第3話

すでに日が落ち誰もいなくなった教室。机の上にはオシャレな小包が2つ。


「ま、考えられる1番の可能性はいたずらだろうね。それも男子高校生の純情を弄ぶ質の悪い遊びだ。」


確かに普通に考えればその通りだろう。


「けど、なんでよりによって俺たちなんだ?やるならもっと反応が面白そうなヤツにしかけるだろ。俺たちの様子を面白おかしく観察するヤツなんているか?」


おそらくいないはずだ。俺はこいつ以外のクラス連中とそこまで親しいわけではない。もちろん他のクラスメイトに嫌われているわけでも嫌っているわけでもない。話しかけられれば話は普通にする。ただ、こう言ったいたずらは気心の知れた仲間同士でやるから楽しいのであって、親しくない者とやっても面白くはないだろう。


「食べてみる?もしかしたらチョコの中に『ドッキリ大成功』なんてメッセージが入っているかもね。」


俺は首肯し包みを開いた。


机の上に並べられた2セットのチョコレートはどちらも完全に同じものだった。どうやら手作りというのは俺の思い過ごしのようだ。こんなところに恋愛経験のなさが表れてしまう。


チョコレートを恐る恐る口の中に入れた。中に何か入っているかもしれないので、少しずつ舌先で溶かしていく。料理研部長のチョコレートにはさすがに及ばないが、ほど良い甘さで十分美味い。



「.........」



俺たちは顔を見合わせた。



「ただの普通に美味いチョコレートだな。」



結局学校ではチョコレートの謎は解けないままだった。今では送り主が知りたいと言うよりこのチョコレートの謎を解きたいという気持ちの方が勝っている。


特にやることもないので、そのまま真っ直ぐ家に帰った。




家に帰って夕食の準備をする、と言っても親が仕事前に作ってくれた料理を温めるだけだ。暖めた夕食をダイニングデーブルに運ぶと、既視感のある大きさの小包が置かれている。ただし、包装は異なっており、こちらは薄いピンク色の箱に赤いリボンで「The バレンタインデー」と主張してくるデザインだ。添えられていたメモによるとどうやら母親の差し入れらしい。


中身は先ほど食べたチョコレートと全く同じ物だった。つまり、俺たちがもらった送り主不明のチョコレートは大手菓子メーカーがバレンタインデー用に販売している商品の包装を取り替えた物なのだろう。


念のため夕食後に近くのコンビニを覗いてみると、母親からもらったものと同じ商品が値引きされて売られていた。


バレンタインデーという日のために作られたにも関わらず、役目を果たせずに値引きされているチョコレートからは哀愁が感じられる。そして、今日1日このチョコレートに振り回された俺はこの西洋菓子商品に対して不思議な愛着を抱き始めている。


仮に誰にも購入されなければ廃棄されてしまうのだろうか。そう考えるとまるでこのチョコレートがつぶらな瞳で俺を見つめるチワワのように思えてきた。いてもたってもいられなくなり、俺は値引きコーナーに置かれていた全てのチョコレートを購入した。



翌日、隣の机のヤツに昨日購入したチョコレートを渡した。


「これ、昨日コンビニで売られてたぞ。包装用紙をわざわざ変えた手の込んだいたずらだな。」


「ああこれだったのか。近くのスーパーで売られてるのを僕も見たよ。で、それよりも面白いことが分かったんだよ。」


体をぐいと乗り出し、2 in 1 PCのディスプレイを渡してくる。画面にはいくつものツイートが表示されている。どうやらここ10年間のうちの生徒のバレンタインデーに関するツイートがまとめられているようだ。ゲーム好きが高じてプログラミングが得意なこいつにしてみれば、いくつかのキーワードや過去の投稿から生徒のSNSを割り出すなんて朝飯前というわけだ。


それにしてもこういう無駄な作業は本当に早いよなこいつ。



「このツイート見て。」


指さされたのはチョコレートの写真が添えられた『人生で初めてチョコレートもらった。けど名前がねー!』という簡素なツイートだった。いいねやリプ数から見るに、当時のアプリ利用者数を考えるとなかなか拡散されたようである。


