見上げた空には花の雨

七星すばる

第1話

 「ここは別世界へと続く道。貴殿を誘うは真実か、虚無か。心で感じたものだけが全て。さあ、今宵の宴を開演致しましょう…。」

 黒の帽子を取り、雪花せっかはその端正な顔をあらわにした。観客のキラキラとした顔をじっくりと眺める。

 どの人も溢れんばかりの笑顔を浮かべ、期待と喜びで瞳を輝かせているのが分かる。

 ほんの少し、雪花は肩を落とした。

 雪花が望んだ顔を浮かべた人など、「ラスト」であることを悲しむ人など、どこにもいなかった。

 いや―いるはずなどなかったのだ、彼らにとってこれは単なるエンターテイメントに過ぎないのだから。雪花たちの汗も、涙も、彼らは求めていない。完璧な舞台、それだけを見に来ているのだから。

 これが雪花たちのラストショー…廃部が決まった演劇部の最後の舞台であることなど、彼らにとってはどうでもよかったのだ。

 「華舞い散るその時まで、どうかお付き合いくださいませ。」

 雪花は深々と頭を下げると、ゆっくりと舞台から姿を消した。

 途端に雪花のスイッチは切れる。

 がくり、と膝から崩れ落ちた雪花に足早に近づく影が一つ。

 「雪花、お疲れ。次は10分後だよ。少し休んでて。」

 顔をあげた雪花に春花はるかはふわりと笑いかけた。ほんの少し緑がかった大きな瞳に悲壮な思いをにじませて、それでも笑っていた。震える足で立っていた。

 「春花…ありがと。」

 雪花は弱々しく呟くと足早に去っていった。

 本当は今にも泣き出したかったに違いない。このショーが終わったら、彼女たちは離ればなれになってしまう。楽しい時間が終わってしまう悲しみと、廃部に追い込まれてしまった不甲斐なさと、終わりを悲しんでくれない観客へのやるせない怒りとが混ざり合い、雪花の心は悲鳴をあげていた。


 「終わらせたりなんて、しないよ。」

 一人、春花はぽつりとこぼした。

 「僕らがこの学園にいる限り、僕は夢を諦めたりなんかしない。…雪花、その時はまた、花のような笑顔で笑ってくれるよね。」

 その声は誰に聞かれることもなく静かに消えていった。彼が密かに胸に秘めた決意もまた、誰にも知られず舞台は幕を閉じた。


 何度だって、僕らは復活する…そうだよね?

 だって、僕らはあのとき「約束」したんだから。


 何があっても、希望を忘れず夢を叶えていこうって。

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