怪とおぼしき男
ドクソ
怪とおぼしき男
佐々木は、自分の置かれた状況が飲み込めずにいた。
木製の檻に囲まれ、なにも身に付けていない状態で、両手足は縄で椅子にきつく縛られていて、身動きがとれない。
檻の周囲には大勢の野次馬がいて、自分のことを物珍しく観察している。
「なんなんだこれは、なにが起こっている!」
椅子から背を起こそうとするが、ガシャガシャと音を立てて鳴るばかりだ。そして佐々木が動こうとする度に野次馬たちは湧いた。
ある者は笑い、またある者は悲鳴を上げる。
そんな野次馬の間を縫って、狐の仮面を付けた男が現れた。
「やっと起きたのかい、ずいぶん深い眠りについていたようだな」
「誰だ、俺をこの檻に閉じ込めたのは、一体なんの目的があってこんなことをする!」
「目的?お前には理解できないか、所詮『怪』の類だな、頭が悪いらしい」
「あやかし?ちょっと待て、なんの話をしている。俺はただの人間だ」
「だからこそさ、人間に見えるからこそ余計にたちが悪い。私達こそお前の目的が知りたいくらいさ、お前はこの村にとっての厄災そのものなんだからな」
「厄災?なんの話だ?」
「ふん、とぼけても無駄だ、自分と私達の姿をよく見比べるんだな」
佐々木は目を凝らし、野次馬たちと自分を交互に眺める。
「いや、なにも変わらんのだが?」
「頭だけじゃなく目も悪いのか、本当に救いようがないな」
もう一度、周囲と自分を観察する佐々木。
「いやいや、本当になにも変わらんのだが?」
「おちょくっているのか?それとも本当に変わらないように見えているのか?」
仮面の男は改めて佐々木を隅々まで観察する。
「うーむ、確かに言われてみれば、変わらんようにも見える気がしてきた」
「そうだろう、そうだろう、お前達の勘違いなんだよ、俺は普通の人間だって最初から言ってるだろ」
「いや、やはり私の目は誤魔化せんぞ、そう言って縄を解いたが最後、私達を一人残らず食い殺すつもりなんだろうがそうはいかんぞ!」
「俺は人間だって、同類を食い殺すなんて気持ちが悪くてできねえよ、大体なんでこんな目にあってるかどうかも分からないんだ」
「うーむ、本当に『怪』ではないのか?じゃあなんでお前は檻に閉じ込められてるんだ?」
「こっちが聞きてえよ、目が覚めたらこんなことになってたんだ!」
仮面の男は周囲の人間に尋ねた。
「なあ、こいつはなんで檻に入れられているんだ?」
「へ?旦那が閉じ込めたんじゃないんですか?おらには皆目見当もつきません、ただ皆が『怪』を捉えたって言うもんで、野次馬に来ただけなんで」
「誰がこいつを『怪』と呼んだのかは知っているか?」
「噂ではこいつの妻が、こいつのことを『怪』だって触れ回ったって話ですぜ」
「なんと!『怪』に妻がいるのか、これは驚いた!ではその者を今すぐここに連れて来い!」
佐々木が二人の話に口を挟む。
「いや、俺は独り身で妻はおらんのだが…」
二人は首を傾げた。
「おかしな話だ、これもお前が不思議な能力を使って私達を惑わしているに違いない」
「なんでそんなに話が飛ぶんだよ!俺は独身だし、普通の人間で『怪』じゃない!」
仮面の男はまた、別の野次馬に話しかける。
「おいお前、この男には妻がいないらしい、噂の出所はどこか知っているか?」
「はい知っています。こいつは村で評判の酒豪らしくてね、毎夜酒屋で暴れ回っているんで、それに困った村民が皆して捕まえて、動けないようにここに縛り付けているらしいですよ」
「ほれ見たことか『怪』というのは昔から大酒飲みだと決まっているのだ、八岐大蛇の伝説を知っているだろうが!」
「どうしてそうなるんだよ、お前もう俺のことを無理やり『怪』に当てはめたいだけだろ!」
それに俺は酒が飲めねえしこの村の出身でもねえ、佐々木はそう付け足した。
「ふーむ、またただの噂話か…誰か信用に足る話を聞ける相手はいないものか…」
仮面の男はまたまた、別の人間に話しかけた。今度は女だ。
「おい!この男は本当に『怪』なんだろうな?もし人間だとしたらこれはえらいことだぞ!」
「はい、確かに『怪』だと私は聞きました。何でも真夜中にフンドシ一丁で、畑の作物を食い荒らしていたそうです。そんな状態でうつろい歩くことができるのは『怪』だとしか思えません」
「ほほう、やっと尾を見せたな。普通の人間が真夜中に野外でフンドシ一丁でいるわけがないではないか。それに作物を生の状態で食い荒らしていたそうじゃないか、調理文化を持たぬ『怪』の所業で間違いないだろう」
「なんでそうなるんだよ、野菜くらい生で食べるだろうが!でもそれは悪かったよ、地元の村を裸のまま追い出されて、その上腹が減って錯乱していたんだ」
仮面の男はまたまたまた、隣にいる村民に話しかける。
「おい、そこのお前、今の話は本当なのか?」
「へえ、本当の事でございます。私が聞いた話によると、この男が畑で寝ているのを村の子供が「ねえおっかあ、これってあやかし?」と言いながら枝で突いていたそうです。その子の母親が「卑猥なものを見るんじゃありません」と言って検非違使に連絡して、今に至ると言うことなんですわ」
「ではこの男は妻がおらん上に酒も嗜めん、着物や銭も持たずこの村に逃げ込んできた、ただの浮浪者だというのか?」
「ええ、あっしはそう聞いておりますけども」
仮面の男は佐々木の方に振り返り、目線を合わせて言った。
「なんか、可哀そうな奴だなお前」
「いいから早く出せ」
佐々木は仮面の男にそう吐き捨てた。
怪とおぼしき男 ドクソ @dokuso0317
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