志遊先生との友好の証

 それからしばらく北永志遊先生によるバックギャモン講座が繰り広げられた。ほうほうお互い順番にサイコロふたつ振り合い出た目によって駒を移動させながら敵の侵攻を妨害しつつ先に全部ゴールさせた方が勝ち、って感じか。

 一通り習って練習試合をしてみたが、どっちもサイコロ振って動かしてるくせになんか進入禁止ポイント量産されてうまく動かせないんだがぐぬぬ。

 さすが北永志遊先生。わたくしめではまったく歯が立ちませんでした。精進いたします!

 ……北永のお部屋でひとつのバトルフィールドを囲んでゲームをする。手紙をやり取りするようになる前では考えられなかった光景だ。ま、まぁ手紙をやり取りするようになってからも、どこかで遊べたらいいなぁってぼんやり考えてた程度だけどさっ。


「北永志遊先生! 強すぎます!」

 うわにっこにっこしてやがるっ。

「遊びたくなったら、誘ってね」

「あ、おぅ」

 北永はさらっと言ったが、それつまり次も遊べることが確定したってことじゃっ。

(それにしてもさー……平和だよなぁ……)

 こんなにゆったり友達と遊んだことなんてねぇよ……。

 男子と遊ぶのが九割だが、うぉーどりゃーおらおらおらぁー! って感じの盛り上がりばっかりだしなぁ。

(……なんかこう。そんな北永を、こう……)

 俺はバックギャモンボードが乗ったテーブルで向かい合わせに座っていた位置から、うんしょうんしょと北永の横の位置へ。北永の視線は俺が横にやってくるまでずっと追尾していた。

「な、なんていうかさ、北永」

 俺見てる。学校じゃ全然こんな機会ないのに。

「こ、これからも仲良くしてほしいなー……みたいな」

 なんかこのいろんな気持ちをまとめるいい言葉が浮かばなかったのでこれで。

「私も。鍋岡くんと仲良くしたいな」

 気の合う仲間とぎゃーってするのが遊びだと思っていたが、気の合う仲間とほっこりするのも遊びなのかな。

「じゃ、じゃあ~……ゆ、友好の証、として……」

 俺はまたやってきてしまったどきどきのままに、北永を腕で包み込んでしまった。

 北永もまたゆーっくり腕を回してきた。座っているからかさっきより顔が近くなった。表情見えないけど。

「……鍋岡くん……」

「う、うん?」

 北永から名前を呼ばれたぞっ。と思ったら、腕ポジはそのままにちょっと顔が離れて……俺の目の前に伝説の秘奥義もじもじをしている北永のお顔がやってきた!

「……あの……」

 ……なんだろう、わからぬ。ここは様子見で。

「……お、お願い……ふたつ……」

「お、お願い? ふたつ? ああ、なんだ?」

 北永との多くないおしゃべりでこれまでにお願いなんてされた記憶はないし、手紙でもなかった。それをこのタイミングこの体勢でとは、一体っ。

「……友好の証? で……ゆ、雪司郎くんって、呼んで……いい?」

 その瞬間、俺の身体にライトニングサンダースプラッシャー(適当)が撃ち込まれた。

「い、いいともいいとも! より北永と友好が深まった感あるよな! 北永の好きなように呼んでくれていいからな!」

 ちょっとだけ顔の角度が下に向いたこの絶妙な角度のもじもじ度半端ない。

「……雪司郎、くん……」

「お、おう北永ー! 元気かー?」

 俺たちの学校は名字で呼び合うのがほとんどだ。なのでこんなもじもじ北永から下の名前で呼ばれたら連続ライトニングサンダースプラッシャーまみれである。

「……わ、私の名前はっ……?」

「北永」

 あれ、笑ってる。

「下のっ」

「志遊」

 ……笑って、る?

「もう一度」

「志遊」

 え、腕強まった?

「……もう一度っ」

「志遊。どした、自分の名前忘れたとか?」

 やっぱり笑ってる。

「……って、呼んでね。友好の証っ」

 ちくたくちくたく。

「それだと、志遊どした自分の名前わすれたとかさんになっちまうけど、いいのか?」

 また笑った。しかもちょっと首横に振ってるしっ。

「雪司郎くんって、おもしろいなぁっ」

「ど、ども」

 これは北永と気が合うのか北永のハードルが低いのか俺様の話術が天才的なのか。きっと俺様の話術が天才的なんだろうなフッ。

「志遊」

 お、なんかちょっとびくっとした?

 俺の腕の中で北永はそんな表情を見せてくれて、そしてそれを見た俺の気持ちはたくさんあふれてきてしまい、気づけばもう北永と唇同士をくっつけに向かってしまっていた。


 やはりというかなんというか、北永から離れる気配はなかったので、俺から離れることにし

「だあーーー!? だからなぜまた泣くーーー!?」

 ああ俺ってやつぁーほんとに……。

「そのっ、つ、つい、さ! あ、ついとか言ってるけど、こんなことすんの初めてだし、でも北永の表情見てたらその、さ! な! なっ!」

 お、右腕が戻っていき服そでぐしぐしタイム。終わるとあぁやっぱり俺の背中ホールド。

「……どうしよう、雪司郎くん……」

「ぁあーえっと? ほんとどうしよう北永?」

 どうしようと言われましても!?

「私……雪司郎くんのこと……」

 ……こと……?

(…………こと……な、なんだ?)

 なんだなんだ、俺のことがなんだっ?

