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dni

頑固スパゲッティソース

 ワシは頑固者である。

 テレビでよく流れている通販などという得体の知れぬものは信用ならん。実物を手に取って確かめもせずに買うなど、愚か者のすることだ。第一、家には必要最低限の物しか置くつもりはない。鏡すら置いていないのだ。自分の顔など、手で触れて確認すれば十分だ。

 指先に感じるのは、伸び放題の無精ひげ。ザラついた肌の感触。たぶん、またシワが増えているのだろうが、そんなものはどうでもいい。


 ピンポーン。


「ちわー、S→SForest.comエス→エスフォレスト・ドットコムの者です〜」

 玄関先に立っていたのは、小柄な若者。詐欺師かと思い、即座に怒鳴りつけて追い返した。しかし、気づけば足元に一枚のチラシが落ちている。


 興味はなかったが、何気なく拾い上げ、目を通してみる。どうやらこのS→SForest.comとやら、インターネットでしか商品を買えないらしい。


「ネットで買い物だと? 馬鹿馬鹿しい」

 しかし、ワシの家には孫が押し付けるように置いていったノートパソコンが一台あり、ここ数年、それで毎晩ニュースサイトを眺めるのが習慣となっていた。インターネットがなければ、テレビや新聞からしか世の中の情報を得ることができないからだ。


 ふと好奇心が勝った。チラシにあるURLをパソコンに打ち込むと、すぐにそのネット通販サイトにつながった。


 試しに、本物のインスタントカレーとやらを注文してみた。

 次の日の新聞には『オーストラリア森林火災発生 コアラ大量死』とあった。


 胸に妙なざわめきを覚えながらも、次はカナーンのオリーブオイルを注文する。

 その夜、それつつあった台風が都心を直撃し、甚大な被害をもたらした。

「ふん、知ったこっちゃない」


 それでも、なぜか注文する手は止まらなかった。

 マンゴーの缶詰を買うと、S→SForest.comの商品リストが次第に減っていった。

 さらに、おすすめに表示されていたマンゴードリンクをクリックしてみる。


『在庫切れ』


 何度も、何度も、執拗にクリックを繰り返した。


 そして――


 ピンポーン。


 インターホンが鳴る。


「ちわー、S→SForest.comの者です〜」

 以前チラシを持ってきた若者だ。しかし、今回帽子を取ったその顔は、思ったより幼く、まるで少年のようだった。

 次の瞬間、彼の姿が波打ち揺らぎ、大きな鏡へと変わる。


「じいさん、あんたに必要なものだよ」

 鏡の中に映るのは、しかめっ面でシワだらけの、見慣れぬ顔。


 ――ワシって、こういう顔をしていたのか?


 驚く間もなく、ワシの首から下は液状化し、とろとろと崩れていき、にんにくが効いたスパゲッティソースの香りが漂う。そして、それが若者が持っていた瓶の中に吸い込まれる。気づけばワシの顔は、スパゲッティソースの瓶のラベルに印刷されたように貼り付けられていた!


 ――ああ、これが頑固なワシの末路か。


 それ以来、ワシはS→SForest.comの巨大倉庫の奥深くにある商品棚にしまわれ、誰かの購入を待ち続ける日々を送ることになったのだ。

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