特別編

忘れ物の日記

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 これは、『BARエデンライト』本編のネタバラシ的なエピソードとなります。これ単体では全く意味不明な内容です。

 また、先にこちらを読んでしまうと本編は限りなくつまらないものになります。


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  今回も空振りだった。年代的には良かったが、全くの外れだ。唯一の収穫はこの日記帳、天然素材の紙だ。カビるし腐る。虫にも食われる。

 だが、人の記憶もそうだ。風化もすれば、美化という虫にも食われる。似たもの同士相性も良いだろう。つまらん独り言はここに書こうと思う。



 旅に出て、今日でまる十年だ。私は、あの男の寝物語に騙されたのかもしれないな。あと五年探してダメなら諦めよう。コツコツと、現実的な手段を模索しよう。



 難民、難民、難民、戦闘、戦闘、戦闘、そして難民だ。何処へ行っても何処まで行っても同じだ。だが、自業自得だ。彼らも私も、自分の先祖を恨むしかない。画期的な発明に浮かれ、我々を産み育んだ母を殺したのだ。これは、母なる星の呪いだ。



 また偽物だ。ま、分かっていた事だがな。道端のジャンク屋で手に入るのなら苦労はない。

 だが、こんな偽物からでも分かる事がある。我々が収集した偽物は、おそらくみな同じ物を下敷きにして作られている。その元になった物とその出所を知りたい。案外、これこそが最も大きな手がかりかもしれない。



 今日で十五年だ、私の旅はここで終わり。そうするつもりだったのだが……、今までとは少し毛色が違う手がかりを手に入れた。これに決着が着いたら今度こそ終わりだ。

 なんだかんだと理由を付け、諦めたくないだけなのかもしれない……いや、十五年という月日に意味を持たせたいだけか? 無駄ではなかった。そう主張する拠り所を求めているだけ……。



 とても興奮している。今でとは比べ物にならない具体的で整合性の取れた情報だ。そして、情報と一緒に偽物の原本と思われる物を手に入れた。結果はどうあれ、これに決着が着いたら今度こそ私の旅は終わりだ。




 ページがくり貫かれ、古いメモリーが埋め込まれている。

 端末で読み取ると、映像が記録されている事が分かった。


 再生しますか?






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 筋の走る画面がクリアになった――音声はない。現れた手が、正面にポップアップした画面を大きく引き伸ばした。写っている映像から察するに、船外活動のオペレーションをしているようだ。

 ふと、映像に音が入った。

『見えてるか?』

 スピーカーを通し、野太い男の声が聞こえた。

「ああ、続けてくれ。ドローンを飛ばした、船全体のスキャンが終わるまで10分だ」

 時折写る手先と声から察するに、撮影者であるオペレーターは女性のようだ。

『船体番号――99E3678……ゼロ……いやオーか?』

 宇宙服に包まれた太い指が砂を払った。

「ゼロだ。肉眼では見えないが、斜にラインが入っている」

『ゼロだろうがオーだろうが、ここまで合致していれば間違いない。エデンライト号……オレたちが二十年探し続けた船だ』

 船体を舐めるライトが、そこを抉る大きな穴を照らし出した。

『諸説あったが、撃沈されたってのが正解のようだな。

 船体はカリナス、中はアーバンノック。両者が仲良くやってた頃の遺物だ、持って帰れれば高く売れそうだ』

「しかし……当時最新型だったとはいえ、ただの宇宙船でよくここまで逃げたものだ」

『追っ手が余程バカ揃いだったのか、こいつが天才だったのか……。ま、ともかく中へ入る』

「重力が弱い、気をつけろよ」


 ――穴へ入り、幾つかの隔壁を潜って船内へ入った。

『隔壁が開いたままだ。先客があったとみるべきか……』

「追っ手に撃沈されたのであれば当然だろう」

 モニターに写る船内の様子は、つい昨日まで動いていたのではないかと思えてしまう程綺麗なものだった。

「……真空というのはありがたいな。百年という時間をもはねのける。時々、時間とは酸化を指すのではないかと考えてしまうよ」

 見取り図をポップアップさせ、位置情報を重ねた。

『じゃあ百年前のレーションを見つけたら食うか? 持って帰ってやるぞ』

「遠慮する」

『次はどっちだ?』

「図面によると、ラボは右だ。左は……バーラウンジとなっているな」

 画面に写る景色が、大きく左方向へ滑った。

「おい、後にしろ」

『いいじゃねぇか、ひょっとしたら百年物のスゲー酒をとかあるかもしれねぇだろ?』

「だとしても後でいいだろう? そこで何か見つけたら、持って帰ってまた戻るのか?」

『固い事言うな、こういうワクワクを忘れたらこの商売はやってけねぇぞ』

 そう言うと、扉をこじ開けてバーラウンジへと入った。


『なんだこりゃ?』

「……たいぶ改造されてるな」

 木目の美しいクラシックなBARだ。しかし、カウンターやテーブルにはモニターや生成機が置かれ、酒瓶が並ぶはずの棚にはファイルが並んでいた。一部が沈没の衝撃で飛び出したらしく、床に散乱していた。

