ブライスガール ー上ー
「あんまり自分の外見に興味がないんでしょ」
マナは友人の発言の意味も意図もよく解らないまま、ほんの少しだけ顎を上げて、目薬をほぼ水平の位置から点眼した。
「そういう人もいるけどね。もったいないよ」藍那は友人の
「そうなの?」返事しながら首を傾げて、目を数回パチパチさせる。
白い外壁に極めて主張の少ない看板を掲げているミニマルな外観の店舗は、花屋とカフェが合体した形態になっている。マナと藍那が横並びで座っている、ガーデンパラソルを備え付けたテラス席の目の前には遊具が一つもないだだっ広い公園があり、何組かの家族連れがピクニックに興じている。真夏の西日の眩しさに目を細めながら、隣で紙タバコの煙を吐いている友人の顔は見ずに、椅子に浅く腰をかけ、体重を背もたれに預けて、焦点を合わせずにその風景をぼんやりと見つめている。
マナは退屈そうな顔をしている。客観的に見るとそうだ。だが別に退屈はしていない。というよりは特に何も考えていない。エンジンならアイドリング、禅ならば無我だ。手持ち無沙汰ではあるが、今の状況から逃れたいとも思ってはいない。一度うつむいて、少しだけ深く呼吸をしたあと、顔を上げてなんとなく斜め上に視線をもっていく。
「あんた、お酢顔だもんね」
「オス?」
「お酢よ。調味料の。酸っぱいやつ。醤油顔とかソース顔とか言うじゃん」
「ああ、それは分かるけど。塩とかもあるよね。お酢ってどういう?」
「なんていうか、醤油よりあっさりしてて、クール?みたいな」
「特徴が分かりにくいね。有名人でいうと誰?」
「うーん、パッと浮かんでこないけど、眠そうにしてて、唇が薄くて、色白っていうか色素も薄い感じ」
「とにかく薄いのね。まあ私も存在薄いから、そうかも」
「なんだろう、感情が読み取れなくてミステリアスな感じかな」
「パーツがどうっていうより、雰囲気ベースなわけね」
「今のあんたはバルサミコ酢って感じだけど」
「なんなの、その例えは」
「酢とか塩系の顔は化粧映えするからね。韓国の俳優みたいに。薄いと味付けしやすいからかな。
藍那によると、雀斑が一面に広がる乾燥気味で産毛の多い肌や、薄い眉、不健康に見える眠そうな目つきは一般的に醜い要素ではある。しかし小さな顔にしては大きめで筋の通った鼻や、脂肪が少なく二重というよりは三重四重に折り重なった瞼や、その瞼を開くとのぞく薄茶色の瞳の三白眼は、日本人離れした魅力的な要素だという。
「あなたはソースね。間違いなく」
「そうそう。激辛の。ハバネロソース」
「はは。ドクロのラベルのやつね」人差し指を交差させてみせる。
「あたしの、従姉妹のお姉ちゃんがいるんだけどさ」
「ああ、超美人だっていう」
「そうそう、ミラクルソースって感じ。ケチャップとマヨネーズ混ぜたやつ」
「
「え?ウチじゃミラクルソースって言うよ」
「それ、おたくだけだと思うよ」
「まじで?衝撃なんだけど」
「まあ各家庭の独自ルールみたいなのあるしね」マナはクスっと笑って髪を搔き上げる。先日カットしたばかりの黒髪は無造作にまとめたボブのオールバックで、
「美人は作れるけど、それはあくまでメッキなわけ。本物の美人は骨格が重要なのよ。目元なんて
その『もったいない』の意味合いは、例えば身長に恵まれているのにバレーやバスケをやらない人のようなものかとマナが問うと、多分そんな感じだと返答があった。長身の人全てが運動神経抜群な筈もなく、どうもしっくりこないが、藍那は褒めているんだと説明する。冗談を言うタイプではないし、思ったことをストレートに口に出す性格を知っているので、そう言われて一応は納得しておく。かといってマナは別段、綺麗になりたいという意識や変身願望があるわけではなく、友人が面白がって自分をプロデュースしたがるので、そのお遊びに付き合ってやっているだけだ。着せ替え人形で遊んでいるような感覚なのだろう。もし姉妹がいたなら子供の頃にそういうままごとをしただろうか。
