ベロキラプトルは進化してうつつの夢を見る

諸行無常

第1話 閻魔 ~転生省転生課転生官武田晴信~

 小さな小窓を開けると少し湿った冷涼な風が入り込み体を震わせる。籠の前後を歩き一定の律動を刻む歩兵の足音と籠の揺れが眠気を吹き飛ばす。覚醒しても尚動かぬ我が身が寿命が尽きかけていることを嫌が上でも知らしめる。果たして京の都まで我が身が持つのか分からぬ。しかし、これが最後の出兵なのは自明の理だ。これを逃せば永遠に叶わぬ。最早、まともに動くのも叶わぬ。馬にも乗れぬ。籠に揺られ移動するのは屈辱以外の何物でもない。 


 軍は目的地に到着し本陣を張り、儂はただ据えられた床几に腰掛ける。

 指示は出さずとも有能な家臣共が指示を出し戦は進んでいく。


「お館様、野田城が落が落ちましたぞ!」


「そうか、落ちたか。源四郎、良うやった」


 儂は意気揚々とやって来た山県昌景に笑顔を向けるが持病の胃の腑の痛みでその笑顔は引きつっているのだろう。だから昌景は儂に不穏な表情を浮かべた。


「どうされましたか、元気がござりませぬな。まさか持病が?」


「い、いやなんでも無いわ。気にするな」


 三方ヶ原でも戦の首実検の際、儂は吐血した。

 それからじゃ。

 それ以来、以前より芳しくなかった体調が悪化しておる。

 これでは京に辿り着けるか心配じゃ。

 信長の小倅なんぞはどうとでもなる。

 勢い付いておるだけじゃ。

 儂なら一捻りじゃ。

 だが、これでは戦うことさえ叶わぬ。

 儂はこのまま死んでしまうかもしれぬな。

 しかし、儂は死なぬ、生き抜いてやる。

 京に武田の御旗を立てるまでは死なぬ。


 しかし‥‥


 気が付けば儂はまた血を吐いていた。


「お、お館様! 大丈夫でござりまするか」


「ええいっ! 煩いわ。囀るな、なんともありゃせん」


「ひとまず、長篠城へお戻りになり、そこで暫しの静養を致されよ」


「源四郎、あんまり煩いと、只の一兵卒に戻すぞ」


「それをなされたら、お困りになるのはお館様じゃろうて」


「そうじゃな、お主の言うとおりかもしれぬな・・」


 反論するのも疲れる。

 それほど体調は酷いのじゃろう。


「何をそんなに弱気になされとる。平常のお館様らしくありゃせんぞ」


「儂も偶には気弱になる。念願の京の都じゃ。絶対なぞありゃせんからな」


 しかし、病状は悪化したようじゃ。

 残念じゃが、長篠城から動けぬわ。

 一向に体調は良くなりはせぬ。

 このまま死んでしまうのかもしれぬ。

 どうしても気弱になってしまうな。

 病気が気力を保つことさえ許さぬ。


「源四郎はおるか?」


「はっ、ここにおりまするぞ」


「源四郎、儂が死んだら三年間は儂の死を秘匿せよ。そして、儂の身は諏訪湖に沈めよ。勝頼には孫の信勝の継承の時まで後見として務め越後の上杉謙信を頼れと伝えよ」


「そんな事はご自分で言いなされ。お、お館様? お館様ぁー! おい意識がない! 躑躅ヶ崎館に引き返すぞ!」


 煩いわ、聞こえてるっちゅーねん。

 体が動かぬだけじゃ。

 こりゃ、本格的に終わりかの。


 結局阿智村までは持ったがそこまでじゃったわ。

 儂の人生も終わりじゃ。


 結局、流れに身を任せて生きてきたが為に京へ出るのが遅れ念願の京進出は果たされずじまいじゃ。


 しかし、それで良かったのかもしれん。


 虚栄を張らずに正直に今まで生きてきた。

 だからこそ悔いはない。


 最後に虚栄を張ろうとして躓いたのが悔いと言えなくもないわ。

 虚栄を張らなければ躑躅ヶ崎館の畳の上で家族に見守られながら安楽の内に死ねたかもしれぬのにと思わぬこともないわな。


 しかし、儂は武田信玄じゃ。

 戦場で死ぬ事こそ最上と考えとる。

 一辺の悔いもないわ。


 そして、儂は五十三年の人生を終えたんじゃ。

 敦盛で言えば三年も長生きしたことになる。

 良き人生じゃった。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 



 ここは龍界ドラゴンズワールドの転生省転生科魂魄管理センター。


 我々は龍と呼ばれている龍人類じゃ。

 人類と同じ外観をしている。

 何故爬虫類が人類と同じ形をしているのか疑問じゃと?

