第3話 そして全てが
「それで、その彼女とは?」
藤崎が優しく訊ねた。新也は優しくされる意味がわからないながら、すこし沈んだ声で続けた。
「今も、時々会ってます。会うって言っても、さっき言ったみたいにすれ違うだけですけど。踏切の手前で合流して、一緒に踏切前で待つ。彼女がよろめけば、僕が引き戻す。それだけです」
「……本当に?」
藤崎が、うつむいていた新也を覗き込んでいた。いつの間にか、新也の目には涙がいっぱいに溜まっていた。
「本当に?それだけ……?」
藤崎が繰り返す。新也はぎゅっと目を瞑った。彼女の姿を脳裏に描く。大粒の涙がポタポタと新也の目頭から滑り落ちた。
「会う度に、彼女が擦り切れていくのが、分かりました。比喩じゃない……服が擦り切れて、手足が飛んで、あの綺麗な髪が……電車に巻き込まれる……残った体で、彼女は僕を待っていてくれます。いや、僕を待っているんじゃない……偶然に、彼女の死の繰り返しに、僕が遭遇しているだけ……」
「……」
藤崎が、隣で動く気配がした。自身が椅子にかけていたジャケットを手にし、新也の頭から被せてくれる。やることさえ男前じゃないかと、苦しい涙を抑えきれずに、新也は泣いた。
「……っ、彼女は多分明日も……、僕とすれ違う。もう、肉の一欠片しか残っていないけど……」
「……7日は、彼女の月命日なのかもしれないな」
「はい……事故か事件かは分かりません。けど、僕は……」
明日、最後の彼女に会ってきます。
そう言って、新也は泣いた。
【end】
現代百物語 第8話 偶然に 河野章 @konoakira
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