『ここをラボにしてたのか……。な、そんな気がしたんだよ』

「ウソつけ」

 周囲を物色し、カウンターに置かれた端末へ接続ケーブルを伸ばした。

『心の準備はいいか?』

「……ああ」

 ケーブルが接続され、左側に別の画面がポップアップした。何かが写し出されようとするが……すぐに消えてしまった。

「電力が足りてない。補助電源を繋いでくれ」

『……どうだ?』

「先客がみんな消していったようだ」

『そうじゃねぇ』

「分かってる。焦るな……今復元してる。シュレッダーじゃなくてよかった」

 復元したファイルの検索結果が表示され、その中の一つを素早く開いた。

「ウォーターサーバー……多分これだ。照合する」

『……』

「……」

 画面に表示されたバーが、少しずつ伸び続けた。


『……どうだ?』

「……」

『おい、どうなんだ?』

「……まだ70%だ」

『一致は?』

「……」

『おい、勿体ぶるな』

「……照合完了、100%一致。これが偽物の原本だ」

 沈黙したスピーカーから、ため息が溢れた。

『……そうか。残念だ」

「ああ……」

『しかしまあ、お前をこの道へ引きずり込んだ責任は取れたな』

「そうだな……ようやく覚悟が決まったよ。わたしは社に復帰する」

『は? 今更戻れんのか?』

「叔父がまだ道を残してくれているんだ。ま、そうじゃなくても何とかするさ……」

『戻って……どうするんだ?』

「社の方針を決めるような地位は無理だが、形振なりふり構わず全力でコネを使えば、今からでもある程度の地位には行けるだろう。私が出来る範囲で開発に取り組む」

『どうせ潰されるさ』


「でも、誰かがやらねばならない。例え潰されるとしても、その背を見せなければ続く者も現れまい。各企業は表向き研究を奨励しているが、実のところはどうか……企業間の密約は、お前も知っているだろ?」

『ハッ、公約の間違いだろ』

「奴等は戦争を終わらせる気なんてない。今や口にするのもタブーな研究だ……。多くの優秀な頭脳が失われ、行方知れずになった研究者はごまんと居る」

『お前もその一人になるだけさ』

「かもな……。だが、私は彼らが持っていなかったものを持っている」

『……創業一族の血か』

「私を消すのは、少々骨だぞ」

『船医が居なくなるのは痛いが……ま、好きにしろ』

「何を他人事のように言っているんだ? この道へ引きずり込んだ責任は果たしたが、私を目覚めさせた責任はまだ果たしてないぞ」

『はぁ?』

「『水の生成技術の開発もせず、ひたすら人殺しを続けている。水さえ作れれば争う理由は無くなるというのに、いかに効率よく人を殺し、いかに長く戦争を続けるかばかり熱心に研究して、お前達は自分が殺した人数ぐらいは知っているんだろうな?』

 こんな話を聞かされなければ、今頃私は煌びやかな部屋に暮らし、最高級の料理を頬張りながら『ああ、どうして戦争は終らないのでしょう……』などと同じアホ同士でバカな議論を交わす、そんな優雅でおめでたい生活を送っていたはずなんだ。最後まで付き合ってもらうぞ」


