くもりガラスの向こうには

くらげ

くもりガラスの向こうには

 くもりガラスの向こうには、何だか怪しい黒い影。


 私がお風呂に入るとき、必ずそいつは現れる。


 そこで何をするでもなく、ただじっと座っているんだ。


 一緒に入りたいのかな?


 私がそろっと扉を開けると、そいつは慌てて逃げていく。


 だよね、あんた、お風呂が大キライだもんね。


 まあその原因は、この私にあるんだけど。




 ☆ ☆ ☆




 そいつがまだ、手のひらサイズの黒い毛玉みたいなものだった頃。


 私もまだ、手加減匙加減を知らない幼子だった頃。


 お湯を張った洗面器に、無理矢理ドボンと放り込まれたこと、ずっと根に持ってるんだね。


 ごめんってば、もう水に流してちょうだいよ。……お風呂だけに。


 だけど、私が扉を閉めてしばらくすると、また黒い影はやってくる。


 一体何がしたいのさ……?




 ☆ ☆ ☆




 奇妙なことに、お父さんが入ってても、お母さんが入ってても、黒い影は現れないらしい。


 なぜ私のときだけ……?


 ずっと不思議に思ってたんだけどね。


 時間が流れ、私も大人になって、やっと気が付いたんだ。




 ☆ ☆ ☆




 そいつはきっと、私を見守ってくれてたんだ。


 あのお風呂とかいう、忌々しく恐ろしいものに、小さな私が飲み込まれやしないかと心配してくれてたんだ。


 滅多に鳴かなかったあんただけど、お風呂上がりの私には、必ず「にゃあ」と声を掛けてきた。


 それは多分、地獄の釜からの生還を喜んでくれてたんだろうね。


 あんたは優しかったもんね。


 私が泣いてたら、そっと隣に寄り添ってくれてたもんね。


 ああ、会いたいなあ、あの懐かしい黒い影に。


 お風呂で溺れたふりをすれば、助けに来てくれるかな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くもりガラスの向こうには くらげ @pukapukakurage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