 脊椎動物が知能を発達させるために二足歩行に進化すれば自ずと人類と同じ姿形になる。自明の理じゃ。そもそも爬虫類ではない。

 それに龍人類が人類と同じ形なのではない。逆じゃ。人類は龍人類が己の姿形と同じように猿を進化させたのじゃ。そう、つまり龍人類は人類で言う所の神じゃ。


 我が龍人類はヴェロキラプトルより進化した。

 進化すること数億年。進化のついに達し、繁栄を極め、宇宙の果にまで到達し、時間を超え、宇宙を超えることにも成功し未知のことなど無くなったのじゃ。

 幾つもの銀河、幾つもの多元宇宙を支配した。

 そして遂には不老不死を達成しいつまでも続く生を享受した。


 しかし、そこに退屈という壁が立ち塞がる。


 自ら命を断つ者が急増した。

 その為、龍人類は自らを魂魄化し別の肉体に憑依させることにより新たな場所で新たな人生を享受することにしたのじゃ。


 その憑依対象として猿が選ばれた。


 ある程度知能が高く、既に二足歩行に適し始めていた為じゃ。

 猿の遺伝子を改造し魂の乗り物としての人類を作り出した。

 人類は気付いてはいないが魂はポイント制で、そのポイントは魂に刻まれる。

 善行を多くなせばポイントが貯まり、悪行を成せばポイントが減る。

 そして、その合算で次の人生における運や能力等様々なものが決定することになる。


 善行を成しポイントを多く溜めた者は科学技術が発達し住みやすい世界に転生できる。

 俗に言う天国じゃ。

 この世界、つまり龍界ドラゴンズワールドに残ることも出来るのじゃ。しかしそれには多大なるポイント獲得したことが条件じゃ、儂のようにな。


 悪行が多くポイントが貯まらなかった者は科学技術が発展していない世界や生存が難しい世界に転生し苦しい人生を送ることになるのじゃ。


 俗に言う地獄であるな。


 とは言え、永遠の命を誇る龍人類にとっては人類の生存期間の100年など短期間の只のゲームに過ぎない。


 自己紹介が遅れたが儂は転生省の転生課に勤務する転生官シンゲン・タケダ。

 そう、あの武田信玄だった者じゃ。

 前世で貯まりに貯まったポイントで転生は望まず死後この職に就いたのじゃ。


 転生官とは、転生に関する一切の決定を職分とする独任制の官庁じゃ。

 転生独占主義であり転生官だけが転生にまつわることを決定することが出来るのじゃ。


 とは言え、例外はあり、転生審査会というものがある。

 転生先に不服があれば申し立てる事が出来、認められれば転生先を変更することが出来る。

 しかし、不服申立ては転生官にとっては汚点となるので絶対にあってはならないのじゃ。

 絶対にじゃ!


