公正な恋愛

さつき

第一話



白く滑らかな肌、焦げ茶色の大きな瞳。里美の身体が成り立つ一つ一つの部位が、達徳を夢中にさせた。目は誰もが羨むであろう綺麗な二重。睫毛が綺麗にカールされていて、薄化粧でも綺麗な目。高くツンとした鼻。アヒル口がチャームポイントな唇。達徳は里美に出会うために生まれてきたのだと本気で思うくらい、里美に惚れていた。この顔を見るたびに、本気で恋をする。

休日の午後の昼下がり、セックスを終えた達徳は、達成感に満ち溢れていた。こんな美人とセックスをして、あれだけ喘がせて、達成感を味わない奴はいないであろう。実はさっき、里美から今日のセックスは特に良かった。興奮しちゃった。と、甘ったるい声で言われたものだから、デレデレのメロメロなのである。

「たっちゃん、コンビニでジュース買ってきて〜もう無くなっちゃったー。エッチする前に気付いていれば良かったぁ。今から買いに行くのはだるい〜。」足のマッサージをしながら、甘えた口調で里美は言った。

達徳はパンツを履きながら、「分かったよ。里美の好きなアセロラジュース買ってきてあげる」と言い、ジーンズとTシャツを着て、家を出た。

今日は8月の中でも特に暑い猛暑日だった。玄関を出るとすぐに道路があるこの家は、こういう猛暑日は、昼間、水を撒いて地面の温度を下げたりする。達徳は里美のエロい身体を思い出しながら、大きな歩幅でコンビニへと向かった。あんなに可愛い顔をしている彼女を持つ俺って、勝ち組。そんなことを考えながら、晴天を見上げ、ニンマリと笑う。そうだ、アイスも買って行ってあげよう。



               


好きでない人とのセックスは、こんなにもつまらないものなのかと、里美は溜め息をついた。とりあえず、好きでないのに、二回戦を求められても困るので、満足させるために、今日のは特に良かったと嘘をついたのだが、何度、途中で生理が来たみたい、と嘘を言い、セックスを中断させようと思ったことか。付き合って2年にもなるのに大きなプレゼントも無く、それなのに、結婚したいよね、と同調を求められている系プロポーズを達徳から1週間前に受け、"まだ大学生"という理由で断ったのだが、“貧乏人”とは結婚しないつもり、と、言ってやれば良かったと、里美は少し思った。けれど、「いっぱい褒めてくれる人間リスト」に入っている達徳のことだから、何かそのうちお高いプレゼントをしてくれるに違いない、と服を着ながら里美は思う。そしてコップ一杯の水をキッチンに行って飲むと、本当はジュースなんて太るからいらないのだけれど、どうしても琢也へメールをしたかった里美は、達徳を外へ行かせたのだ。

携帯で、琢也へメールを送る。

「この間頂いたブルガリの時計、早速昨日、美容院に付けていったら、美容師さんにも受付の方にも褒められちゃいました…。感激。太陽光の下で見ると、文字盤のダイヤが余計キラキラキラキラしていて…。私には勿体ない思いで、いっぱいです。もう、大好き。次はいつ会えそうですか?」

昨日プロポーズをしてきた琢也は、里美の4人いる彼氏のうち、大本命の彼である。とりあえず、なんとなくまだ遊んでおきたいという理由で、琢也からのプロポーズはやんわり断ろうと、心に決めていた。でも、一番思い入れが深い、琢也からのプロポーズを、断って良いのだろうか。まぁ、プロポーズを断っても、付き合っていることには変わりがないし、大丈夫か。ブルガリの時計を貰ってしまった手前、4人いる彼氏のうち、琢也の割合を増やせばいいやと、その場その場、楽しければ良いというテンションで生きている里美は、思ったのであった。琢也が4割、達徳が2割、裕太が2割、浩輔が2割。会う割合は、それでいこうと、里美は思った。そうだよ、琢也のことが一番好きだし、琢也が一番お金を持っているし、一番イケメンだし、当然、当然。2割組の3人は、優しすぎてつまらないし、自己肯定感を上げてくれる要員と、寂しくならないよう要員、それから、美味しいご飯をご馳走してくれる要員なのだ。自己肯定感を上げてくれる存在は、重要だ。だが、顔が中の上だと、私と釣り合わない。自他ともに認める上の上の顔の里美は、結構な頻度でそう思うのであった。

