どれくらいの長さが適切なんですかね?

(…………いやいやさすがに長すぎません?!)

「き、北永?」

 って声かけてもこの俺の顔の右斜め下に北永のお顔がある状況ではおめめぱちぱち度を確認することができない。

「あ、な、なんかそのすまん。今日遊ぶって言ってたのに、いきなりこんなことしちゃって」

 で、なんでそのセリフの後に顔もっと寄せてきてるんスか……もっとくっつきたくなるではありませんか……。

「……き、北永さーん?」

 うーむ。あんまりしゃべってくれない北永さんゆえに、ここは少し離して顔を見るこ

「とぅえーーーーー!? き、北永ーーー?!」

 泣いてる!? 泣かせた!? これもうくっついてる場合じゃねぇって思っても北永側は腕がっしり俺の背中回してるし?!

「おど、どどどどうした北永!? やっぱいきなりこんなんだめだったよな! ほんとまじすまん! 北永困らすつもりじゃなかったけど勝手にこんなことしたらだめだったよな! すまん北永ぁ!」

 涙を流す北永。あれ、首横に振った北永。

「き、北永っ、えーとあーと、俺超能力者じゃないから北永が今思ってることわかんないや、はは、でも無理に北永にしゃべれっていうわけじゃなくてさ! でもでも泣いてることと俺の背中に腕回ってることがどうにも結びつかず……なのでできれば理由を……ぁあヒントだけでいいんで! お願いしまぁす!」

 お、ちょこっとだけ笑った。あ、右腕が離れていき服のそでで涙拭いた。と思ったらまた俺の背中に戻ってきた。

「……ごめんね、びっくりしちゃって……」

「うぉーびびらせてほんとすまんーっ」

 俺腕離してんのになんで北永腕がっちり回してんスかぁ~……。

「ううん。びっくりしすぎて、どきどきしすぎて、頭の中真っ白けになっちゃったけど……でも……」

 俺は北永の言葉の続きを待った。

「……うれしい、から……」

(う、うれしい、だとぉ?!)

 こんなこといきなりされておきながらうれしいとか!? え?! えぇ?!

「あ、頭真っ白けとか言ってる割には、白髪見当たらないがっ」

 お、北永の動きが一瞬止まった。と思ったらうおぅまた力込めてきた!

「……頭の上じゃなくて、中っ」

 俺様渾身こんしんのギャグもむなしくえらく優しい声でツッコまれてしまった。

「ってギャグ放ってる場合じゃなく! こ、こんなことされてうれしいっていうのは……つ、つまり……?」

 北永は俺にくっついていて顔が外に向けられているため表情が見えない。

(………………むぅ)

 お返事なし。

 と、その時! ガチャンという音が玄関の扉の方からっ

(ガチャン!?)

 聞こえたら、とっさに北永は俺から離れて服のそでで顔ぐしぐしした。北永が全力で瞬発力を披露した超レア映像じゃねこれ? 今度反復横跳びで対決しようぜ。

 俺もドアの方を見ると、女の人……おぉっとお母様!?

「ただいま……ってあら、いらっしゃいっ。お友達?」

 北永はちょっと後ずさりながらうんうんうなずいている。あ、リビングに歩いてった。ちょぉぃ俺置いてけぼりかよぉ?!

「ど、どうも~っ、同じクラスの鍋岡雪司郎です! さっきおじゃましたばかりで!」

 正直まださっきまでの北永の腕や手やくっつけてきた顔とかの感触がいたるところに残っているが、とりあえず無難な表情はできているようなっ。

「そうだったのね。志遊と仲良くしてくれてありがとう。ほら、あの子っておとなしいから、ちゃんと友達がいるのかつい心配しちゃうのよ」

 北永の母さんが靴を脱いで俺のそばにやってきた。身長は俺より少し小さい。写真を見たから北永の母さんだってわかったが、姉さんと言っても通じる感じかもしれない。

「学校では友達としゃべってるし、夏祭りとかでもよく会ってしゃべってるから、結構友達いるんじゃー……ないかな?」

「そうなの? だといいのだけれどっ」

 お、俺は間違ったことは言ってないもんねっ。

「志遊~? 雪司郎くんはどうするのー? 志遊のお部屋に入っててもらっていいのー?」

(し、しゆうのおへやあ!?)

「う、うんっ」

(しかもうんって言ったあ!?)

「志遊のお部屋は二階に上がって右に行ったところよ」

「あ、は、はいっ。おじゃまします」

「ゆっくりしていってね」

「は、はいっ」

 おかしい。女子耐性を充分備えているはずの俺なのに、北永の感触が残っているだけでこんなに自由が利かなくなるとはっ。

 しかしここで移動しなければ怪しまれる度ガン上がりのため、俺は階段に体を向かせ、そして階段の一段目を踏んだ。北永の母さんは北永を追うようにリビングに入っていったようだ。

 ……かつてこんなに緊張して上った階段があっただろうか。吹奏楽のステージは二階とかでしたことないしなぁ。あ、本番前のチューニングの時間で階段上がったことあったわ。

 いやいや確かにその時もそこそこ緊張したが、今の緊張具合はまた別次元というかっ。

 おかしい……階段なんて俺ん家や学校でこれでもかってくらい上っているというのに……ってもう上がりきっちゃったし。で、右、と……。

(……間違いねぇ……)

 俺は茶色いドアの前までやってきた。そのドアには『しゆう』と書かれた木の掛け札がってこれ小学校のときに作ったやつじゃん。俺も掛けてあるしっ。

(……本当に入るのか? ここに? ここに本当に入っていいのか?)

