第19話 家族の思い

夜店の列。


 雑貨店で聞いた話ではおばあちゃんの話では、夜店でヤキソバを焼いていると言っていた。

 店の特徴と店名を頼りに探し回る四人。途中にある様々な出店を冷やかして回るのも祭りの楽しみの一つだ。

 夜店の列の中をヤキソバの店を見て回る。

 すると、夜店の外れ近くにヤキソバを焼いているオバサンが居た。彼女がハカセの母親だろう。


「あの江崎純子さんでしょうか?」

「はい、そうですけど……」


 店のオバサンは怪訝な表情を見せた。それはそうだろう見ず知らずの小学生が尋ねてきたら誰だって戸惑ってしまう。


「僕は吉田浩一と言います。 実は……」


 ヨッサが名前を名乗ると思い出したようだ。

 ヨッサはオバサンに事情を話してハカセのお見舞いに来てもらえないかと尋ねてみた。

 入院するほどの怪我と聞いて最初は心配気味だったが、命に別状が無いと聞くと安心したようだ。


「それで、一度お見舞いに来てもらえないかと……」

「困ったわね……」


 だが、お見舞いに来てほしいと言うと、話を聞いていたオバサンは困惑し始めているようだ。


「オバサンは貝沼君の本当の母親じゃないのよ……」


 ちょっと黙ったかと思うとオバサンは意外な事を言い出した。


「えっ……」


 一同は驚愕してしまった。


「本当のお母さんは貝沼くんを産んで直ぐに亡くなったそうなの」


 ヨッサが知らない事だった。


「私はあの子が小さいときに貝沼君のお父さんのお嫁さんになったの」


 幼子を抱えて困ってしまったハカセの父親は、伝手を頼っておばさんをお嫁さんにしたのだそうだ。


「ちょっと事情があって一緒に居られなくなって、貝沼君のお父さんとお別れしたのよ……」


 オバサンは色々と話しを続けていくが、ヨッサの耳には上手く馴染めないでいる。

 ヨッサは目の前が真っ白になる経験を初めてなのだ。それぐらい衝撃的だったのだろう。


「それに、もう自分の家族が居るから、簡単にはお見舞いには行けないのよね……」


 そう言えば訪ねていった時。店のおばあちゃんが赤ん坊をおんぶしていたのを思い出した。

 ハカセの入院の事を話しても、あまり良い顔をしなかったと感じていた。


「でも……」


 ヨッサはなおも言い募ろうとした。彼はハカセの喜ぶ顔が見たかったからだ。


「もう止せよ…… 良いから行こうぜ」


 しかし、バイソンがヨッサを止めた。おばさんが困り顔をしていたのもあるが、出店の中からこちらを見ている男の人に気がついていたからだ。

 たぶん、今のおばさんの旦那さんだろ。後で問い詰められておばさんが困るのを防ぎたかったのもあったのだ。


「折角、来てくれたのにゴメンね……」

「……」

「いいえ。 本日はお忙しいところを失礼いたしました」


 サボリがヨッサを連れて行くのを見送りながらバイソンがそう言って頭を下げた。

 オバサンは軽くお辞儀をして、自分の出店に戻っていった。


「お見舞いくらい良いじゃないか……」

「あのオバサンにも事情が有るんだろ…… 無理強いは良くない気がする」


 憤慨しているヨッサにバイソンがそう言って宥めていた。


「でも、小さい頃は面倒見てくれたんだろうし、ハカセは本当の母親だって思ってるんだからさ……」


 ヨッサも小さい頃には合った事があるのだ。おやつにホットケーキを焼いてくれたのを覚えている。


「子供を生んだだけで親になる訳じゃないし、飯を喰わせてたからって家族になれる訳じゃないのさ」


 バイソンはそう言うとスタスタと歩き出してしまった。


「そう言えば皆は家に連絡してあるの?」


 バイソンが言い出した。


「俺はしてないや…… 思いつきで行こうとしてるだけだからさ」


 ヨッサの言い訳にサボリも頷いていた。


「僕の親は僕に興味が無いみたいだから平気さ」

「居なくなっても気が付かないよ。 きっと……」


 そう言ってガリガリは苦笑していた。

 自分に無関心な両親にガリガリは思うところが有るようだ。でも、グレてしまうほどの度胸も無い。結局は勉強に打ち込むのが良いと結論づけたようだ。


「そうか、俺の家は何でもかんでも口出してくるけどな。 鬱陶しいったらありゃしない」


 バイソンが憮然とした表情で愚痴を言っている。


「二言目にはお前のためって言ってばかりだ」


 良い子であることを強要して来る母親に、バイソンは辟易しているらしかった。


「俺には兄ちゃんが居たんだ」

「え? そうだったの?」


 ヨッサは何となくバイソンは長男だと思い込んでいた。


「俺は次男なんだよ……」


 バイソンは二人兄弟だったそうだ。身体が大きめなので、何となく長男だと思いこんでいたのだ。

 だが、彼は頭が悪くて親から器量が悪いと言われて育ったらしかった。


「ああ、兄ちゃんは大学生だったけど……」

「けど?」


 今では誰も信じないが、元々は内気でいじめられっ子体質だったそうだ。何をやってもグズグズしているように見えていたのかも知れない。そんなバイソンを母親はいつも『努力不足だ』と罵ってた。

 兄は文武両道の目立つイケメンで両親自慢の息子であった。


 いつもいつも比べられて、母親に怒られていたらしい。

 でも、兄は優しくていつもバイソンをかばって助けてくれるので大好きだった。


「でも…… ある日、突然自殺しちまった」

「自殺……」

「原因は分からない。 遺書も何も残さずに死んじまった」


 朝まで普通に過ごしていたのに、夕方には大学の部室で首吊自殺をしてしまったそうだ。


「ただ……」

「ん?」


 バイソンが言い淀んだ。


「四十九日に兄ちゃんの部屋を片付けていたら、アルバムが仕舞ってあるのを見つけたんだ」

「……」

「家族の写真から自分の部分だけ切り抜いてあったんだ」

「……」

「だから、覚悟の上での自殺だろうって事になった……」


 自分の存在を消してしまいたかったのだろう。何かとの繋がりを全て断ち切りたかったかもしれない。

 思春期特有の鬱になってしまった可能性が高い。全てがめんどくさくなる事があるのだ。


「それからさ。 母さんの監視が厳しくなったの」

「まあ、二人共居なくなったら寂しいからね」


 何も言わずの自殺では予防する方法が分からない。それで厳しく監視するようにしたのだろう。


「それは分かってるから何も言わずに従っているよ」


 バイソンもそれが分かっているのだ。彼は兄のような優しい少年になろうと考えていた。


「母さんは自分でもどうしたいのかが分からないのかも知れない……」


 バイソンはそう言うとスタスタと先に歩いていってしまった。


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