そんな藍那は友人の仕上がり具合に満足していたが、マナは鏡に映る自分自身には違和感があった。慢性的な寝不足のせいで涙袋よりもクマが目立つ目元に施されたマスカラとアイライン、シャドウ。ダークブラウンの
「カラコンも入れたほうがいいかなー。でもそのままでも充分、綺麗なブラウンだし。色素薄いからかな」藍那がマナの顔をまじまじと覗き込む。
「なんかそこまですると、ブスがイキがってる、みたいな被害妄想も出てくる」
「それって悪い意味で自意識過剰よ。そんなの気にするより、とことん自分の気分がアガる事だけをすればいいのよ」
「そういうもんかな?」特にメイクアップによって気分が上がっているわけではないが、余計なことは言わずにおいた。
「そう。第一、人はそこまで他人のことを気にしたりしないよ。自分のことで精一杯なんだし。ヒマな奴はたまたま目に留まったモノ全てを意味なく攻撃したりするけど。嫉妬とか
「ああ、ネットの書き込みとかね。
「どんな人気者が何をどうやったって、どのみちアンチやら
それを聞いて、マナは身の回りの誇大妄想に取り憑かれた頭のおかしい大人たちの事を思い浮かべた。
「まあとにかくさ」と藍那は続ける。「自分の人生じゃ自分が主役。でも他人の人生じゃ自分はその人にとって脇役。人は他人にそんなに興味なんてない。炎上に便乗しても次の日には自分のした事を忘れてる。芸能人や政治家のスキャンダルも放っとけば時間が解決してる。優劣を比べたり、他人のする事をどう思うか、自分がする事をどう思われてるかなんて、考えるだけ時間の無駄。やりたいようにやるだけよ」
「まあ、そっか。私も他人にそんな興味ないし」それなら尚更、意味のない事をしているなとマナは思った。
「えー、悲しい」と藍那が下唇を突き出す。
「なんなのよ」とマナが呆れたように笑う。「ハロウィンでコスプレする人達ってどういう心境なのかな。それこそ変身願望かな?」
「あれって自己顕示欲とか、承認欲求とか、色々なものが満たされるのよね。ナンパ目的とかじゃなくて。男を挑発してサカってる姿を見るのが好きって人もいるけど」
「あなたそっちのタイプでしょ」
「ああいうのもさ、別に男のためじゃない。自分が楽しいからやってる」
「そうなのね。やったことないし、むしろ冷めた目で見てたから解んないけど」
「とは言いつつ、容姿に関してはもちろん自分が好きな服装やメイクをすべきなんだけど、第三者の客観的な意見も取り入れるべきなのよ」
「うん?」
「ハーフあるあるだと思うけど、あたし子供の頃はわりとイジメられてたわけ。なんていうか、今思えばイジメられてたんだな、アレは、って感じだけど。まあ昔に言われた悪口なんて大抵はランダムな呪いなんだけど。小・中学校の時って『黒ブタ』って呼ばれてたの。別に太ってはなかったけど、色黒だったから。肌の色ってやっぱ重要なんだなって。肌色じゃない事って、日本人のコミュニティの中じゃ相当に異様なんだろうなって。いまだにああいうベージュっていうか、あの色を肌色っていうじゃん?確かにあたしは全然違うし、でもあんたも言ってみれば肌色なんかよりずっと白い肌してんじゃん?」
「ああ、まあ、そうだね」
「いるよね。色白と色黒のコンビ。あんたと並ぶとソレみたい」
「はは」
「で高校から女子校なってさ、別に高校デビューしたわけでもないのに急にモテだしたよね。夜遊びするようにもなって、言い寄られる事がめちゃくちゃ増えて。それはウザい場合も多いんだけど、とにかくそれで気付くわけ。容姿で差別されることの惨めさっていうか、損なこと。別にチヤホヤされたら嬉しいとかじゃなくて。生き方というか考え方が変わる。まあ何かとお金もかからなくなるし。男に媚を売るわけじゃないのよ?」
