第20話 僕らは笑っている
よんまんじ。
自分の思いが伝わらずに悔しい気持ちがある反面、他人を思いやる優しい友人を羨ましくも思ったりもしている。
(バイソンは大人の考え方が出来るんだな……)
ヨッサはそう考えるとおばさんをお見舞いに誘うのを諦めた。思いに一区切り付いたので安心したのもあった。
だが、違う問題もあった。ハカセの母親のことだ。
「どうしよう…… 実の母親じゃないってハカセに話すべきなのか?」
「それは…… どうする?」
「……」
ガリガリもサボリも返事に詰まってしまった。事実なら教えたほうが良い気がしたからだ。
「それは貝沼のお父さんが話すことだろ。 他人が無断で立ち入って良い部分じゃないよ」
しかし、バイソンがそう言って全員を嗜めた。
道場などで大人と接する機会が多いバイソンは、みんなとは違う考え方が出来るようだ。
秘密を抱えるのが苦手なヨッサは関心していた。
「何でもかんでも事実を教えて良いわけじゃないって事か……」
ガリガリが冷静に言ってきた。彼も冷静に物事を判断できるのだろう。
「ハカセが知らないって事は、大人たちは教えるのはまだ早いって考えてるからなんだろ?」
バイソンも続けて言った。確かに母親だと信じていた人が他人だったと知るのは残酷なことなのだろう。
(ハカセは事実を受け止める事が出来ないのかもしれない……)
ヨッサはハカセの父親がそう考えているのだろうと思った。
「そ、そうだな……」
「うん……」
「……」
四人はハカセの母親に会いに来た話はしない事に決めた。代りにみんなでハカセのお見舞いに行こうと決めた。
もちろん、城義公園で採取したカブトムシをお土産にしてだ。
(新しい友達が増えるんだから、たぶん喜んでくれるだろう……)
ヨッサは『よんまんじ』までの冒険譚をハカセに聞かせるつもりだ。
迷子の仔猫。死んじゃった仔犬。廃屋の番人婆さん。たこ焼き屋の怖い顔のおじさん。迷子の男の子。
話したいことはいっぱい出来た。
そして、ハカセの足が治ったら今度は五人で遊びに来ようと考えていたのだ。
(こうして皆の話を聞いてみると、俺の家って本当に平凡なんだな……)
それぞれの家の事情を聞いたヨッサは、自分は幸せな方ではないかと思い始めた。
結局、自分の抱える問題は些末なもので、自分がどう向き合うかにあると確認しはじめたのだ。
『お互いを思う気持ちが家族なんじゃね?』
バイソンが言っていた言葉がヨッサの心に染み込んでくる。
(帰ってたら母さんに謝っておくかな……)
自分の我侭に向き合う事をせず、甘ったれていたのは自分なのだと気が付いたようだ。
嫌ってる振りをしてるが、ヨッサは母の作る肉が少ないカレーが大好物だった。
「汚れた海の中で海鳥のように溺れているだけさ……」
バイソンがポツリと漏らした。
「そんな事無いよ」
「何が?」
「僕らは絶望するために産まれて来たんじゃないって事さ」
「じゃあ、何の為?」
「笑う為さ」
「笑う?」
「うん、僕らは笑っている以外には何も出来ないんだ」
ヨッサはそう言って微笑んだ。
「そうだな…… 所詮はクソガキの集まりだからな」
バイソンも釣られて苦笑していた。
「誰かの思い出の中に残り続けていくのなら、生まれてきた意味が有るってものじゃないの?」
ガリガリが付け加えた。
「……」
サボリは黙っていた。皆が話す内容を自分なりに考えているのだろう。
彼の抱える孤独は誰にも理解出来ないのかもしれない。でも、一緒の時間を遊んで気を紛らわせてやる事が、自分に出来るはずだとヨッサは考えたのだ。
そんな話をしている内に、ドーンと低い音が響いてきた。音の方角に目を向けると花火が上がっていた。
空に見える星に混ざろうとするかのように、様々な色を撒き散らして消えていった。
「………………」
唐突な出来事だったので、四人は暫し花火に見とれてしまった。
通りを歩く人達も足を止めて見入ってる。
「あっ……」
やがて、バイソンが花火を見上げたまま小さな声を出した。
「どうした?」
そんなバイソンの方を見ながらサボリが尋ねた。他の二人も何事かとバイソンを見る。
「あの花火って七時に始まるじゃなかったっけ?」
「そうだよ?」
「急がないと帰りのバスが出ちゃうよ……」
「……」
田舎の交通手段は時間が限られている。一時間に一本なんてのもある。自分たちが乗るはずのバスもそうだった。
乗り過ごすと次のバスが来るまでバス停で待つ事になる。それに、あまり遅くなると親への言い訳が色々と面倒になるのだった。
「じゃあ、帰るか……」
「そうだね」
「結局、何も出来なかったか……」
「しょうがないよ…… 俺らはただのクソガキの集まりだからな……」
四人は人で溢れ返る参道から外れた。一本隣の通りを使ってバス停に向うためだ。
目的を見失ってしまったのでトボトボと歩く四人。すると、サボリがいきなり走り出した。
どうしたのかと皆で唖然としていた。
「バス亭まで競争なっ!」
サボリが振り返りながらそう叫んだ。
「え?」
「え?」
「それ、ずりぃーだろっ!」
意表を突かれた三人は一斉に抗議した。しかし、サボリは全員を残したままドタドタと走っていってしまう。
三人はひとしきり喚いた後、サボリを追いかけるように走り出した。
「ふふふ……」
「クスクス」
「アハハハ」
何故か、三人とも自然と笑い声がこみ上げて来ていた。サボリに追いつく頃には嬌声に変わっていき四人で路地を抜けていく。
そんな少年たちを見守るかのように、花火は一際大きく咲いて見せていた。
赤い光・青い光・緑色の光……
花火は様々な光を見せた後に、熱帯夜の空気を震わせて消えていく。それを飽きること無く繰り返している。
それは、とある夏休みの一日が終わりを告げているようだった。
僕らは笑っている 百舌巌 @mosgen
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