「で、この人のアカウントを追ってみると、教育学部に進学して同じ学部の学生と4年前に結婚した。」


「まさか、それが…」


「そう、この学校の『バレンタインデーに教育実習の先生からチョコレートをもらって結婚した』っていう伝説の真相だと思う。」


うちの生徒がチョコレートをもらったことくらいしか事実と合ってないぞ。


「いくら何でも雑すぎないか?」


「3年で完全に生徒が入れ替わる高校にとって4年間の出来事なんて10年以上前の出来事と大差ないよ。それだけ時間が経てば面白おかしく尾ひれは付くってもんさ。」


恋に飢えている男子高校生にとって、バレンタインデーのチョコレートが一大事なのは10年前も今も変わらない。だからこそ料理研のイベントなんてものが毎年開催されているわけだし、俺自身たった1つの小包に昨日今日でかなり踊らされた。ただ、俺自身は案外悪い気はしていない。



男子高校生の多くが恋に飢えているのは事実だが、今すぐ女性と付き合いたいかと問われると必ずしも全員が肯定するわけではないだろう。俺も含めて多くの男子高校生は恋愛をしたいわけではなく、恋愛にかこつけて面白ことができればそれで良いのだ。


かわいい女の子に告白されたらもちろん付き合うけどな!




ん、待てよ。俺みたいなスタンスのやつが他にもいると考えると…


「なあ、この10年で送り主不明チョコレートをもらったっていうツイートが他にもあるか調べられるか?」


「ああ、すぐ出るよ。」


ディスプレイにキーボードを取り付けPCスタイルにすると、水色の背景に白地で「R」と書かれた円いアイコンをダブルクリックしてアプリを立ち上げた。黒い画面に数行カチカチ打ち込むと、条件に合致するツイートがいくつか出てきた。


「お、確かにこの10年前の先輩以外にも送り主不明のチョコレートをもらってる生徒は何人かいるみたいだね…なるほど、そういうことか。」


こいつも俺たちがもらったチョコレートの謎が解けたらしい。悪友がにんまりと悪い笑顔を俺に向けてくる。きっと俺も同じ表情をしているだろう。


「つまりは、送り主不明のチョコレートはある意味この学校の伝統というわけだね。」



10年前のツイートを見たうちの生徒の誰かが翌年に送り主不明のチョコレートを送ったのだ。そして、それをもらったヤツが次の年にまた送り主不明のチョコレートを別の生徒に送る。それが受け継がれてきて今年は俺たちの手元にきたのだ。


「しかし、よく10年もの間続いたね。誰か1人でも送らなかったら、その時点でおしまいだよ。複数の人間に送っているのかな?」


「その可能性はあるけど、決して大人数という訳ではないだろうな。」


「なぜ?」


俺はニヤリとして言った。


「その方が面白いだろ。極端な話クラス全員に送ればそりゃ誰か一人は同じ事をするだろうさ。でも、そんな当たり前のことをしても面白くない。そういうシンプルな話だ。」


「なるほど、それじゃ僕たちはある意味選ばれたんだね。」


「ああ、この学校もまだまだ捨てたもんじゃないな。」


俺は今までもバレンタインデーを楽しんでいた。しかしそれは、赤の他人が作り出したブームに乗っかり、女の子からのチョコレートを期待するという受動的な楽しみ方だった。


来年度はそれに加えて能動的な楽しみ方もできそうだ。今年と同じ事をやっても面白くないから、来年はいっそのこと手作りチョコにでも挑戦してみるか。


俺は昨日購入した値引きチョコレートを口の中に放り込んだ。昨日と同じくほど良い甘さが口の中に広がる。



味は変わらないはずなのに、昨日よりも美味かった。




【人生で初めてバレンタインデーにチョコもらったけど送り主が分からない。】 終わり。

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人生で初めてバレンタインデーにチョコもらったけど送り主が分からない。 逢内晶(あいうちあき) @aiuchi0618

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