線香花火が消えるまで

@smile_cheese

線香花火が消えるまで

花咲夏樹は退屈していた。

夏休みの間、都会の生活から離れ、祖父母の暮らす田舎に遊びに来ていた。

子供の頃は自然の中で遊ぶことが楽しかった記憶があるが、17歳の青年にとっては何もない田舎がひどく退屈に思えた。

知り合いがいるわけでもなく、ゲームセンターがあるわけでもない。

夏樹は退屈と暑さで頭がどうにかなりそうだった。

たまらず夏樹は冷蔵庫から麦茶を取り出そうと扉に手をかけたが、そのとき一枚のチラシが貼られていることに気がついた。


『夏祭りのお知らせ』


夏樹「今晩か…」


家でテレビを見て過ごすよりは良いだろうと、夏樹は夏祭りへと出掛けることにした。

会場は町の小さな公園で出店も数えるほどしか出ていなかった。

夏樹はベビーカステラを一袋買うと、隅っこのベンチに腰を掛け、盆踊りを踊る町の人たちの様子を見ていた。


??「お一人ですか?」


夏樹は突然の声に驚いた。


??「ごめんなさい、驚かせてしまって」


夏樹は驚きのあまり固まってしまった。

声を掛けてきたのはこんな田舎には似つかわしくない、浴衣姿の綺麗な女性だった。


??「私、お祭り楽しみにしてたんですけど、友達が急に来られなくなってしまって。だからって突然声を掛けるなんて失礼ですよね。すみませんでした」


夏樹は少しずつ冷静さを取り戻していた。


夏樹「いや、全然大丈夫ですよ。僕の方こそすみません、驚いてしまって。よかったら座りますか?」


??「いいんですか?ありがとうございます」


女性の名前は金村美玖というらしい。

年上のように思えたが、実際は夏樹と同じく17歳だという。

妙に大人びているからだろうか、それとも浴衣姿がそうさせるのか。


美玖「このお祭り、最後にみんなで輪になって線香花火をやるんです。素敵ですよね」


目を輝かせながら話している美玖はどこか子供っぽさもあり、確かに夏樹と同じ17歳のように感じた。


夏樹「よかったら、一緒にやりませんか?線香花火」


それは無意識に口から出た言葉だった

夏樹はハッとして顔が赤くなった。


美玖「いいんですか!?」


とても嬉しそうな美玖の笑った顔を見て、夏樹はますます顔が赤くなる。

夏樹は美玖に一目惚れしていた。


祭りの終わりが近づき、夏樹たちに一本の線香花火が手渡される。

二人はその場にしゃがみこみ、線香花火に火を点ける。

炎はチリチリと小さな赤い蕾を作り、チリチリと花を咲かせた。

線香花火の微かな明かりに照らされた美玖の横顔はとても美しく、夏樹は見惚れてしまっていた。

時々、美玖が夏樹の方を見ては笑いかけるが、その度に夏樹は顔を赤らめて目を伏せてしまう。

心臓の音が美玖まで届いてしまいそうなくらい、夏樹の鼓動は速くなっていた。

線香花火の花びらが地面に向かって真っ逆さまに落ちて消えると、二人はしばし沈黙した。


美玖「どうしよう」


夏樹「え?」


美玖「私、好きになっちゃったかも」


夏樹の手を握る美玖の手は、とても小さく、少し震えているようだった。

「僕も、」と夏樹が言いかけたところで、美玖は勢いよく手を離して立ち上がった。


美玖「明日も会えるかな?」


美玖は昼間はアルバイトをしているらしく、夜しか会うことができないらしい。

それでも良いと思った夏樹は明日またこの公園で美玖と会う約束をした。

遠くの方で手を振る美玖の姿をぼんやりと見送りながら、夏樹は握りしめた拳で胸を押さえつけた。

公園には夏樹の心臓の音をかき消すかのように、蝉の声が五月蝿く響き渡っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