「まあ売れるものは売った方がいいんじゃない?」
「別に売ってるつもりはないんだって。露出するのもオシャレするのも自分の為よ。自分のテンションを上げる為。男に見せる為のものじゃないし、すれ違う女と無言のバトルをしてるわけでもない。そういう行動の結果として、なにかと得をすることもあるってだけ。お金なんかはあとからついてくるわけ」
女を売るというのは自分には縁のない概念だな、とマナは思った。自分の技術や才能を金に換えるというのはれっきとした能力だ。若さや美しさは値打ちだ。生鮮食品と同じようなもので、食べなくても期限は迫る。ならば腐らせるよりは消費されるほうがいいだろう。でも性や身体を、金銭や相応のモノと交換することに慣れてしまうと、歳をとった時、下げ相場に上手く順応できるだろうか?進む時間と同じように、ゆっくりと確実に段々と精神や感覚や常識を蝕まれていかないだろうか。
世の中、全てのものが売られている。何もかもが。性も、差別も、自殺さえも。なんだって見世物だ。自分たちは逃げもせず、この狂った世界でその様を見ている。世界が滅ぶまで取引は続く。そしてそんな事を言っても仕方ないとマナは思う。消費だとか搾取だとか、藍那はなにも気にしてはいない。彼女から溢れる自信は嫌味なく気持ちがいいから。それに彼女なら、きっとうまくやるだろう。
「美に執着するってことが、イコール男に媚びてるってことじゃないわけ。鏡に映る姿が綺麗だと気分が良いでしょ。美容に全く気を遣わない女…男もそうだけど、それはただの怠け者かもしれないし、それとも異性に傷つけられた
マナは少しだけ口角を上げて頷く。
「学校でもジェンダーに関する授業あるじゃん。あの
「そうだね。肉とミルクは大事。あなた、特に目の敵にされてそうだしね」
「そうなのよ。絶対見た目だけで嫌われてる。こっちは歩み寄ろうとしてさ、話の内容を理解しようと努力してるのに、感情的に嫌われたらこっちだって苦手になるじゃん?女の敵は女ってやつ?フェミニズムの定義がよく分からないわ」
「本来は男女平等を求めることだけど、女性を優遇しろって考えに捻じ曲げられてる感じだね。でもすでに優遇されてる女性は敵で、要するに、ブスとか美人とかいう概念を無くせってのを言いたいのかも」
「女性を見た目で判断するな、性の対象として見るなって事だとしたら、人類滅びてほしいのかな?どんな動物だって異性の気を惹くために求愛行動するのに。なんかさ、世の中いろいろ狂ってるよね。色んな分野においてマイノリティのひがみがヒドイっていうか」
友人の持論に対してマナは小さく頷きつつも、藍那だから言える強者の理論だなとも思う。彼女の主張はもちろん解るが、弱者の立場の気持ちも解る。だが、どうしようもない問題だ。ずっと目を逸らしてきた問題だ。これからもそうだろう。面と向かって、直視して、取り組んだところで、どうにもならない。弱肉強食の理屈と、ルッキズムの概念が覆るよりは、人類が滅びるのが先だろう。
「確かにあたしもブスだったからさ、ブスだと人生ハードなのは分かる。バカのほうがまだ救いがある。別に美しくなきゃいけないわけじゃないけど、本当はみんな認めてもらいたいのよ。褒めてもらいたいのよ。でも頑張っても振り向いてもらえないから、報われないならもう逆ギレするしか自己正当化の手段がないわけ」
「単に男女のあーだこーだに興味がないんじゃないのかな?私もそうだし」
「あんたはどうか知らないけど、だいたいは興味がないフリしてるだけよ。その方がラクだもん。ほんとは願望あるはずよ。なんかさ、モテない男の妄想マンガみたいなのも多いじゃん?ザコな男が謎にモテたり、死んだら転生して最強になったり。少女漫画とかもさ、昔からそんな感じじゃない?白馬の王子様とかさ、100%妄想と願望で出来てる」