物足りない里美は、携帯で卑猥な動画を見るのも面倒だったので、手っ取り早く先程の達徳とのセックスを思い出し、鏡を見ながら、自分の手で自分の胸を揉み始めた。瞬間、股間に熱い感覚がやってきて、もっと胸を揉んでほしいと、脳が里美に指令した。里美は心で答える。達徳じゃなくて、琢也さんに、揉まれたい、琢也さんに、めちゃめちゃにしてほしい―。脳も心も、琢也のことを思いながら乳房をいじったら、満足したらしく、パンツを履いて、ブラジャーを身に着け、達徳で満足できなかった分を、自分で解消したのであった。

もうすぐ達徳が帰ってくるだろう。その前に、親のご機嫌をとっておかないと。家庭不和で、しょっちゅう怒られて大事にされずに育った里美は、いつでも親の機嫌をとる子に育ってしまっていた。里美は用意しておいたこの間の料理教室で作ったゴマ団子パンの写真を、母親に文字と一緒に添付して送った。

「料理教室で作りました!今度お母さんにも作るね♪」

41歳でパトロンがいる里美の母親は、所謂、美魔女である。普段は美容部員をしている。父親と離婚してからは、子持ちであることを、隠して、スマホアプリでパトロンを作り、なんでも好きなものを買ってもらっている。父が浮気して離婚したのだから、心にぽっかり穴が開いてしまったのだろう。仕方のないことだが、もう41歳なのだから、まともな人を探して、再婚すればよいのにという気持ちが大きい。

やれ、二人にメールを送ったことだし、達徳が帰ってくるまで、ベッドの上で横になって、ゆっくりしていよう。


                 



21歳の子にこの年齢でプロポーズをするなんて、自分はどうかしているのだろうか。「性の歪み。~ロリータコンプレックスという病気~」という本を本屋で立ち読みした琢也は、顔を洗うようにして手の平で顔をこすった。自分があげたロレックスの時計で美容院に行ってくれたのか、嬉しい。里美からのメールを読んで、琢也は顔が赤くなった。

木々の緑と太陽の光が綺麗に合わさって、明るく穏やかな雰囲気を醸し出すこの「みどり公園」で、残りの休憩時間を過ごそうと、琢也は背伸びをして噴水近くのベンチに座った。

プロポーズしたのはいいものの、正直断られても、良いとも思っている自分がいることに、最近琢也は気がついた。どうして夏のボーナスで、ロレックスの時計を買って、プロポーズをしたのだと問われれば、顔が完璧に好みだったからと答えるだろう。顔が完璧に好みだということの他は、声が可愛い、性格が犬みたいで、可愛い、あとは若いだけあって純粋なところが良い、くらいだろうか。特に良い母親になりそう、とか、良い妻になりそう、という、想像からというよりかは、“峰原里美”を手放したくない、という思いからきている。それがどうして断られても良いかもと思っているかは、琢也自身も呆れる理由なのである。

ちょうど二日前、プロポーズをした次の日、里美よりも見た目が好みな女性に、出会ってしまったからという単純な理由であった。里美は、どちらかというと、細身でも太くもない普通体型だが、その美女は細身で胸とお尻が格段に大きい、どの男性が見てもそそられるような体型だった。体型で里美を越えているのと、あとは年齢が想像するに自分と同じくらいだから、興味をそそられてしまったのかもしれない。顔はどことなく里美に似ていた。そういう顔が好みなのだろう。まったく、ロリコンに関する書物を読んでいるかと思えば、おおよそ30代の美女に一目惚れをしたりして、プロポーズを断られても、断られなくても、こんな自分で、この先の人生、うまくいくのか不安になる琢也である。医者だろうがなんだろうが、こんな女好きで優柔不断な男は、俺だったら嫌だなと、日差しが照っている噴水を見て思った。綺麗な噴水。俺も、こんな透明な気持ちで、里美だけを見られたらな。と、琢也は思った。もう、休憩が終わる時間だ、ミネラルウォーターを一口飲み、勤務している大学病院へと足早に向かった。