 そして、人々は皆、尊敬の意味を込めて儂らを『閻魔』と呼ぶのじゃ。


 今日もまた転生課にお客がやって来よった。


「また、俺達死んじゃったな。愛莉が先に逝くから焦ったよ」

「泣いてたでしょ?」

「まるで恥ずかしいことみたいに言わなくても」

「あそこで悟だけ生き残ったら化けて出てやろうかと思ったわよ。良かった。死んでくれて」

「人の死を喜ぶな! でも次もまた一緒がいいな」

「大丈夫、それくらいの善行は積んだはずよ」

「でも、龍界ドラゴンズワールドに残らず直ぐ転生して良かったのか?」

「だって、たったの18年で死んじゃったのよ。遊び足りないわよ」

「そうだよな。まぁ、俺達善行積んで短寿命だったから次はもっと良い天国、SSランク世界だな」

「もちろんよ。あれ、あそこに同じクラスの田中奏さんがいるよ。不良の方々もいらっしゃってるわ」

「そろそろ、選択期限の1176時間が終わろうとしてるからね。みんな集まって来るよな」


 おぉ、客が多いのぉ。

 今日はいつもにまして騒がしいわい。

 そろそろ、受付を始めるかの。


「はい、次の方どうぞ。」

「田中奏です。お願いします」

「はい。田中さんは・・・・善行積んだね! しかも寿命18年か、短かったね。次はSランク世界、所謂『天国』だね。何も言うことありません。ぽちっとな。はい、次の方」


 世界にはSSSランク世界からJJJランク世界まであるのじゃ。

 SとJの間には普通の世界ABCランク世界もある。

 そう、Jランク世界のJとは地獄のJじゃ。

 さらにJランク世界にはJJ世界とJJJ世界あるのじゃ。


「ほら、田中さんはSランク世界だよ。だったら私達はSSランク世界だね」

「もう決まったも同然だな」


「はい、次の方どうぞ」

「ほら、お前らも来いよ」

「嫌だよ、後で良いよ」


 不良グループがカウンターの前に屯するのじゃ。

 騒がしい不良グループじゃ。


「おい、俺たちゃ未だ死にたくないぞ。なんとかしろよ、この野郎」


 死んだのじゃからどうする事も出来んのは分かり切った事じゃろ。

 偶にこういった不平不満を漏らす客が来るのじゃ、扱は慣れたものじゃて。

 こういった無礼極まりない奴らの相手は非常に疲れるが地獄に送れると思うとスカッとするわい。


「お前達、そんな事言ってると悪霊になるぞ。早く座れ。儂は武田信玄じゃぞ」


 こう言えば大抵の日本の者達は大人しくなる。


「えー、本物かよ。」

「誰? たけだしんげんって? いんげんの仲間?」

「無名なやつだろ。おりゃ知らねーぞ」


 さ、流石に不良グループじゃ。

 一癖も二癖もあるわい。

 まさか武田信玄を知らぬとは・・・・くそっ。


「織田信長は知っとろう?」

「信長は知ってるよ! だって、有名じゃん」

「儂はその信長と戦っていたんじゃ」

「信長と?」


 どうじゃ、凄いと言え、凄いと・・


「だったら、信長に負けたってことだろ? 明智じゃないんだから」

「だったら、弱いやつじゃん」

「違うわ! 儂は信長と直接戦う前に国に帰ったんじゃ。」

「なんだ。敵前逃亡かよ。かー、情けねぇ。そんなやつが俺たちに文句言う資格はねぇな」

「いや、病気じゃ。病気で仕方なくじゃ」

「いや、爺さん。言い訳は良いよ。もう、可愛そうになってきた」

「そうだよ、爺さん、哀れだよ、早く転生させてくれよ」


 あ、哀れじゃと? 爺さんだと?

 確かにここでの姿は前世の姿に影響を受けるが爺さんはないだろうが。

 お前ら地獄行じゃ。

 ホイ、ぽちっとな。


 煩い不良共は姿を消した。

 地獄で鬼に絞られろ。

 あー、スッキリしたのじゃ。


「はい、次の方どうぞ」


 次の者を呼ぶ。しかし、次もずっと騒がしい二人じゃ。


 どうせ地獄行きじゃろ。


「よく来られた。儂は転生官の武田信玄じゃ」


 日本人相手には名前を名乗るとウケが良いからまた言うぞい。


「あの二人一緒が良いんですけど。」


 え? 名前無視? 本人ですけど、名前無視? なぜ?


「あー武田信玄じゃ。(え? まだ無視? くそっ!)大丈夫じゃ。二人一緒に地獄行きじゃな。ハイッ、ぽちっとな(俺のことを知らない無知なやつなどどうせ地獄行きじゃ!)」


 儂はJ1ランク世界、つまり地獄行きのボタンを押したのじゃ。


「「え?」」


 なんだ? 

 煩い奴等じゃ。

 不良のほうがマシじゃったぞい。


「あの俺達善行を積んだと思うんですが。ポイント貯まってませんか?」

「私もです。善行を積んできました。なのにまだ高校生で死んじゃったんですよ。それなのに地獄? 間違いではないでしょうか?」

「し、暫し待たれい」


 そんな訳あるか!

 まぁ、確認してみるか・・・・あれ?・・・・あれれれ・・・・


 儂は目前の空間に浮かぶパネル、バーチャルディスプレイ、略して『バスプ』に表示される資料を指で操作する。

 

 あっ!

 や、やばい!!

 やばいのじゃ!

 これじゃ、転生審査会どころの騒ぎじゃない!

 罷免騒ぎじゃ!!

 せっかく得た職じゃ、もう転生などまっぴら御免じゃっ!



 くそっ!汗が出てきた。何とか誤魔化すのじゃ。

 ここは、か、川中島じゃ! 

 普通は正念場とも言うが・・

 謙信のやつは今日は見とらんが来とるのかのう?

