新坂さんという一人の少女の視点で、合唱で声が一人だけ合わない島井を気にするところから始まるこの作品なんですが、4000字以下とは思えないくらい内容が詰まっている素敵な小説です。
声変わりという少年にはどうすることも出来ない成長、本音をつい漏らして取り乱す島井。
デリケートになりかねない思春期の体の変化やアイデンティティに関わる問題を、変に説教臭くならずに向き合って描いているこの作品の結末は本当に「こういうありかたもある」というものでした。
成長すれば、克服は出来なくても自分との付き合い方の幅も増える…そう思える素敵な作品です。
基本的に我々は歳を取るごとに成長する(そうありたい)生き物なので、思春期ゴリゴリ真っ只中の中学生時代をふと振り返って「あの時ああしておけばよかったな、あれは失敗だったな」みたいな反省が誰しもひとつやふたつはあると思うんですけど、本作はそういう喉につっかえたものに関するお話です。
人は不完全な生き物なので、簡単に誰かの救いになれたりはしません。だから我々はそういう救済を物語に仮託してブッパするわけです。
「困っている人がいて、気の利いた行動をする人がいて、みんな拍手喝采スタンディングオベーション!」みたいなやつ、Twitterとかでよく見かけますよね。なんだかんだああいうの、みんな好きです。
でもこの作者はその辺わりと冷静で、「そんな上手くいくわけねえだろ」とばかりに突き放します。
主人公の新坂ちゃんは、中盤島井くんの抱える問題に相対することになるんですが、これがひとつも良いこと言えてない。新坂ちゃんが中学生の女の子だってことを差し引いても、まあ、しょうがないです。一個の人間のアイデンティティ・クライシスに際して、魔法みたいに気の利いた事を言える人なんて、そうそういないので。
でもやっぱり実際のところ、そういう喉のつっかえの集合体が人生、みたいなところがあって、新坂ちゃんも島井くんも、それを抱えながら生きていかないといけないんですよね。っていうのを、この作者は誠実に書いているように感じます。
新坂ちゃんの視点で進む本作は、新坂ちゃんから見た世界のことしかわかりません。自他の境界がはっきりと描かれた本作では、島井くんの内面はほぼ一切わかりません。心情の吐露も、たった一言だけです。読者は島井くんについての物語を(新坂ちゃんと同じように)ただ想像するしかないんです。
でもその「行間を読む」ということが、元来の読書体験というものなんじゃないかなぁとも思います。
わかりやすく味の濃い作品が多い昨今ですが、久しぶりに繊細な京料理を食べた気分でした。
合唱コンクールの練習の思い出と、当時の顔ぶれと再会する日のお話。
面白かったです。きっと誰もが通り過ぎたであろう日々、懐かしく他愛もないあの日常の、その裏や片隅に間違いなくあったはずの〝それ〟。
驚きました。この短さとこの読み心地でこんな重たい地獄の題材をぶち込んで、そのうえ完全解決してしまう、そんな話はこれまで読んだことがありません。
すごいです。不穏なのに不快じゃありません。絶望があるのに読むのが辛くない。たった数行で地獄を作り、でも地獄があることを示すのみで決して深入りはさせず、あげく最後には完璧に打ち倒してみせる。結末まで読み切った瞬間の、この目の前が拓けていくかのような心地よさ。
最高でした。とても気持ちの良い、どこまでも優しい物語だと思います。