『勘弁しろよ……』

「ハッハ、悪い女を引っかけたお前が悪い。潔く諦めて責任を取れ」

 返事の代わりに、スピーカーから大きなため息が聞こえた。

「とりあえず、今は金になりそうな物をいただいて退散しよう。長居は無用だ」

『了解……。一応メインエンジンを見ておきたい。ひょっとするかもしれんからな。可能なら船ごともって帰りたい』

「機関室はそこを出て真っ直ぐ奥だ」

 ラボを出て廊下を進んでいると、不意にオペレーターが声を上げた。

「ストップ。左の部屋を見てくれ」

 カメラがクルリと左を向いた――

『脱出カプセルか……』

 壁に沿ってズラリとカプセルが並んでいた。

「人か?」

『いや……アンドロイドだな』

 一つだけカプセルが打ち出され、空いたその場所に女性型のアンドロイドが座っていた。両膝を床に付け、へたり込むように俯いていた。

 歩み寄ると同時に、腕に取り付けられた端末をかざして銘板を読み取った。


『事務用アンドロイドか……。こいつにカプセルを射出させたのか?』

「繋いでくれ、何か残っているかもしれない」

 幾つかの画面がポップアップし、文字や記号の列が流れた。

『どうだ?』

「……ダメだ。シュレッダーでもかけたみたいにグチャグチャだ」

『そうか……カプセルに誰が入っていたのか興味があったんだがな』

「私もだ。機関室の前にメインフレームに繋いでくれるか?」

『了解』

 船内を映す映像はクルリと踵を返し、部屋を出て通路を進んだ。

「その階段を上がった奥だ」

 扉が開き――映し出された映像にオペレーターはため息を漏らした。部屋は真っ黒な煤に覆われ、メインフレームであったと思われる残骸が散らばっていた。

『ここまで木っ端微塵だと清々しいな』

「そうだな……後は好きにしてくれ」

 カメラはオペレーターと共に席を立ち、宇宙船の中を写し出した。無数に浮かぶ付箋ふせんや地図……もはや不要とでも言いたげに払い退け、現れた戸棚にうっすらと映る白衣が見えた。袖を捲ったその姿が、なぜだかとても疲れて見えた。


 マグカップに珈琲を注ぎ、カメラが曇ると同時に息をついて踵を返した。

 ――船内を映す画面を見ると、散らばった残骸から何かを拾い上げる様子を映していた。

「まだそこに居たのか?」

『船体スキャンは終わってるか?』

「ああ、そうだった。何が見たいんだ?」

 画面の代わりに、ホログラムで再現された船が現れた。

『被弾状況は?』

 クリクリと船体を回し……訝しげに呟いた。

「船首付近に一発と――お前が入った脇腹の一発……。どういう事だ? これじゃ……」

『そうだ、それだけじゃ流石に落ちねぇし、メインフレームが木端微塵になったりはしない』

 握っていた手を開き、先ほど拾い上げた残骸を見せた。

『こいつを読めるか? 多分アンドロイドのメモリーだ』

「やってみる」

 残骸に右腕の端末をかざすと、青い光の筋が何度も往復しオペレーター席に画面がポップアップした。

「……ダメだ、壊れ――いや、違う。さっきの奴と……これは意図的に破壊されているぞ。多分さっきの奴もだ」

『バラバラになる直前なら残ってるんじゃないか?』

「ああ。破壊される……3秒前、復元する」


 幾つもの筋が走る画面に、破壊される前のメインフレームと、そこに張り付いた箱に点滅するランプが見えた。

 アンドロイドのものと思しき手が箱へ伸び――映像は途絶えた。

「爆破したのか……?」

『撃沈ではなく自沈だったってわけだ』

 その時、何かに思い至ったオペレーターが早口に返した。

「カプセルの所にいたアンドロイドにもう一度繋いでくれ」

 踵を返し、来た道を戻りながら尋ねた。

『予想は? アンドロイドをハッキングされて落とされた。または逃げ切れないと判断し、カプセル射出の目眩ましに船を落とした……』

「いや……そういうんじゃない。あのアンドロイドは変だ。さっきの奴に比べてメモリーの使用領域が大きすぎる。余すところなくみっちり使われていた」

 船内を映す画面に、例のアンドロイドが映つり、ケーブルを伸ばすのが見えた。

『接続する』

「……」


 ――暫くして、オペレーターが口を開いた。

「ハハッ……何が事務用アンドロイドだ。アーバンノックS3000。コイツの中に居るのは、この船の基幹AIだ」

『どういう事だ?』

「正確にはその残骸だ。だれかが無理矢理ここにインストールしたんだ」

『何の為に?』

「今調べてる」

 その時、男はふと何かに気が付いた。

『……ん? アーバンノックS3000……そう言ったな?』

「それがどうした?」

 右腕の端末を操作し、何かを調べ始めた。

『やっぱりそうだ。アーバンノックSA3700』

「初めて自我に目覚めたAIだろ? それがなんだ? 今日日そんな事子供でも知ってる」

『アーバンノックの社員から船の図面を買った時、一緒に買った資料は読んだか? S3000の事も書いてある』

 新たにボップアップした画面に目を向けた。

「S3000……S3000は全システムを統括運用し、独自の判断を行い、それ単体で艦を運用する事を目指して開発された。しかし、試験運用中に致命的な問題が発見された為開発は中止となった……」

