朱い惑星 3

 マルスは、老婆の頭を、自分の拳銃で撃ちぬいて殺し、古書店を燃やした。

 教会に帰ると、先に帰っていたシリウスと合流して、神父のもとへ行くことにした。

 神父の執務室に行くと、誰もいなかった。その代わりメモが置いてあった。

「オルビス先生と一緒にいる。アースの様子を見に行く」

 それだけだった。

 二人は無言で長い廊下を歩き、神父や皆が集まっているアースの部屋へと入って行った。

 ジョゼフのことは伏せ、結果を報告すると、神父は深く考え込んだ。

「手も足も出ないのか」

 神父が考え込んでいる中、カロンが落胆したセリフを吐いた。どうしたらいいのか分からない。とりあえずの危機は去ったが、いつまた同じようなことが繰り返されるのか分からない。

「アースの様子は?」

 マルスは、ふと、そこにいたフォーラに訊ねた。話題を変えてしまわないと、どんどん未解決のスパイラルに入って行ってしまう。

 フォーラは、疲れた様子があるものの、しっかり笑って答えた。

「マルスが記憶を抜いてくれたおかげかしら、あれから落ち着いて、先生の治療もスムーズに進んだわ。少し振出しに戻ってしまったけれど、会って話しても大丈夫な程度には体力も回復してきたわ。今は眠っているけど、すぐ起きると思うから」

 それを聞いて、マルスは安心した。

 ここの人間はきちんとマルスやアースたちを支えてくれている。それが分かっただけでも良かった。

 マルスは安心すると、部屋から出て顔を洗った。鏡に映る自分の姿を見る。すると、そこには、怒りに満ち、悪魔のような形相をした、自分の姿があった。

「鏡は、自分の心の状態を映す」

 顔を拭くと、そうつぶやいて洗面所を後にした。

 部屋に戻ると、先ほどと変わらない状況ではあったが、神父が何かの答えを導き出していた。

「ここは、いったん手を引こう。マルス君には申し訳ないが、動きようがない」

 その意見には、マルスを含め、そこにいた全員が従うしかなかった。

 しばらくして、アースが目を覚ましたので、皆は、それぞれの持ち場に戻って行った。神父はここから去り、執務へと戻って行ったし、オルビスは、カロンやメティスたちを共だってこの部屋でアースの傷の治療に当たった。

 マルスは、そんなみんなの姿を見て、自分の役割はここまでだと感じた。この朱色の瞳は、鉄の色でもあり、血の色でもある。決して、きれいなものではない。先ほどのことと言い、アースの傍にいていい人間ではない。

 そう思って去ろうとすると、誰かが服の裾を引っ張った。

 少し強い力で引っ張られたので、マルスはすぐに動きを止めて、その主を見た。

 アースだった。

「マルス、いつか、一緒にいられる日が来たら、言いたいことがあるんだ。だから、まだ、ここにいてくれ。でないと、寂しい」

 マルスは、アースの手を、自分の服の裾から外した。まだ、握る力が弱い。その手をしっかりと両手で包み込む。そして、そっと、ベッドの上においてやった。

 ここにいてくれ。

 マルスには、もう、その言葉だけで十分だった。

 マルスは、返した。

「いつもそばに。君が望む限り、そばにいるよ」

 そう言って、マルスは部屋をから出ていった。アースの瑠璃色の瞳がマルスを追う。

 火星のシリンと地球のシリン。

 その二名は、太陽系から何万光年も離れたこの星で再会した。

 そして、その再開もつかの間、彼らは、この暁の星で唯一行われた戦争へと、身を投じていった。





「きおくびと」終わり

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キオクビト 瑠璃・深月 @ruri-deepmoon

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