福は内。鬼は……

矢田川いつき

福は内。鬼は……


「福は〜内!」


 元気な掛け声が、遠くから聞こえる。遅れて、パラッ、パラッ、という何かが地面に当たって弾ける音。まぁ、この時期にまくものなんて、ひとつしかないんだけど。


「ご覧くださいっ! この長蛇の列! 今年も鬼を退治し、福を呼ぶ聖浄寺節分会せいじょうじせつぶんえは大盛況で――」


 プツン。

 後ろで唐突に、テレビの音が切れた。振り返ると、ぷぅっとむくれた顔をした妹が立っていた。


「もうっ! なんで鬼が退治されないといけないの⁉︎ 鬼は何も悪いことしてないのにー!」


 やれやれ、またか。


沙彩さあや。何度も言ってるけど、怒っても仕方ないだろ。気持ちはわかるけど……」


「でもっ! でもでもでーーもっ!」


「はいはい、わかったから。お前は先に母さんのところに行って準備でもして来な」


 まだ何か言いたげな妹にそう促すと、パッと顔を明るくして走って行った。

 単純だなぁ、なんて思いつつ、俺はテレビの横に置かれた写真立てのひとつをそっと取り上げた。

 そこにはめられた写真に写っているのは俺と、後輩の一人の少女。彼女が部活に入ってすぐの頃の、写真だ。


「あれから、もうすぐ一年が経つのか」


 月日が経つのはあっという間。それは人間にとっても、変わらない。


「福は〜内! 鬼は~――」


 外の掛け声が、より一層大きくなる。多分もうすぐ、家の前まで来るだろう。

 俺は、すぅーとひとつ深呼吸をして、思い出の写真を静かに置いた。



 ***



「うわあぁぁぁぁん! おかぁさあぁぁん!」


 雪が例年より積もった、二年前の一月のある日。小学生の妹が大泣きして帰ってきたのが、すべての始まりだった。


「ど、どうしたの⁉︎」


 母親は驚いた表情を浮かべ、泣きじゃくる妹を抱き上げた。


「きょ、今日ね……が、学校で……ひっく、せ、節分の話が……うっうぅ……あってぇぇ……」


 それだけで、すべて察した。


 俺の家は、他の家とは違っていた。父親は人間だが、母親は鬼だった。鬼、と言ってもどこかの物語に出てくるような赤い皮膚じゃないし、棍棒も持ってなければ黄色と黒のパンツも履いていない。

 見た目も中身も至って普通の人間であり、違うところと言えば頭に小さな角が生えていることと、多少怪力気味な腕力があることくらいだ。あとは大差ない。破壊衝動とかもなく、嬉しい時はもちろん笑うし、悲しい時は同じように泣く。


 それでも、鬼であることに変わりはない。うっかり人前で角を出そうものなら不審な目で見られるし、力加減を間違えれば相手に怪我をさせてしまう。人間社会に溶け込んで暮らしている俺たちは、常に人目を気にしないといけない。

 ただ遺伝の関係か、俺には小さな角があるが、妹には角がなかった。だから、妹は力加減にさえ気をつけていれば大丈夫だったが、俺は角を隠すためにトップの髪のボリュームを出しつつ、なるべく帽子を被って過ごしていた。

 鬼という存在が現実にいることはほとんどの人が知らないため、こんなふうに俺たちは細々と生きていくしかなかった。


 だけど、この時の妹の涙を見て、俺は心底悔しかった。

 妹はその日、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、学校で教えられた節分についてずっと話していた。節分は鬼という悪いものを退治し、福という良いものを招き入れること。炒った豆をぶつけて鬼を追い払い、歳の数プラスひとつの豆を食べること。鬼が嫌いな柊鰯ひいらぎいわしを入り口に飾り、魔除けとすることなど。