『その後、問題を解決したとしてS3000をベースに開発されたのがSA37シリーズだ。そしてリリースから約十年後、Ver2.6で自我の発露が報告された』


「致命的な問題って……まさか」

『おそらく、自我の発露だ。つまり、コイツは初めて自我に目覚めた個体……そう考えると、色々と腑に落ちないか?』

「確かに……AIが自我を持つとは誰も思っていない時代に、自我に目覚めたAIが操船して逃亡したとしたら……」

『武装もロクな防衛システムもない船でも、そこそこ逃げ回る事もできただろう』

「……そのアンドロイドとの接続は切るなよ。情報をかき集めてみる。各システムにはそれぞれのログが残っているはずだ。射出機に繋いでくれ、そこから他へもアクセスできるはずだ」

 周囲にいくつもの画面がポップアップし、文字や記号の列が滝のように流れた。

『何か分かりそうか?』

「まず……右舷に被弾。それで……多分誰か怪我をした。医療カプセルを動かしている。それから……カプセルを射出、船首に被弾。それから……ん? これは削除され……エデン……ドロップ?」

 新たに幾つかの画面をポップアップさせ、オペレーターの手が慌ただしく動いた。

『どうした?』

「復元できそうなデータを見つけた」

『ふうん? 何のデータだ?』

「今やってる。他にも復元できそうなものが幾つ……」

『ん? どうした?』

「……」

『どうし――ん? おい、心拍が上がってるぞ?』

「ハッ……ハッ……」


 オペレーターの手が、小刻みに震えていた。

『どうした!? おい!? 大丈夫――』

「3%……」

『はあ?』

 ディスプレイに表示されたバーは一杯まで延び切り、3%と表示されていた。

「そのアンドロイドとこちらを繋ぐ! 絶対に切るな、接続を維持しろ!」

 オペレーターが立ち上がり、踵を返して駆け出した。マグカップの中を床へぶちまけ、地図や付箋を掻き分けて転がるように部屋を飛び出した。

 配線ボックスをこじ開け、掴み出したケーブルを引き抜いてキッチヘ駆け込んだ。脇目もふらず生成機へ取りつき、無理矢理引き伸ばしたケーブルを繋いでマグカップをセットした。

 息を切らし、しきりに何か呟いているが……何と言っているのかは聞き取れなかった。震える手でパネルを操作し、動き出した生成機がマグカップへ光の筋を落とした――

 光に吸い取られるように、周囲から音が消え、オペレーターの荒い呼吸だけが取り残された。

 程なく……光の先端に透明の液体が現れた。それは渦を巻くように増え、カップを満たした――

「ハハッ……アハハハハ!!」

 震える手でカップを引き寄せ、口を付けて再び笑い始めた。


「アッハハハハ!! ハハハハ!!」

 狂ったように笑い、駆け戻る勢いそのままにマグカップを突き出した。

「見ろ!! 見ろ!!」

 繰り返し突き出されるマグカップから液体が溢れた。

『まさか……』

「そうだ!! 水だ!! 水だ!! 本当にあったんだよ!! アハハハハ!!」

『コイツの頭の中にあったのか?』

「そうだ!! コイツの頭の中に隠されてたんだ!」

『じゃああの偽物は……』

 カップの水を飲み干し、興奮冷めやらぬ様子でまくし立てた。

おとりだ。乗り込んで来る追っ手に回収させる為のものだ。逃げ切れないと踏んで船のAIに研究データを持たせ、アンドロイドへ移してメインフレームを爆破、もしも調べられた時の為に移したAIも破壊してデータを隠した。そして乗り込んだ追っ手はまんまと偽物を掴んで持ち帰った。

 私達が聞いた水の生成プログラムの話は、偽物を掴んで帰った間抜け共の報告が元なんだ!」

『……』

 興奮に任せて捲し立てる彼女とは対照的に、スピーカーはじっと沈黙を続けた。

「……なんだ? 二十年探し続けていた物を! 人類の未来を! この馬鹿げた戦争を終わらせられるんだぞ!?」

『落ち着けって! 俺だって興奮してるさ! ただ……』

「なんだ!?」


『ちょっと……お前の推理に思うところがあるだけだ』

「なんだ、言えよ」

『落ち着けって……。まず、この船には何人乗っていたんだ? 死体も血痕もなく、打ち出されたカプセルは一つだけ』

「乗り込んで来た連中に捕まったんだろ」

『本気で言ってんのか? 向こう側の人間だったお前ならよく分かるだろ? 莫大な研究費と宇宙船まる一隻を投じ、研究成果ごと逃げられたんだぞ? あげくにその宇宙船は開発中の最新AI搭載だ。仮に生け捕りにするにしても、チームの主要メンバーだけだ』