               



8月4日のお昼、里美は琢也と三軒茶屋で待ち合わせをしていた。時間の5分前に、ランチハンバーガーが美味しいと評判のお店に、先に入って、水を飲みながら、足をぶらつかせて待っていた。3分待ったところで、琢也が到着した。

「待った?」

緊張している琢也は僅かに笑顔を見せながら鞄を降ろし、席へ着いた。

「待っていないですよ。今来たところです。」

琢也の笑顔につられて、里美も笑顔になった。

「そうか。良かったよ。あ、それ!」

左腕についている、琢也がプレゼントした腕時計を見つけると、琢也は、嬉しそうに笑った。

「お気に入りなので、早速つけています。」

「それは、良かった。」

「あ、何にしますか?私チーズバーガーにします。お腹空いちゃって」

「じゃぁ、俺もそれにしよう。美味しそう。」

店員に頼み終わると、里美が、緊張した空気を変えるように、この間の美容院での出来事を、話し始めた。

「この間いつも担当してもらっているIさんがいないから、いつもとは違う女性にカラーとトリートメントをしてもらって。そうしたら、最近タレントとして活動している、ほら、Fスタとかに出ている、Kくん。Kくんが来店してきて。びっくりしたのですよ!」

「へー!Kくんね!あの子いくつだ?22歳くらい?若いよね。瞳が大きな子だよねー。」

「うん、確か22歳。琢也さんも大きいけれどねー。」

ふふふ、と笑いながら両手を頬に持ってきて、里美は、自分の頬をポンポン軽くたたく。その仕草を見て、琢也は赤面しながら、頭の後ろを掻いた。可愛いよなぁ、本当に。と、しみじみ思った。

「里美の方が目は大きい気がするけどなー。」

そう言い終わると、やっぱり、結婚したいなぁ。返事、今日だよなぁ。と、脇に変な汗をかいてきた琢也である。

斜め上を見上げて、ここが窓際の席だということに気が付いた。青空が見える。しばらく青空を見てボーっとしたくなり、しばしの間口を閉じた。すると、なんだか身体の内側から熱くなり始めた。これが心底からの恥ずかしい気持ちからきて全身が赤面している状態だと気付くまでに、少し、時間がかかった。

「はぁ。」

なんだかこの状態が恥ずかしくなり、琢也はため息をついた。すると里美が、優しく、口を開いた。

「それで、プロポーズの返事なのですが。」

「あ、うん。」

今度は喉がやけに乾いてきて、水を一気に飲んだ。

「返事をする前に、聞きたいことがあるのですが」

「うん。何?」

「どうして私と結婚しようと思ったのですか?」

「正直に言うと、顔がすごく好みだから、かな。それで、一生手放したくないと思って」

「…。ですよねぇーそうだと思った」

「そうなんだよね。あとはほら、声も、可愛いし」

「なーるほどぉ」

「うん」

「ごめんなさい」

「え?」

「私、本当のことを言うと、あと3人彼氏がいるんです」

「へ?何急に。それって、どういうこと?3股されてたの?俺って」

「ごめんなさい。それだけ彼氏がいても、どの人と付き合っていても、物足りないんです」

「なんでなの?」

「だって、みんな、みーんな。私のどこが好きか聞くと、顔っていうんですもん。誰も、性格だなんて、中身が好きだなんて、言ってくれやしない。それを言われたいが為に、それぞれの彼氏に1年以上の交際期間を設けたのに」

「…ごめん、ショックで俺、言葉が出ない。顔が好きだってなんだって、好きということには変わりがないじゃないか」

「でも、私は中身が好きだから、一緒にいたいって、言われてみたかった!」

「あのさ、今このタイミングで言っても信憑性ゼロかもしれないけど、俺、里美の性格すげー可愛いって思っていたんだよ?犬みたいで可愛いって。それから、里美が赤ちゃんを産めない身体って知っている男は他に何人いるわけ?俺はそれも受け入れた。」