 母親は、「その鬼というのは別に私たちを指してるわけじゃないから大丈夫」「沙彩は嫌われてなんかいないよ」と、ずっとあやしていた。

 そばにいた俺は、すごくいたたまれなくなった。

 どうして、「鬼」なんだろう。

 なんで、「鬼」と例えたんだろう。

 鬼は別に悪いことなんてしないし、悪いものも持っていない。なのに……。


 せめて、俺たちが住んでいるこの尾仁能登おにのとだけでも変えたい。


 そんな思いが、ふつふつと俺の心の底で湧き上がっていった。



 ***



 尾仁能登町おにのとまち

 それが、俺たちの住む町の名前。

 田園風景広がるのどかな田舎で、住宅も少ない小さな町だ。良くも悪くも地縁が深く、ご近所とは持ちつ持たれつの関係。畑仕事をしているお隣さんからは度々じゃがいもやら玉ねぎやらをもらっており、代わりに父親が働いている会社で醸造している地酒を安く提供している。


 また子どもの数は少なく、付近の町の子どもも併せて通う小中一貫の学校がひとつあるだけ。つまりは全校生徒のほとんどが顔見知りであり、子どもにとってはある種絶対の社会だ。

 そんな中で中学二年生の俺は、この町の大きな行事である「おにのと節分祭り」を変えようと奔走していた。


「ここ尾仁能登は、元々は鬼と人が共存していた町です。知識に長けていた人が様々な技術を考案し、身体能力に長けていた鬼がその実現に向けて下支えをしていました。そう考えると、尾仁能登発展のためにも、毎年行われている節分祭りは間違っており、本来の歴史ある節分祭りに変えていく必要があると、私は考えています!」


 年に何度かある全校集会。各部部長の挨拶で、総合文化部部長の俺は必死に訴えかけた。


「おにのと節分祭りを変えれば知名度も上がり、自ずと――」


「あの〜。そろそろ、その辺で……」


 司会の生徒は苦笑を浮かべてそう言うと、「以上、総合文化部でした!」と強制終了させた。全校集会のたびに演説をしており、通算五回目ともなればこの一連の流れも慣れたもので、数少ない生徒も先生も機械的に拍手を送っている。

 早く壇上から降りろよ、という無言の圧力に当てられ、俺は渋々引き下がった。そして集会が終わり次第、部室へと直行した。


「だ~か~ら~。あんなんじゃいつまで経っても変えられませんって、先輩っ!」


 部室のドアを開けるなり、怒号が飛んできた。


「えーでも、お前はあれで興味持って、ここに入ってくれたんじゃねーの?」


「な、何言ってるんですか⁉ 私は町長の娘だから協力してあげてるだけですっ! 断じて先輩に興味を持ったからではないですっ!」


「へ?」


「……はっ! ち、違いますっ、間違えました! 先輩のやろうとしていることに、と言いたかったんですっ! ……あれ? なら別に間違ってないか…………って、そんな意地悪言うならもう協力しません!」


「え⁉ 俺べつに何もしてなくない⁉ ってかそれは困る、ごめんって! とろけるクリーミープリン買ってあげるから」


「…………許します」


 そんなくだらないやり取りの果てに、「ふふっ……プリン、プリン♪」と楽しそうに歌っているのは、尾仁能登町町長の一人娘で後輩の柊彩香ひいらぎさやか。一年前に立ち上げたこの総合文化部で、今やただ一人の一般部員。設立当時は何人か協力してくれた同級生がいたものの、「お前の熱量についていけない」と言われ全員退部した。誰か入らなければ廃部にされるという絶体絶命のピンチで行った、春の入部勧誘のための部長演説で唯一耳を傾け、入部してくれた救世主だ。


「それで、カズ先輩。いつ買ってくれるんですか?」


「……今から購買行くか」


「やったぁ!」


 まぁそんなこんなで、俺はこいつに逆らえないわけである。


「ところでさ。どうしたら節分祭りを変えられると思う?」


 購買までの道すがら、俺は横でご機嫌な柊に尋ねた。


「ま~たその話ですか。何度も言ったんですけど、先輩の言っていることの根拠となる文献か何かを探してくるとともに、全校生徒が喜ぶようなイベントを並行して開催すれば大人と子どもの双方の注目が集まり、一気に進展します」