「………………なんもないんかーいっ」

 たまらずツッコんだら笑ってくれた。これでよし。これでよし?

「……大好きっ」

 俺はもう。それはもう。めちゃんこ抱きしめた。

(はぁ……だめだあ。こんなうれしいことってあるかぁ……?)

 あかんて。あかんあかん。すりすりしとこ。

「……うぉっほんっ。で! 雪司郎くん呼びしたいのと、志遊って呼べの、ふたつ?」

 ここで流れを一刀両断! こんなどきどき耐えられねぇ。

「えっ?」

 えっ? ってむしろこっちがえっ?

「そこは、ひとつ」

「ぉあぁそうなのか。じゃあもうひとつは?」

 また強まった。関節技覚えたら強そう。

「……ゆっ……」

 湯。

「……雪司郎くんのことが、大好き……だから……」

 油。

「…………お付き合い……したい、ですっ……」

「はい」

「えっ?」

 えっ? いやいやえっ? ちょっと離して北永の顔を正面へ。

「俺もどきどきしてるこれ、たぶん志遊のことが大好きなんだと思う」

 ああもうくっしゃくしゃやないか志遊の顔。

「付き合おう、志遊」

 うおぉお!? 過去最大級の締めつけ! マッサージ師目指してはいかが?

「……やったぁっ」

 おいぃーまだそんな隠し球セリフ持ってたんかよぉ!

(あぁそうか志遊の笑いハードルが低いように俺のどきどきハードルも低いってことか)

 納得診療インフォームドコンセント。

「ところで志遊」

「なに?」

 なんか急にしゃべるようになったか?

「お付き合いって、具体的にどうしたらいいんだ?」

 一瞬止まった志遊だったが、すぐ笑ってくれた。

「何したらいいのかな。お休みの日に遊んだらいいのかな」

「それ友達と変わらなくね?」

「そうなのかなぁ。私、その……こんなにうれしくてくっつきたい気持ち、他の友達に思ったことないよ……?」

「あぁそれは俺も」

 体育祭の全員リレーで優勝したときですらこんな気持ちにはなっていない。もちろんあれはあれでうれしかったが。

「ってかよくわかんないのに付き合いたいとか言ったんかーいっ」

「……ついっ」

「ついなのか!? ついでそんな重要なセリフ放ったのか!?」

「……だって、ずっと好きだったのに、今日、こんなにくっついちゃったら……」

 ん? 待て。いったん落ち着こう。

「おい、北永志遊。これより事情聴取を行う」

 うーんかわいい顔だ。

「ずっと好きだったという言葉が聞こえたが、それはいつからのことなのかね?」

 おー考えてる考えてる。

「……小学校三年生の夏祭りで会ったとき、途中で雨が降ってきて、雪司郎くんがリュックに入れてた折り畳み傘を出して肩を寄せてくれたところ」

 ちくたくちくたくちくたくちくたく。

「…………そんなことあったような気がするような~」

 なんか笑ってるっ。

「夏祭りにはお母さんとお姉ちゃんと一緒に来ていたから、すぐにお母さんを見つけてその日は別れちゃったけど……すっごくかっこよかった」

「いやぁてれますなぁ」

 てれてれ。

「て! じゃもっと声かけてくれよぉ! 俺どんだけ志遊の声楽しみにしてたことかっ!」

「……頑張ったもん。夏祭りとかで雪司郎くんに会えるように。おしゃべりできるように……」

(そういうことかぁ……!)

 今までの外でのエンカウント。おしゃべり。あれは志遊なりに頑張っていたとは……ますます俺ってやつぁ!

「じゃ、じゃあ学校とかでもさぁ!」

「雪司郎くん、男の子といつもおしゃべりしているもん」

「すいませんでした」

 全・面・降・伏!

「じゃ、じゃあ俺、これからもうちょっとしゃべりかけるようにするし……休みの日も、いっぱい遊ぼう」

 髪つやつやさらさら。

「うんっ」

 お、志遊が腕を俺の後ろ側から肩のところへ回してきた。

「……雪司郎くんも私の声を楽しみにしてくれているのなら……私も声をかけるね」

「いぇーい」

 とか平凡なトーンで切り返したが、心の中ではいよっっっしゃああうわぁあいやっほぉおおおい!! くらいなんだけどな!

「あれ。じゃあ手紙は?」

「雪司郎くんは続けたい?」

 ん~。続けるのはいいんだが、ばれるのがあれなんだよなぁ。今はばれてなくてもこれを毎日ってのはいつかばれそうだし。

「……交換日記にするか。土日毎週会いたいから、その時に一週間の出来事を。日記っていうか週記?」

 おかしいな、交換日記なんていう単語も一体いつぶりに頭に用意したのかよくわからないはずなのにすらすらとセリフが。

「うん。じゃあ明日一緒に選びに行こうっ」

「おぅよ」

 交換日記選ぶっていうのは初めての経験だな。

「んじゃ今日は……」

 目の前にかわいい志遊。

「……北永志遊先生によるこれでわかる初心者のためのバックギャモン講座の続き?」

「うん、いいよ」

 こうして、実感があるのかないのかまだよくわからないけど、とにかく俺に北永志遊先生という彼女ができました。

「あぁやっぱこんなかわいい北永志遊先生のこと好きだなぁ」

 おでこごっちんこ。

「……うれしいっ」

 とのことらしいので、もっかい唇をくっつけにいかさせていただきました北永志遊先生。

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短編35話  数ある果たし状なわけがなく 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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