おもしろい物が見つからない苛立ちに大きな狸の信楽焼を拳で殴った。


すると、なんということでしょう。



「こむしゅめめ〜!わたちを殴ったなぁ〜!」



狸の信楽焼の大きい方がしゃべったのだ。しかも話すことだけでなく、お札まみれの体を重そうにしながら箱の中からもたつきながら出てきた。


傍から見ればずんぐりむっくりとした狸が、危なっかしく箱から出てるく様子は可愛いだろう。お札まみれになっていなければだが......多分......。


彼女はその気持ち悪さに耐えきれず逃げようとした。


しかし、開けていたはずの扉が閉まっており何度力を込めて横に引いても動かない。


そうしている内に狸はどんどん近づいてくる。



「おのりぇ〜、おのりぇ、こむしゅめめ〜」



と言いながら迫ってくる。



もうダメだ。



そう思いその場にうずくまって目を瞑っていると、何かジメジメしたものに包まれた。


目が覚めると、そこは自分の部屋だった。


一体あれはなんだったのか?

もしかして、ずっと夢を見ていたのか?



コトッ......



ふと物音がした。何かが落ちてくる音だ。

彼女の頭の横から。何もない所から。



恐る恐る音のした方を見てみる。



そこにはあの、お札まみれの狸の信楽焼と一緒に入っていた小さな狸の信楽焼がそっと、異様な空気でそこにいた。



その横に1枚の紙が置いてある。



『そなたには、災いが降りかかる。

少しでもマシな物にしたければ、狸を崇めよ。』



と、書いてあった......。



その次の日からである。彼女の身に不幸が降りかかるようになったのは。


狸を崇め奉っても変わることはなかった。


こうして彼女の不幸な人生ははじまり、8年目に突入したある日。ふと、その不幸が降りかからなくなったのだ。


不幸なことが、高校に入学してから1ヶ月1度も起こっていないのだ。



やっと、狸から開放された!



これを幸せと言わずなんというか。

野球部のボールが頭に迫ってくることがない。狸の信楽焼も降ってこない。まだ転んでもいない。糞も踏んでいない。



そう、彼女はこれまでにない以上に幸せなのだ。
























しかし、これがさらなる不幸が降りかかる一時の安息であることを彼女は知らない。






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