 いかん、いかん。

 現実逃避しとる場合ではないぞ。

 誤魔化さねば。



「これは手違いだな。あいつらいつもミスしおって! おまえ達はSランク世界じゃな、つまり、天国組だな」


 あいつらの所為にしておくのじゃ。

 というか、あいつらって誰じゃ?

 まぁ、誰でも良いわ。


「では、天国へ行かせてください」

「無理じゃ。既にボタンは押してしもうた。もう天国に行くことは出来んぞ。地獄で頑張れ」


 転生審査会のことは内緒にしておくぞ! バレませんようにっ!


「納得できません。転生審査会に申し立てます」


 げっ! しっ、知っておったか、敗戦じゃ、くそっ!


「い、いやそれだけは勘弁してくれ。では、お前たちを流行の剣と魔法の世界へ送り苦労が無いように貴族の家庭に転生させてやる。それで良いか? 持ち越しポイントは与えられないが獲得ポイントを10倍にし魔法が使えるようにしてやる。ポイントが貯ればスキルを得られるし獲得するスキルは物凄く良いやつにしてやる。それで良いな?」

「50倍で!」

「仕方ないのぉ。50倍にするのじゃ。許せ」

「仕方ありませんね、愛莉もいいよな?」

「貴族のお姫様かぁ、私もそれでいいわ」

「剣と魔法の世界で無双してくるのじゃ」

「魔法のある世界かー、良いなぁ」


 よし、うまく説得できそうじゃ。


「与えられる魔法は才能によるのだが、お主の才能は・・・・ん? 造形士の才能しか無いぞ。だったら、職業『造形士』でそれ用の職業魔法だ。スキルもそれ関係のだけだな。」

「造形士か。やはり俺にはフィギュア制作の才能があったんだな。納得だ。この魔法があれば凄いフィギュアが作れるぞ!」

「い、いや、才能はもっと有意義なことに使ったほうが良いと思うぞ」

「私は? 私は?」


 おぉ、この女子は嬉しそうじゃの。

 うまく乗ってくれたわい。


「君には色んな才能があるのじゃな。職業『魔術師』で属性魔法でいいか。スキルシステムも職業魔法に付属しているからな。」

「ふふん、愛莉は属性魔法か。残念だったな。俺みたいに良い魔法じゃなくて」

「残念なのは悟でしょ。ところで、スキルシステムは職業に関連する能力ですよね? どうやって伸ばすんですか?」

「それもポイントを貯めることじゃ。どこでも同じじゃ。善行がポイントを産む。地獄では鬼が跋扈しとる。悪の限りを尽くす鬼退治は善行じゃ。普通に善行でポイントが貯まるのじゃ」

「鬼がいるんですか?」

「当たり前じゃ。地獄に鬼は付き物じゃ」

「鬼退治ですか。桃太郎みたいですね」

「そうじゃ。ポイント貯ればレベルが上がりスキルも貰える。詳細は『バスプ』見れば分かる」

「バスプってモニターですよね?」

「バーチャルディスプレイの略じゃ。ARじゃな」

「一つお願いが。俺は男、彼女は女として近くに生まれるようにしてください。近すぎるのは駄目ですよ、兄妹とか」

「分かったぞい」

「それに、前世の記憶を残してくれませんか? 彼女のことを忘れたくないんです」

「その望みも叶えよう」

「よろしくお願いします、閻魔さん」

「お前達は貴族の子として生まれるからって、安心するなよ。所詮行く先は地獄じゃ。あ、絶対内緒な! 誰にも言うなよ。それとポイント50倍で能力が高くなるはずだ、その高い能力を他人に話してはいかんぞ。転生省に知られれば、儂の不正が露見し、儂ゃ首だしお主らも更なる地獄、JJランク世界に送られるかもしれん。お主の能力も儂が間違ったことも呉呉も秘密じゃぞ。夢々忘るる事なかれ~。」


 転生者を送り出す時に最後のセリフと語尾を伸ばすのが法律で決められているんじゃが面倒くさいのじゃ。あっ、今日はすっかり言い忘れてたのじゃ。まぁ、誰も見ておらんじゃろ。

 しかし、これで上司の謙信には知られぬはずじゃ。まぁ良しとするわい。

 それじゃ、久々にその謙信のもとに遊びに行くのじゃ。


 川中島の次はコールオ〇デューティーじゃ。

 絶対に『信長の野〇』などせんのじゃ。

 なぜ『信玄の野望』が無いのじゃ、解せぬ。
























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