「ああ、確かにそうだね。源氏物語とか、紫式部の話とかも。昔からそうだね。創作物ってそもそも、大体そんなもんかもね」
「そういや漫画とか映画詳しいよね。なんかオススメある?」
「どういうの好きなの?暗いヤツばっかりだよ。バッドエンドとか、どんでん返し系とか」
「あんたが好きなやつでいいよ。全然知らないとこ攻めて世界を広げるわ」
「うーん、オススメっていうか、私が好きなのは色々あるけど……『気狂いピエロ』とか『レクイエム・フォー・ドリーム』とかかな。何回も観てるのは」
「Netflixで観れる?」
「わかんない。DVDなら持ってるから貸すけど」
「やった。ありがと」
「観終わって気分悪くなったらごめんね。『セブン』観た後とか、なんか体が痺れて動かなくなった」そう言って、自分は感情移入しやすいタイプなのかな?と気付いた。
「まじか…やめとこうかな…あたしけっこう感受性強いタイプだからな…っていうか一回家に遊び行っていい?一緒に観ようよ」
「それはヤダ。それに女二人で一緒に観るような映画じゃないし」
「えー…悲しい」と藍那はまた下唇を突き出す。「なんか一気に暗くなるね」
「ごめん。家はちょっとね、なんていうか…」
「あ、いや、空が。テンションの話ではなくて」
「ああ、そうだね。もう暗いね」
「先になんか食べにいく?」
「うん、これ飲んだら。あんまりお腹減ってないけど」
「全然減ってなくない?胃袋あるの?」
日没とともに、公園の周りの街灯が点く。この公園の東口から駅までのエリアには飲屋街が広がっており、世間はお盆休み。普段は静かな界隈も、幅広い年代で賑わいを見せている。
そもそも彼女たちはライブを見に行く予定で、時間まで周辺をブラブラしようと思ってここに居る。今日のイベントは金子たちが主催するもので、藍那は原野から誘われていたが、当時は気分が乗らなかった。その後に金子から直接誘われたので行こうと決めたが、三日前に原野から行けなくなったと連絡があった。そういう成り行きでマナを誘ったのだが、マナは自分が誘われた理由が全くわからなかった。明らかな人選ミスだろう。それとも藍那は目立つ存在ではあるが、実は友達が少ないタイプなのか、など色々と考えを巡らせた。
ただ、マナには興味もあった。話を聞くところでは高校の頃の元カレに会うらしい。海外のスクールドラマで見るような人間関係のアレコレに加えて、そういったイベント事は経験がないので、自分の知らない世界に対する好奇心がそそられた。誘いを受けた
藍那が腕時計を見て、タバコをもう一本取り出す。
「細くてスタイルも良いんだから、その服も似合うよ」トイレから戻ってきたマナに藍那が声を掛ける。黒のロング丈ワンピースは、高めの位置でウエストが絞られたタイトでシックなシルエット。
「ありがと。でも靴はほんと、履きなれなくて、足痛い」と藍那から借りたDiorのパンプスに視線を落とす。
「背筋もっとまっすぐね。姿勢って全てが表れるから」と背中を叩く。「『服は人を作る』のよ。下着から始まって、衣服こそがヒトを単なる哺乳類の動物から人間にさせている重要なアイテムなの。身なり、身だしなみには気をつけないと。みすぼらしいカッコで姿勢も悪いと、ケモノと同じ扱いだわよ?」
「ドレスコードあるの?これから行く所って」
「別にないよ。でもさ、どんな店でもパッと見の三秒で判断されるからね。バキバキにキメていけば
マナは少し困惑しなような表情で、『プリティ・ウーマン』の一場面を思い出しながら、身に着けている物を再確認する。
「こういう形の服、しかも黒って、高校の時の制服っぽくてちょっと微妙」