「そういえばそうだった。話しているのは、琢也さんだけ」

「本当?」

「本当…」

「それからさ、俺、言わなかったけど。プロポーズOKされたら言おうと思ってたから、ずっと黙ってたけど」

「なん…ですか?」

「俺がナンパした日、雨だったこと、覚えている?」

「覚えています」

「声かける少し前、濡れている野良猫に傘をさしてあげていたでしょ」

「あっ…そうだった…」

「俺さ、それ見て心奪われたんだよ。なんかピンときて、今度は俺が、この子に傘をさしてあげたい、手をさしのべてあげたいって」

「もう嫌…!」

琢也の言葉を遮るように、里美が大粒の涙を流し始めた。店内に響く声で泣き始めるから、みんなが里美と琢也を見てきた。

「何が嫌なんだよ。ほら」

琢也が慌ててハンカチを差し出す。ショックを受けて、怒っていたはずなのに、優しくできる余裕があるのだなとほんの少し思えるくらいには、琢也も少し落ち着いてきていた。

「だって、こんなに優しい琢也さんなのに。こんなに素敵な人柄の琢也さんなのに。私が他に3人彼氏を作っていたせいで、今日でこの関係が終わるのでしょう?もう、耐えきれない」

「可愛いやつだなぁ。終わらないって言ったらどうする?結婚してくれるの?」

「こんな私でよければ…」

「まじで?よし決まり!結婚な。俺たち婚約中―。他の男とは、縁切れるよな?」

「切れます。約束します。でもどうして?私怒鳴られてビンタされるかと思ったのに」

「どうしてって、性格も顔も、大好きだから。でも、俺が最初から性格が好きだからと言っていれば、振られることもなく、余計なことを知らずに済んだのに。俺って、馬鹿なやつー。思えば顔ばかり褒めていたもんな。そりゃあ、不安になるよな」

「なんか、琢也さん、自信もっていいのに。最高の彼氏なのに。ていうか私、肝心なことを忘れていましたよね。妊娠できない身体なこと、すっかり忘れていました。なんか改めてこうして言葉にすると、悲しいな…」

「まぁ、養子でもいいじゃん?それに俺は、こう見えて仕事に生きたいタイプだからなぁ。ちょうどいいっちゃ、ちょうどいい」

「どこまでも優しいですね…」

そのとき、琢也の携帯のバイブレーションが鳴った。昨日偶然に再会を果たした、グラマラス美女からだった[成功はしたかしら?ね、うちの娘、なかなか最低でしょ。これで、怪しまれることなく、会える仲になーれた :里美の母より]

琢也はこれで良かったんだ、これでようやく、あの身体を、抱ける機会がやってきた、と、下半身を若干熱くさせながら、深呼吸をする。すると、琢也も男なのだ、スリルと性欲でうずうずしてきた。すると今度は、里美の携帯のバイブレーションが鳴った。電話だった。

「あ!お母さん?やったよー無事丸く収まった!ん?そうそう先程から婚約中の身―(笑)お母さんの言う通り、大学なんて通いながらどうにでもなるし、正直に話すことで前に進むよって助言も、そのものずばりで。ありがとうお母さんー。そうだ!近々さっそく、会わすよ!すごく優しくて、イケメンなんだよ!」

里美はここまで話すと、嬉しくてまた泣いてしまった。

空は青く、まだ日は暮れそうもなかった。外ではとっくに交尾を終わらしたミンミンゼミが、声を枯らしそうな勢いで、鳴いていた。何をそんなに鳴いているのだろう。ミンミンゼミみたいに俺は、自己主張ができないよ。俺も、もうすぐ二股デビューだけれど、嬉しくないような、嬉しいような、仕返しできていてすっきりしている反面、同じ穴の狢になっている自分を、情けなく思っているような。これからどんな人生になるのかな。美女に翻弄される人生も悪くないな、と、琢也は少しだけ思ったのであった。



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