Snowdrop

水雫

第1話 プロローグ


 窓から遥か遠方を眺める彼女の、その横顔が嫌いだった。蒼い双眸に映るのはただ白銀に染まるだけの世界で、彼女の凍てつくような体温を温めてくれやしないのに。暖炉の火の柔い光に照らされた彼女の細く白く、長い髪が、ロッキングチェアに座る彼女の動きに合わせてゆらりと揺れる。木の軋む音と、火の燻る音だけが部屋に空しく響く。寡黙な彼女は何も言わない。そうして、何かを静かに待っている。

 いずれ迎えに来るものへの準備を整えているような気がした。いつも所在無さげな彼女だったけれど、向かうべきところは知っているようでもあった。

 「外に出たらどこへ行きたい?」と尋ねてみる。

 一拍置いてこちらを見た彼女は、「どこでもいいよ。君の行きたいところへ連れて行って」と柔く微笑む。

 お伽噺のような話だとでも思っているのだろうか。何度も繰り返した会話の応酬に現実感が伴ったことはない。

 「それじゃあ、花でも見に行こうか」と言うと、彼女は「花?」と首を傾げた。

「まだ見たことないだろ、こんな雪しかないようなところじゃ」

 彼女は困ったように笑った。そうだね、花、見てみたいかも――――その言葉が本心だったのかすら、今はもうわからない。



 俺の願いと彼女の願いが交差したことが一度でもあったのだろうか。結局彼女のことは何一つ知らないままだった。ただ、こんな形で終幕を迎えるくらいなら、一度くらい尋ねてみればよかったのだと思う。何も知らなくても、それでもいいと思っていた。傍にいるだけで幸せだとか、言葉のいらない関係だとか、そんな言葉で包めていたが、本当にそう思えていたのならあの塔に彼女を永遠に閉じ込めておくべきだったのだ。

 浅はかなエゴと綺麗に美化された思い出たちが心の底で渦を巻く。後悔ばかりが胸を穿つ。最期に見た鮮やかな赤に、自己本位な謝罪と言葉にならない別れを告げた。

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Snowdrop 水雫 @shioshio_0822

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