「……」

『少なくとも、船が沈んだ時に乗っていたのは一人だ。そして船のAIは自我を持っていた』

「……それで?」

『分かるだろ? この狭い空間で、自我を持ったAIと何年も過ごせば、それなりの関係を築くだろう。どういう組み合わせかは分からんが、友情なりロマンンスなりが芽生えてもおかしくはねぇし、少なくとも信頼はあったはずだ』

「AIの方は女だ。僅かだがホログラム用のイメージが残っていた」

『手動で外へ出る事も出来たはずなのに、その『誰か』はやらなかった。物資補給にコロニーへ立ち寄ったりもしただろう、でも逃げたりはしていない。もしかしたら、他の乗員はそこで降りたのかもしれない。噂の元は、こっちかもしれん』

「……」


『医療カプセルで何をしたのか詳しく見れないか? 多分そこに答えがある』

 並んだ画面の一つを引き寄せ、操作していたオペレーターが呟いた。

「……心肺蘇生と傷の縫合。……コールドスリープの準備」

『お前が言っていた工作をしたのはコイツだ。

 多分、予期せぬ襲撃だったんだろう。不意を突かれ、負傷してしまった『誰か』の治療を試みたが手に負えなかった。だが追っ手に渡す訳には行かない、『誰か』も研究データも……。

 コイツが選べたのは、せめてその『誰か』を楽に逝かせるか、僅な可能性に賭けてカプセルで射出するか、それしかなかった』

「……」

 会話が途絶え、静かになった。音も動きもない映像は、静止画を見ているのかと錯覚させた。――しかし、スピーカー越しに伝わる微かな息遣いと、時折画面に走るノイズが、今見ているものが映像なのであると思い出させた。

「……彼女を回収してくれるか」

『素よりそのつもりだ』

「……なあ、もしかしたら」

『なんだ?』

「笑うなよ」

『言えよ』

「この生成プログラム――エデンドロップは、二人で作ったんじゃないか? コイツの中に居たAIと『誰か』が一緒に作ったんじゃないか? 自沈する為だったら、別にメインフレームを破壊しなくても他に方法はいくらでもある。結果的に沈んだというだけで……」


『共同で作業をしていたのなら、メインフレームに大量の情報が残る。そしてそれは、物理的に破壊しなければ、いつか技術が進み……まさに今の俺達がしているように、復元されてしまうかもしれない』

「彼女は……囮を用意し、文字通り自身の身を削ってアンドロイドの中へ移った。そして『誰か』を逃がし、メインフレームを爆破して自身も壊した。

 いつか、心ある者の手に渡る事を祈って……」

『じゃあその『誰か』にもデータを持たせているかもしれないな』

「そうだな」そう返した――その瞬間に、そうではないと気が付いた。

「……いや、違う。そっちが本命だ。私達が手に入れたのは復元したもの……」

 深い――呻くようなため息が聞こえた。

『そうだな……。どうしても、破壊は出来なかったんだろう。人間、そういうものの一つや二つあるわな』

 オペレーターは余分な画面を閉じ、席に座った。

「『誰か』は多分男だな」

『根拠は?』

「女のカンだ。二人で作ったもの……いわば二人の子供だ。壊すなんてできないさ」

『じゃあさっさと取り上げてやろうぜ。人類は、この子の産声を待ってんだ』

 アンドロイドを背負い、端末で読み取った銘板を読み上げた。

『えっと……モデル:エレノア、シリアルNo.198356A005……』

「何でも良いんじゃないか、どうせ本名は分からない」

『そうだな……。ま、ともかくお前さんの想いは、ちゃんと受け取ったぜ。……半分だがな』

「もう半分は何処に流れたと思う?」


『エデン星系』

「根拠は?」

『トレジャーハンターのカンだ。それより、カプセルが無傷だとして何年持つんだ?』

「カタログスペック上は120年だそうだ」

『80年もちゃ御の字か……正直望みは薄そうだな』

「カプセルの捜索とこの船をどうするかは後だ。今はこっちに集中しよう」

『ああ、いつかみたいに回収中に弾き飛ばされちゃかなわん』

「余計な寄り道をして落っことしたりな」

 送られてくる映像は通路を進み、入り口の穴が見えた。

『間もなく外に出る』

「了解、ドローンを送る。到着まで二分」

『おい、レン。マジでしくじるんじゃねぇぞ』

「お前もな、Mr.ウォルフマン」





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 ・





 ……再生終了

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BAR エデンライト 立花 葵 @tachibana_aoi

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