「ああ、まあ確かに」と藍那は頷く。「でもその時から、なんかすごく似合ってた印象ある」
「なんで知ってるの」
「よく見てたもん」
「ほんとに?高校の時って喋った事なかったよね」
「そうだね。存在は知ってたけど」
「私も存在は知ってた。住む世界が違うなと」
「どういうことよ」藍那が笑う。
「私の偏った知識によると、遊んでる感じの派手なタイプの女子って都会に憧れて地元を出て行って華やかな世界を夢見るけど、思ったように人生が運ばなくて、結果として悪い大人にいいように使われるみたいなイメージだけど、やっぱそういうのはフィクション?」
「まあそういう子もいるんじゃないかな。バイト仲間とか、そういう副業もしてるしね。飲み会に呼ばれて小遣いもらったり、水着とか着せられて動画撮られたり。でもこんな田舎じゃそもそも都会にも出なくて、意外とあっさり結婚して落ち着くタイプも多いと思うよ」
「そっか。私、世間知らずだから」
「あたしからしたら、あんたみたいなタイプこそ、それこそ本当に存在してるの?って感じだったけど」
「どういうこと?」
「なんとなく、あやかしみたいな存在感で。この世のものじゃないような。変な意味じゃなくて」
「変な意味以外にどんな意味が……」
「あのさ、初めて交わした会話って覚えてる?」
「うーん、何だったっけな」
「そうなのよ。覚えてないのよね。不思議と」
「そんな前でもない筈なのにね」
「まあとにかく、遊んでる感じの、あんま印象は良くなかったわけよね」
「良くないというか、目立つグループでイエーイって感じの、別世界で」
「能天気でバカなタイプだと思ってた?」
「そんなことはないけど」首を大きく振る。「私は?暗くて気持ち悪いやつと思ってた?不思議ちゃんみたいな?」
「えー、そんなこと思わないよ」
「性格いいのね?ギャルが性格いいって本当だったんだ」
「まあそういう軽い感じのノリも確かにあったし、今もある。それはそれで楽しいんだけど、なんか冷めちゃう時もあるんだよね。我の強い子も多いし、表面上は仲良いんだけど、ところどころでバチバチみたいな。なんかアイドルグループとかも実際は仲悪いとか聞くじゃん。そういうの疲れるよね。もう独りで山奥で暮らそうかなとか思っちゃったりするわけ」
「むしろこれから遊ぼうって年頃なんじゃないの?あなたモテるだろうし」
「まあモテはするけどさ、それなりに。でも色々言われるわけ。気が強そうとか性格悪そうとかビッチでしょとか」
「まあ嫉妬でしょ?そういうのも」
「うん、わかるんだけどね。わかるけど疲れるのよ。マセてたせいで思春期も多感だったし、反抗期もきっちりあったし、本当の意味で青春はしてなかったかも。親友も今までいなかったかも」
藍那がマナの目をまっすぐに見る。
「けどさ、タイプがこれだけ違っても、なんだかんだ今こうして一緒にいるって、なんか面白いよね。神の導き?運命のイタズラ?魂が惹かれ合うみたいな?引き寄せの法則みたいなことかな?」藍那があどけない笑顔をみせる。
「…スタンド使いが惹かれ合う、みたいな?」マナがはにかむ。
「なにそれ?」
「なにもない」
「友達ってさ、距離感が大事と思ってたのよ。なんでも話せて、なんでも共有して、たまにはケンカもして…って感じだと重くなるじゃん?家族ですらそんなに近くないのに。だからそういう付き合いばっかりだった。軽い感じのね。でもそういうのを超えていく親友って存在が欲しくて憧れた。だから友達もたくさん作ったけど、誰もしっくりこなかった。けどなんていうか、あんたは違ってさ、波長が合うっていうのかな。一目惚れとか、カミナリがドーンみたいな直感っていうか、そんな大げさなもんでもないけど、なんか、前世が友達だったみたいな、そんな感覚?わかる?」