 めんどくさそうな顔をしつつも、彼女は真剣に話をしてくれる。


「もしその根拠となるものが出てきたら、私がお父さんに掛け合ってみます。またイベントについても、この辺りにはないような都会っぽいものがいいと思います。私もいくつか考えてますけど、まだこれといって良いものが……」


「へぇー。結構しっかり考えてくれてるんだ」


 いつも真面目にアドバイスしてくれるけど、ここまで考えてくれてるとは知らなかった。感心して素直に感想を言うと、なぜか柊は顔を真っ赤にしてこちらをにらんだ。


「べ、べつにカズ先輩のためじゃありませんっ! 私も町長の娘として、尾仁能登を良くしたいと思うからこそ……」


「うん、わかってるよ。ありがとう」


「~~~っっ! そこはそうじゃないでしょ!」


 そう叫ぶと、柊は混乱する俺を一人置いて、足早に購買へと駆けて行った。


 *


 顔をほころばせながらプリンを頬張る柊を見送り、俺は帰路へとついていた。


「根拠となる文献に、都会っぽいイベント……かぁ」


 昼間に彼女が言っていた言葉を反芻する。


 実をいうと、その根拠となる文献はある。それも家に。

 なんでも、母方の家系はこの地に所縁ゆかりがあるらしく、家の蔵には古書がいくつか眠っていた。そのうちのひとつに『尾仁能登風土記』というものがあり、母によると尾仁能登の歴史や文物が書かれているらしく、俺が主張していることの裏付けになるだろう、とのことだった。


 ちなみに、全校集会で主張したことの発端は妹の節分事件だが、元ネタは子どもの頃に祖母から聞いた昔話だ。その内容は、ここ尾仁能登では、鬼と人が共存していたというもの。妹の話を聞いてこの町の節分を変えたいと思った時にこの昔話を思い出し、尾仁能登の文化発展という名目で部活を立ち上げ……今に至るわけである。


「文献……文献……かぁ」


 出してはいけない、とは言われていない。けれど、どう説明して柊に見せたら良いかわからなかった。さすがに、「俺の家は実は鬼の家系で……」なんて言えるはずもない。


「はぁ……」


 ずっとこの田舎町で隠れるように暮らしてきた俺に、都会っぽいイベントが思いつくはずもなく……。


 なんとかなるだろうと思って今まで一年半行動してきたが、もうダメかもしれない。


 夏休みを前に、そんな諦念が俺の中に渦巻き始めていた。



 **



「はぁ⁉ ちょ、ちょっとカズ先輩! やめるってどういうことですか⁉」


 残暑厳しい秋が過ぎ去り、肌寒い風が吹きつける中、柊はそれを押し返すような勢いで叫んだ。


「いやだから、そろそろしっかり現実を見ないといけないかな、って言っただけで。べつにやめるとは言ってないよ」


「それって遠回しにやめるって言ってるのと同じことじゃないですか! いったいどうしてっ⁉」


 物凄い剣幕の彼女に、俺は思わず二、三歩後ずさる。


「いやだって、仕方ないだろ……」


 あの全校集会でスルーされてからも、俺たちはできる限りの努力はしていた。 


 夏休み直前、柊はどこかから巻物を発掘してきた。彼女の父親である町長に掛け合ったが、町全体で取り上げるほどの価値はないと却下された。仕方なく学校の新聞部に頭を下げて記事にしてもらうとともに、イベントもいくつか企画した。が、結果は全て惨敗。

 やはり学校の部活新聞くらいでは、町全体に影響を与えるほどの注目度は出せなかった。また町長の見立て通り、内容そのものが質としても量としても圧倒的に不足していた。夏休み向けに企画したイベントも来場者は数名程度で、小さな子ども会行事みたいなレベルだった。