次の日の夜、夏祭りも終わり静まり返った公園で夏樹は美玖のことを待っていた。

すると、約束した時間ちょうどに美玖がやって来た。

美玖は黙って隣に座ると、夏樹の目をじっと見つめた。

夏樹は昨日の言葉の真意を知りたかったが、またはぐらかされるのではないかと思うと怖くて聞き出すことができなかった。

戸惑っている夏樹を見て、美玖は意地悪そうに微笑んだ。

それから二人は色々な話をした。

夏樹は自分の夢についても熱く語った。

美玖はただ黙って優しく頷きながら、楽しそうに夏樹の話を聞いている。

夏樹は話し終わると今度は美玖に夢はあるかと尋ねた。


美玖「わたしの夢は…」


そう言いかけたところで、美玖は少し淋しげな表情を浮かべた。


美玖「ううん、なんでもない。今日はありがとう。明日も会えるかな?」


夏樹「もちろん」


こうして、夏樹は次の日の夜も美玖と会う約束を交わした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


次の日の朝、祖母に頼まれたおつかいでとある家を訪ねた夏樹は表札の文字に驚いた。

表札には『金村』と書かれていたのだ。

『美玖』という名前もある。

美玖はまだアルバイトに行く前だろうか。

僕の顔を見たら驚くかな、などと考えながら、夏樹は玄関のチャイムを押した。

出てきたのは自分の母親くらいの年齢の女性だった。

どことなく美玖と雰囲気が似ている。

美玖の母親だろうか。

夏樹は祖母に頼まれていた物を渡すと、その女性に聞いてみた。


夏樹「あの、美玖さんはいらっしゃいますか?」


すると、その女性は驚いた様子で夏樹を見ていた。


女性「美玖は…」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


その日の夜、夏樹は同じようにベンチで美玖を待っていた。

美玖はまた時間ちょうどにやって来た。


夏樹(ああ、どうして気がつかなかったんだ)


美玖「どうしたの?」


美玖はこの三日間、ずっと同じ浴衣を着ている。

夏祭りはもう終わっているのに。


夏樹「・・・」



美玖「そっか、知っちゃったんだね。あなたが思っている通り、私はもうこの世にはいないの。一年前の夏祭りの日、交通事故で死んじゃったんだ」


今朝、訪ねた家で出会った女性はやはり美玖の母親だった。

夏樹は母親から事故のことを全てを聞いた。

夏樹にはとても信じられない話だったが、その家の仏壇には確かに美玖の写真が立てかけてあった。

表札の名前は消せずに残されたものだった。

夏樹は美玖と会っていることを母親に話した。

母親は驚いていたが、もしかしたらお盆だから娘も帰ってきているのかもしれないと少し嬉しそうな表情を浮かべていた。


美玖「今日が私に残された最後の日なの。もうすぐ私はあの空の向こう側まで行かなくちゃいけない。だから、せめて最後はあなたと…」


そう言うと、美玖は二本の線香花火を取り出した。


美玖「最後に夏樹と線香花火がしたいの」


夏樹は首を横に振った。

この線香花火が消えてしまったら美玖も消えてしまう予感がしていた。


美玖「お願い…します…」


美玖の声はとても弱く、震えていた。

目には大粒の涙が溜まり、今にも溢れそうになっている。


夏樹(好きな人をこんなにも悲しませるなんて、僕は最低だ…)


夏樹は黙って美玖の持っている線香花火を一本受け取った。


美玖「ありがとう」


二人はしゃがみこむと、線香花火にそっと火を点けた。

炎はチリチリと熱く、チリチリと揺れながら花を咲かせた。

どうか、消えないで。

一秒でも長く。

少しでも長く、あなたと。


夏樹たちの思いも空には届かず、線香花火は一瞬パチパチと爆ぜると最後に大きな花びらを咲かせて散っていった。


夏樹は線香花火が落ちた地面を見つめていた。

怖くて、怖くて、顔を上げることができなかった。

消えてしまう。

この、線香花火のように。


美玖「見て!私を見て、お願い!」


美玖の叫び声で我に帰った夏樹の頬を涙が伝った。

夏樹が顔を上げると、月明かりに照された美玖が必死に涙を堪えながら、満面の笑みを浮かべていた。

美玖の体はゆっくりと空へと昇り始めていた。


美玖「夏樹、ありがとう」


夏樹「待って!」


夏樹は立ち上がって手を伸ばしたがもう届かない。

美玖の頬にも涙が伝った。


美玖「私の夢は、素敵な恋をすること。恋を知る前に死んじゃったから。あなたのおかげで最後に叶えることができた」


夏樹「僕も、僕だって、僕だって君のこと!」


美玖は首を横に振った。


美玖「最後にわがままを言わせて。私の夢は、素敵な恋をすること。素敵な片想いをすることなの。だから、その続きは言わないで。未練を残したくはないから」


美玖は最後の力を振り絞って叫んだ。


美玖「あなたのことが大好きです!」


一瞬、空が眩い光に包まれた。

そして、光が収まった頃には美玖はもうそこにはいなかった。

線香花火の匂いだけが風に舞って流れていった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


列車の近づく音が聞こえてくる。

あと数時間もすれば夏樹はまた都会の生活に戻る。

こうして、17歳の青年にとっての短く切ない、まるで線香花火のような初恋は列車の汽笛と共に終わりを告げたのだった。

少し大人になった夏樹は来年の今頃、またこの田舎にやって来るだろう。

あの約束の公園で、二本の線香花火を片手に。



完。

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