「わかんないけど、でもありがとう。なんでそんな風に思ってくれてるかわかんないけど」マナは照れ隠しに目線を逸らした。
「だからまあ普通に遊ぶのに楽しい友達はいるよ。でもそういう友達には話さないことも話せるっていうのかな。ってか何を言っても軽くあしらわれそうで、それがちょうどいいっていうのかな。よくわかんないけど。第一、過去を語るなんてこと絶対なかったしね」
考え方やモノの見方は柔軟にすべきだ。マナは常日頃そう自分に言い聞かせている。だから他人と話をして、色々な意見を取り入れたりすることは重要だ。けれどもオンライン上の一方通行ではエコーチェンバー現象だとか、サイバーカスケード等というように、どうしても自分が受け入れやすい方向に偏って流されてしまう。それは視野狭窄を引き起こし、決して精神の成長には繋がらない。そんな時に友人の存在が重要だと気付く。
「私も、あなたと話してると、なんか自分の中で変化を感じるよ。ひねくれずに済むというか。物事って考え方と捉え方次第で、どうとでも自分の都合よく解釈できるけど、あなたの言葉には、ハッとさせられる事とか、スッと入ってくる事がよくある。何を言われるかじゃなく、誰に言われるかって大事だもんね。なんか正のオーラみたいなの出てるのかな?」
「とにかく明るくってのがモットーだからね」と藍那は無邪気な笑顔をみせる。「でもあたしも年に一回くらい、とんでもなく
「ホルモンとかバイオリズムとか、PMSとか月の満ち欠け、潮の満ち引きとか、人間って不思議よね。いろんなバッドタイミングが重なる時があるのかも。そういうのに基づいた占いもあるよね。私はいつもそういう全てが狂ってるけど」
「そう思えば、あの時も色々と悪いタイミングが重なってたのかな」と藍那は呟く。「あの人もおかしくなってたし、あたしもゾンビみたいになってたし」
「猫とか動物にだって発情期あるしね。生物ってみんな目に見えない波みたいな、衝動みたいなものに
「そうそう、だからさ、なんかで見たんだけど、排卵日に出会った男には気をつけろとかいう話、知ってる?」
「なにそれ」
「そもそも生理周期とかちゃんと管理してる?」
「いや、私ずっと不順だから」
「っぽい」
「ぽいって」
「占いとか風水あんまり信じないんだけどさ、パワースポットとかはすごく分かるのよ。今度行かない?山奥の滝とかスゴいよ。マジでマイナスイオン感じる」
「そうね。神社仏閣よりは自然の恵みとかのほうが良いかな」マナがそう言うと、藍那は早速スケジュールに何やら書き込んだ。
「あー、なんかよく喋ったわ。それ才能よね。あんたの顔見てたら、なんか自分から聞かれてもない話どんどんしてしまう不思議」
「それ才能なのかな」
「あんたさ、刑事とか向いてるかもよ?黙って相手の顔を見てるだけで自白してくるよ、多分」
「はは、面白いね」
「なんか、謎な存在感があるんだよね。あんたって確かに一見、影が薄い感じはするんだけど、でもなんだろう、言葉にできない存在感…あるのよ。優しい
「全然伝わんないけど、まあ、ありがと。褒め言葉として受け取っとく」
「その才能、磨くべきよ。どうにかして」藍那が言うとマナは首を傾げた。「それとも…神父なんかもいいね。
「神父ってか、女は司祭になれないよ」マナがふと後ろを振り返ると、店のガラス窓に映る自分の姿を見た。三秒間ほど、それを見つめた。
公園にいる人達の
すっかり暗くなった空には、晴れているのに月は見えない。
「
マナは、そう言って
ハイライト 乃木ヨシロー @nogi4460
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ハイライトの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます