赤色

 なんだろうこの感じ。この人の喋り方。

「部活見にきてくれたんだよな!ありがとう、本当。迷惑かけるかも知れんがこれからもよろしくっ!お茶は出せないけど、ポットな今度買ってくるから。これでも食べててください」

 旧式の日本語?なのか、違和感の正体は…。この釈然としない感じ……。。

 やけに腰が低い、何にしても鼻にかかる喋り方だな…。

「私、立花美柑って言います。春日先輩ですか」

「先輩とかいらんから、そんなに崇められても困るっちゃ」

「この部室すっごいきれい…。こまめに掃除とかされてるんですね」

「せやせや、まぁ俺よか同僚にやってもらって。大概はここ、あいつの休憩室みたいな感じやから。ここはみんな自由に使ってくれていいから、気になったら模様替えとかしてくれてもいいし、いらないものとか捨てちゃってもいいし、俺とかもでていこうか?」

 何してんだこの先輩…。腰が低すぎ自分ちの暖簾を潜っちゃってんじゃん……。先輩の威厳ゼロじゃん……。もしここが仮に部活動だとしても、後輩はこの人についていかないだろう。

 薄暗い教室、電気をつけてもまだ暗い。この辺りじゃ校舎の影で日光が入ってこないんだろうな……。申し訳ないけど、こんなところで高校生活を無駄にするわけにはいけない。

「…美柑。そろそろ…」

「あ」美柑に催促を促す。人と話すのが好きなこいつは長居しかねない。

 さっき拾った紙。それは部活勧誘書だった。この学校には下駄箱正面にコルクボードがあって、そこには学校の行事だとかプリントと、大概はこの部活勧誘書なるものが貼ってある。この「バンド部」というものも本来そこにあるべきだったんだろう…。今度はおとさないようにしっかり鞄に入れたつもりだったのに落としたらしい。それを美柑に拾われ今に至る。

「春日先輩っ!これ落ちてました!」

 あざとく美柑が先輩にプリントを渡す。

「お、これかぁ。ありがとう!落としたんだな…。どうもありがとう」

 それを春日先輩が受けとり大切そうにしている。

「そこで何だが……」

 


 音楽には「華」がある。けれど、どんな音楽も一概にそうではない。黄色い音楽があれば、黒い音楽だってある。赤い音楽があれば、茶色い音楽がある。では

 果たして、そんな色に華があるのか。……未来はあるのか。

 

 けれどたまに、灰色の華が虹色に変わる瞬間が、音楽にはある。


 もしも世界に正解があるとすれば、こういう瞬間にこそ、世界の心理があるんじゃないかと思う……



「バンド部に入らないか!!」

 この教室には長机と、パイプ椅子と、ギターとドラムがある。机には入部届とあと芋けんぴ。手前にある芋けんぴにすら気がつかなかった。俺はこの教室に入ってから今までずっとこの人の目を見ていた。

 この人の目はガチだ……。はじめにこの人の目を見てから、ずっと何かがおかしいと思っていた、この人は「人たらし」だ。今やっと、土下座している先輩を見て自分のいる場所を把握できた。……土下座…?

「ちょ、ちょ!っと!春日先輩!?」

「頼む!!一緒にお茶を囲もう!!」

 確信した。この人がどうも気に触るのかが…。この人は、古風でも武士道精神でもない、「泥臭い」からだ。…くだらない。この男の中にある音楽が、こんなことをさせているのなら、なおさらこの人についていくことはできない。

 音楽は「華」だ………。

 美柑が仲裁に入るのに一拍置いて改めて、己と向き合い答えを出した。俺は、

「無理です。頭をあげてください、僕たちもう帰るので、ドアの前だと邪魔になります」

 この人も、プライドを捨てて、恥を承知で、この暴挙に出たんだろうけど、そのやり方じゃあ。人はついていかない…。

 俺はよく知ってんだ。

 唖然とするか、声にならない声で「え、え」とか言ってる美柑に、「用はすんだだろ」と促す。

「帰ります」

 言っても顔を上げない先輩と、らしくなく潮らしい美柑の手をとり、教室を後に。ドアに手を掛ける。


「何の騒ぎ、……、あ」

「んな、ぁ‘……」

 この時間の生徒は下校するか、部活に行くか、この二択。ただ、俺はその限りではない。ある、女生徒と共有廊下で1日のうち唯一バッティングする時間に、下校を調整している。

「あががが」なんて話すか、夕晩もシミュレーションした回答が「あががが」。

「風人…なに、前見えない…」

 勢い良く美柑をひっぱった反動で背中に美柑の温度を感じる。

「こ、ここで…なんのようで、ですか…?」

「……ここで、部活だから」

 多分今、人類の進化みたいになっている。俺は意中の相手を前にして腰を引けていて、まともにレスポンスできる状態にない…。だが、この瞬間が、もしかすると最後のコンタクトになるかもしれない。

 頼れるのは……… 。

「春日先輩…。入ります。…部活。」

「ええ、お前も茶を飲むんかぁ!!」

 ええ。大変困ったことに、話に載せられるしかないみたいです。お茶を濁したらすみません。その時は華を積んで参ります。何言ってんだ俺。

 そうして俺の、バンド部が始まった。




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