 その反省を活かして臨んだ秋の体育・文化祭は惜敗。県のコンクールで銀賞を取った吹奏楽部に主役をかっさらわれ、少しだけ認知度を上げて終了した。

 そして今は冬。おにのと節分祭りの準備はとっくに始まっており、今年はおそらくもう変えられない。


「でもっ! 秋は少しですが成果は出ました! これを次に繋げて、もっと大きくできれば来年こそは……!」


「いや、そんなペースじゃ、どう頑張っても卒業までに変えられっこないって」


 来年は受験で、元々頭の良くない俺は勉強を人一倍しないといけない。家族のためにと部活に専念するあまり、不合格になって高校に行けないとなれば本末転倒だ。かといって、柊の負担を増やしてしまうのはあまりに申し訳なさすぎる。


「ごめんな。柊」


 悩んだ末の、俺の結論だった。


「…………」

 

 柊は黙ったまま、俯いていた。


 何を思っているんだろうか。

 身勝手なのはわかってる。これまで少なからず慕ってくれていたのに、失望させてしまってごめん。


 沈黙が、流れた。

 一瞬とも、数分とも思える時間の中で、俺は彼女の返答を待った。


「……ヵ」


 か細い声が、聞こえた気がした。よく考えればわかるはずなのに、この時の俺は無神経にも「え?」と聞き返していた。


「カズ先輩の、バカァァァッ!」


 我に返ったのは、彼女の泣き声と足音が、完全に聞こえなくなってからだった。


 *


 あれ以来、柊は部室に来なくなった。

 柊のいなくなった部室はとても静かで、今までとは違った空間みたいだった。


 ――鬼平一也おにひらかずや先輩、ですよね? 恥っずかしい演説、聞きましたよ~。面白過ぎたので、私が入ってあげましょーか?


 悪戯っぽく笑ってそう言った彼女は、それから毎日部室に来てくれた。


 ――鬼平先輩ってなんか言いにくいしよそよそしいので、これからはカズ先輩って呼んでいいですか? ……あっ! 違いますよ⁉ 勘違いとかしないでくださいね⁉


 ひとりで何やら言ったあとにアワアワしている彼女はどこか微笑ましくて、ずっと見ていたいって思えた。


 ――カズ先輩! これ、プレゼントなのでありがたくもらってくださいっ! カズ先輩がいつもしてる帽子は結構痛んでるみたいだったので、私が選んできてあげましたよ~!


 後輩のくせになぜかやたらと上から言ってくる時があって。


 ――カズ先輩。あんな感情論ばっかりの演説はダメです。もっとしっかり、根拠を述べてください。できれば最初に結論、次に根拠。例も交えるとわかりやすくなります。あと……


 町長の娘だからか、やたらと演説には厳しくて。


 ――何落ち込んでるんですか、カズ先輩。失敗なんて誰でもしますよ。それよりも次ですっ、次! 私ももっと頑張ります。私に負けていいんですか? 先輩なのに~?


 夏の失敗で落ち込んでいる俺を、不器用に励ましてくれて。


 ――秋は少しですが成果は出ました! これを次に繋げて、もっと大きくできれば来年こそは……!


 後ろを向いている俺を見捨てずに、支えようとしてくれた。


「はぁー。何やってんだろうな、俺」


 せめて、俺たちが住んでいるこの尾仁能登おにのとだけでも変えたい。

 そう、決めたじゃないか。

 

 彼女に謝ろう。そう決心して、部室の扉を開けた時だった。


 ドオォォォォォン!


 そんな爆発音が、学校の裏手にある彼女の家の方角から聞こえたのは。


 *


 冬の乾燥した空気の中、炎は勢いの手を緩めることなく燃え上がっていた。

 つい数か月前に訪れた町長宅の窓からは黒煙が上がっており、玄関の前には燃え盛る樹木が横たわっている。


「もっと離れてっ! ここは危険だっっ!」


 俺が着いた時には、町内消防団による消火作業が行われていた。はるか遠くの方からは、消防車のサイレンの音も聞こえる。


「おいっ、そこのボウズ! お前も早くどけっ!」


 普段温厚な学校の警備員さんが、乱暴な口調で叫んだ。

 でも、俺は動けなかった。


 彼女は? 柊は、どこにいる……?


