うなじに手を伸ばすのと唇に指を添えるのとどちらが哲学的か
naka-motoo
うなじと唇の比較って
壁ドンとかエア壁ドンとか可視化壁ドンとか指で顎クイとか頬を掌撫でとか髪サラ撫でとか瞳ガン見とか様々な愛の形態がある(正確には愛の形態でなく愛情表現の形態と呼ぶべきだろうが)。
つまり恋愛のシチュにおいてその一瞬のキメのシーンというものにひたすら命を賭ける男女やあるいは男男でも女女でもいいのだけれど、そういう場合に何が最強かというのは使用する現実の恋人たちだけでなく、映画やアニメや小説と言ったコンテンツの中においてチャンピオン決定戦というものはなされた試しはないのだろうかと思った訳なのだ。
冷静に考えてみるとこれは恐るべきことであって、よくよく映画やアニメや小説などを紐解くと、つまりはそのキメのシーンを描くためだけに延々と数時間のロード・ショウあるいは数ヶ月のオンエアあるいは全50巻に渡る刊行数を通じて存在しているという場合もあるのに、あまりにもそのチャンピオン決定戦というものがなおざりにされてはいないだろうか。
今まで文句や意見を言わなかった先人たちが怠惰だという話であって、だからわたしはここにチャンピオンを決定しようと思う。
当たり前だけどわたしの独断で。
え。
独断じゃダメですって?
なら、やめた。
だあってえ・・・
『壁ドンに1票とか顎クイに3票』とかそんな不毛なことするの?
誰かが決めればいいことでしょ?
「スイレンちゃん」
「あ、ベジ、ちょうどいい所に」
わたしの純朴な手下であるベジがちょうどスターフィッシュバックルでカルメラマキマキアーティスト(キャラメルでもカラメルでもないよ、カルメラ)を飲みながらひとりコンテストのためのコンテンツをノートにフリクションで書き連ねて絞り込んでいたら店に来たんだよね。だから、引き摺り込んだ。
「ええ・・・恋愛のシチュのチャンピオン決定?」
「そうだよベジ。わたしひとり脳内会議やってたんだけどどれも丙丁つけ難くて」
「ははははは。それ甲乙だから」
ベジはこういうところが冗談通じなくて困るわね。でもまあ適任だから訊いてみようか。
「ベジ。一応わたしが厳正なる審査の結果、2つに絞ったのよ。これを見て」
わたしはノートに記したものを読み上げた。
「①うなじに手を伸ばす。②唇に指を添える」
「ふうむむ。スイレンちゃん、これって具体的にどうするのですか?」
「そのまんまだよ」
「でも僕にはどういう動作をするのかが分かりません。そもそも男子から女子にですか?それとも女子から男子にですか?」
「どちらもアリ」
「ならばなおさらイメージがつきません。あ!」
「な、なに?」
「やってみてもいいですか?スイレンちゃんに」
「は、はあ!?」
「やってみてもいいですよね?きちんんと判断してチャンピオンを決めないといけませんから」
「あう・・・」
おわわわわ!
思わず『あう』なんてラブコメのステレオタイプみたいな反応しちゃったよ!
でもでもでもこれは間違いなくベジが悪い!
ベジが仮想ラブコメ展開を無味乾燥な表情であっさりと言いおおせるからだよ!
「い、いや・・・」
「嫌?」
「う、うん・・・いや」
「くぅーーーー!キますぅーーー!」
「な、なんだ!?」
「スイレンちゃん、その『いや』かーわいい!」
「ば、バカ!錯綜してるんじゃないの?精神が」
「いいえ。素晴らしい!これ以上ないレスポンスです!やっぱりスイレンちゃんは僕の唯一無二の片想いの相手です!」
うう・・・
こういう展開は想定外だったよ・・・
「じゃあスイレンちゃん」
「な、なに?」
「スイレンちゃんが僕に①と②をやってみてください」
「そ、それもヤダ・・・」
「どうしてですか?」
「は、恥ずかしいから・・・」
「それってどういう感覚ですか?キモい寄りの恥ずかしさか、デレ寄りの恥ずかしさか」
「こ、答えること自体恥ずかしいの!」
わ、やだな。
わたしたちの席の横を通るひとたちみんな『温かな笑み』を浮かべてるよ。
まさか恋人同士のデレ合いだと思ってるんじゃないよね。
「じゃあスイレンちゃん、こうしましょう」
「う、うん」
「僕が向こうの席に座ってる女の人にやってみましょう。それでやり方が合ってたら『合ってる』って僕に言ってください」
「そ、そんなの犯罪!」
「でもスイレンちゃんがやるのもやらせてくれるのもいやだっていうから、しょうがないじゃないですか?」
「じゃ、じゃあ、いいよ。別にチャンピオン決定戦なんてやらなくていい。人それぞれ好きなようにやるっていうことで構わない」
「またまたあ・・・それだとおさまりがつかないでしょう?自分に素直にならないと」
「もういいよ」
「よくないですよ。このまま家に帰ったらきっと一晩中悶々として眠れませんよ?」
「いい!構わないから、もういいよ!」