 でも北永は間違いなくはっきりとうんっつってたし……北永の声は貴重だから聞き間違えるはずがない。

(……ほ、本人も、それから母さんもああ言ってたし…………うしっ)

 深呼吸。そして俺は意を決して横長なドアノブに手を掛けた。ゆっくり下げて……前へ……。

(…………ふおぉぉぉ…………)

 これが……女子の……北永の……お・部・屋っ!!

 え、テレビなくね? ゲームなくね? うわなにこのベッド! あ、制服。なにこの座布団、あ、クッションって言うんだよな。学習机とテーブルは俺の部屋のとほぼ一緒か? おいキーボードあんぞ! カーテンピンクっ。おーいろんな本が並んでるぞ。美術とか図工とかの時間に作ったやつ結構使ったり飾ったりしてんだな。これは部活の仲間との写真か? さっきからいちいち視界に入って私ふわふわですアピールしてるベッドにダイーブッ! おほぉーすげーぼよんぼよんするー! てかこの薄ピンク掛け布団上から乗っただけでもわかるふわふわ感! あーこれ毎日ぐっすり確定ですわ。ほほぅ電子式の目覚まし時計ときましたかっ。俺のはジリリリリンだぜあーこのベッド気持ちい

「……鍋岡くん?」

 ゴロゴローうほぉーいいないいな俺もこのベッド欲しいぜー! お年玉使っ

「あ」

 木の四角いおぼん持って立ってる北永志遊さんのお姿がそこに。

(…………そ、そんな、いつものナチュラルすぎる表情で、ベッドゴロゴロがばれてしまった俺を眺められましてもっ!)

 俺は寝転びながら思いっきりばんざいの形で停止している。あ、北永がおぼんをテーブルに置いた。コップやジュースの入れ物があるのは見えた。こっち来た。ベッドに腰掛けた。こっち見てる。めっちゃ見てる。

(だからなんでにこっとなってフィニッシュなんですかー!)

 浄化された俺は、ゆっくり移動して、背筋ぴんとさせながら北永の右隣に腰掛けた。

(……沈黙)

 表情はいいんだけど沈黙は沈黙なわけで。

「……あ、あのー。北永さん?」

 こっち見てる。

「こ、こういうときは、なにかツッコミをするのが普通だと思うのですがー?」

 こっち見てる見てる。

「例えばですね? 最もオーソドックスなのは『人のベッドで何しとんじゃー!』とかでしょうかね。上級者は『えらい楽しそうやから私もぐるぐるさせてもらうわーってなんでやねん!』というノリツッコミ技法も……」

 ちょー見てる。

「……さーせんした」

 やっぱりにこっとなってフィニッシュである。なにこの天使。

「りんごジュース飲む?」

「飲みます」

 いったん俺から離れてコップにジュース注ぐ北永。ここからだと一口チョコレートとクッキーみたいなのがあるのも見えた。

 ガラス製で台形型のコップふたつに注いだ北永は、左手に持っていたコップを俺に差し出してくれた。

「あざす」

 ちょっと手触れちったけど……なんとか受け取ることができた。北永はにこにこしてるだけ。

 ごくごく。お、うまいなこれ。濃い感じ。この味に北永さんもご満足の様子。

「き、北永さっ」

 こっち向いた。指細っ。

「友達と遊ぶとき、いつもどんなことしてんだ?」

「本を読んでいることが多いかなぁ。宿題をすることもあるよ」

「ふたつ目のは遊ぶって言わねぇよっ」

 笑う北永。

「本って、どんなの読んでるんだ?」

「マンガがほとんどかなぁ。行く友達の家にあるのを一緒に読みながらおしゃべりすることが多いと思う」

「ほうほう。ここで遊ぶときもそんな感じか?」

「うん。でも私の家にはマンガはあまりないから、ここで遊ぶことはめったにないかなぁ」

「……あの。めったにない割には、俺、ここにいるんスけど?」

 そこでりんごジュース飲むのはどんな意味が含まれてんだ!?

「鍋岡くんにはバックギャモンを教えてあげなきゃっ」

 そういやそうだった。さっきのあれですっかり頭から吹き飛んでいたが、本来の目的は北永志遊先生によるこれでわかるバックギャモン講座であった。

「北永志遊先生、よろしくお願いします!」

 礼に始まり礼に終わる! これぞ和の心!

「こちらこそ、よろしくお願いします、鍋岡雪司郎くん」

 ちょっとしたギャグでも真正面から返してくれる北永志遊先生まじ先生。

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