 心臓が、今までに聞いたことないくらいの速さで脈打っている。破裂するんじゃないかと、本気で思った。


「どけぇ! 娘が、彩香がまだ中に……っ!」


 そんな中、町長の悲痛な声が俺の耳に届いた。


「二階の、自分の部屋にいるんだ! 離せっ! さやかぁぁぁぁあ!」


 直後、俺の頭の中は真っ白になった。

 ただひとつの後悔の念だけが、目の前の真っ赤な炎のようにうごめいていた。


 ――どうして、俺は柊を、人を信じなかった?


 鬼のことをもっと知ってもらって、節分祭りを変えようとか言っていたくせに。本当の意味で相手のことを知ろうとしていなかったのは、俺の方じゃないのか?


 なんで彼女を、柊彩香を信じてやれなかった?

 なんで彼女を信じて、家の文献を見せなかった?

 なんで彼女に、自分の正体を明かさなかった?


 もし信じていれば、

 もし見せていれば、

 もし明かしていれば、


 彼女は今この瞬間も、俺と部室で笑い合っていたかもしれないのに……


「いやっ! まだ、間に合うはずだぁぁ!」


 俺は彼女がくれた帽子を脱ぎ捨て、消防団の一人が持っていた小型の貯水タンクを奪い取ると、全力で押し潰した。貯水タンクが勢いよく破裂し、全身ずぶ濡れになる。


「え……お、鬼……?」


 誰かのそんな言葉が聞こえたが、俺は構わずに目の前に横たわる樹木を持ち上げる。掌に火が燃え移り激痛が走ったが、そんなことはどうでもよかった。チラッと周囲を見渡し、誰もいないところに放り投げた。


「柊、今行くからなっっ!」



 多分俺が、もっと早くに動けていたら違った結果になったのかもしれない。



 家の半分が崩れ落ちたのは、それからすぐのことだった。



 ***



 出火の原因は、ガス漏れだった。異常に乾燥していたことも相まって、あんな大火事になったらしい。


「ほんと、何が起こるかわかんねーよな」


 偶然が偶然を呼び、それが思わぬ結果をもたらすことがある。


 俺はあの後火の中に突っ込んでいったため、手と腕、背中に火傷を負った。しかし鬼の皮膚とは頑丈なもので、思ったほどの大きな傷にはならなかった。


 だがあの一件以来、俺も含めて家族が鬼だということがバレてしまった。追い出されるかと思ったが、結局今もこうして暮らしている。


 ピンポーン。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 ――福は~内!

 家の前から聞こえる大きな掛け声に引き寄せられるように、俺は玄関の扉を開ける。


「おっそーいっ! てか! 私の入院後初外出なのに、なんで私が迎えに来てるのよっ!」


 ――鬼は~内!

 去年とは違う掛け声とともに、包帯を巻いた顔が玄関に入ってきた。


「ご、ごめんて。今日は町長に渡す文献の整理とかで、どうしても家にいないといけなくて……」


 もしもっと早く動けていたら、顔に火傷なんてしなかったかもしれないのにな。

 小さな後悔を感じつつ、俺は片手を上げて謝る。


「ダーメ。とろけるクリーミープリン三個!」


「さ、三個?」


「そう! 皮膚の移植手術の時にカズくんも来るでしょ? カズくんも痛い思いをするんだし、二人でプリン食べて頑張るの!」


 ――おっ! 我らが町の鬼が、やっとこさお目見えだぞー!

 ――おかーさーん! おみこし来たよー!

 ――はいはい。あ、走ると着物が崩れちゃうわよー

 喜びに溢れた声が、前から、後ろから、響いてくる。


「……さやちゃんは、いくつ食べるの?」


「ふふん! もちろん、二つ!」


「この食いしん坊め」


「むぅ。余計な、お・せ・わ!」


 ――福は~内! 鬼は~内!


 楽しく豆まきをする声が、尾仁能登町全体に広がっていった。

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