そう言ってわたしはそのまま席を立ってほんとに家に帰ってしまった。
家に帰ってごはんも片付け物も勉強もお風呂も済ませてパジャマ代わりのバンド系柄Tシャツでベッドの上でゴロゴロしてたらやっぱり気になってノートを引っ張り出したよ。
「ああ・・・ベジは別に悪気があったわけじゃなくて純粋にどういうシチュかわからなかっただけなんだろうな・・・ああ見えてものすごく純真だからなあ・・・」
明かりをつけたまま目を閉じて妄想してみた。
Aコース:わたしからベジへ・うなじ篇
クラス対抗リレーでアンカーとなってシューズの紐が弛んで転倒したために優勝できなくてクラス内で気まずい空気となって元気をなくし、放課後みんな帰った教室で夕日に半身を染められながら立ち尽くしていたところに、とっ、とっ、とっ、と歩み寄った。
そのまま声をかける。
「ベジ。頑張ったね」
そうしてわたしが右手のひらでそっとベジのうなじを掻き上げるとあたしの腕が夕日のシルエットとなって教室の床に、微かに音を立てるかのような自然さで映し出された。
Bコース:わたしからベジへ・唇に指を篇
いつも通る帰り道の橋の上。
川面に煌く陽光の照り返しで明るい色になったわたしの顔に、目を閉じて顔を近づけて、キスを求めるベジ。
わたしはそっと人差し指をベジの唇に当てて彼の動きを制する。
「ほんとうに好きになったらね」
Cコース:わたしからベジへ・うなじ・・・
Dコース:わたしからベジへ・唇に人差し指を・・・
「うわああっ!無理無理無理!はっずかしーっ!!」
わたしがベッドの上で何往復もローリングしてたらスマホにLINEが入った。
ベジ:下にいます
二階の自部屋の窓から階下を見下ろすと、街頭にぼうっと照らされるベジが立ってた。
とりあえず降りて行こう。
「ベジ、どうしたの?こんな時間に」
「スイレンちゃん、見つけましたよ!チャンピオンになるべきシチュを!」
「え、ええ?それって①、②、以外に、ってこと?」
「はい!これぞ無敵のシチュですよ!」
「な、なあに?どんなの?」
「実演してみていいですか?」
「よ、よくわかんないけど、いいよ」
「では」
ベジの顔が、消えた。
「えっ?」
ベジが完全にわたしの視界の死角から急接近する気配を感じた。小規模なつむじ風すら巻き起こして接近したように感じられた。
んで、わたしの頬に、やや弾力のある柔らかなそれがくっついた。
「かぷっ」
「ひゃうっ!?」
キス、された。
ほっぺに。
しかも、ちゅっ、じゃなくて、かぷっ、て。
「ななななななな!」
「『ななななななな』?」
「なんてことしてくれるのよっ!キ、キスするなんてっ!」
「でもほっぺですよ」
「ほっぺだろうとキスはキスでしょっ!?しかも、『かぷっ』ってなんなのよ!」
「齧るような感じが新型かなと思いまして」
「う、う、う、・・・」
「う・・・『嬉しい』?ですか?」
「うっとおしいいっ!」
わたしは手に持っていたノートの角っちょの一番痛いところをベジの眉間に叩きつけた。
ゴォンっ!
「うわおうっ!」
「かぷっ」
それから、ベジのほっぺを、唇で囓った。
「え・・・え・・・え・・・え・・・?」
明らかに戸惑いまるで魂が抜け落ちたような呆けた表情になっているベジを置き去りにしてそのまま玄関に飛び込んでわたしの部屋まで駆け上がった。
ベッドにぼふっ、と前のめりで倒れ込んでペンギンの抱き枕をうつ伏せのままで抱きしめた。
道路からベジの声が聞こえる。
「す、スイレンちゃん、素晴らしい!確かに僕の考えた、ほっぺ・かぷっ、の前に更に意表を突くノート・がこっ!とのコンビネーションはまさしく最強だよっ!ラブコメの最終形だよぉっっ!!」
すぱこーん!
「サカりのついた猫か貴様は!」
わたしが窓に駆け寄って下を見ると通りすがりのサラリーマンのおじさんにベジが後頭部をはたかれてた。
「ベジ!」
ぴょいっ、と窓から上半身を乗り出すわたしをベジとおじさんはくるん、と下から見上げる。
「わたしのこと、好き!?」
ぱかん、と口を半開きにしてわたしの目を見つめるベジとわたしとを、きょろきょろきょろ、と何度も何度も見返すおじさん。
「す」
す?
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き・・・・」
おじさんがベジの圧に押されてひっくり返った。
「大好きですぅぅぅぅぅぅっ!!」
わたしも返礼したよ。
「わたしも、大好きだよっ!!」
おじさんが尻餅をついたまま拍手喝采してくれた。
・・・・・・・・・・・・
「ベジ」
「はい。スイレンちゃん」
ゴォん!
かぷっ!
うなじに手を伸ばすのと唇に指を添えるのとどちらが哲学的か naka-motoo @naka-motoo
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