第2話 偶然に
それから2人は度々、踏切あたりで出会うようになった。
最初に勇気を持って話しかけたのは新也だった。
「偶然ですね」
時刻はいつも6時過ぎ。彼女がよろめいた電車の前後あたりの時刻だった。
新也が踏切へ向かって歩いていると、ふと、前を行く彼女が見える。踏切でたいてい掴まってしまう彼女に追いついて、新也と彼女は二言三言、会話をする。
「今日は暑かったですね」
「段々、寒くなってきましたね」
「もしかして、お疲れじゃないですか」
「今日実は、ちょっと面白いことがあったんですよ」
「なんですかそれ、面白い」
電車が通り過ぎるほんの1分数十秒、そして踏切を渡りきってしまうまで。
2人はこんなにも会話ができるものかというほど会話を重ねた。深入りはしなかったが、ほんのりと、お互いに行為を抱いているのは分かっていた。
だが新也には少し気になっていることがあった。10月11月、年末を超えて新年を迎えてみると、最初に彼女に会った10月7日、11月7日、12月7日とたまたまかもしれないが彼女が必ずよろめくのだ。今まで普通に話していたのに、踏切がカンカンと鳴り響き、電車が迫ってくるその瞬間に、まるで引かれるように線路側へよろめく。
注意して迎えた新年、1月7日もちょうど彼女と新也は出会った。
その頃には名前も知っていた。
永井雪さん。年齢は新也より1つ年下で、27だった。
その日は先に踏切へと永井が着いていた。
仕事をどうにか切り上げて、走って踏切へ向かっていた新也はやはり、目の前でふらっと線路へ身を揺らす永井を見た。
「永井さん!」
新也は腕を自分側へとぐいっと彼女を引き寄せた。
最初の日と同じに、びっくりした顔をして、永井は新也の腕に収まった。
一瞬、顔と顔が触れ合うほどに近寄った。
新也は永井の薄い化粧の下に、うっすらと目の周りや顎に痣があるのを見た。よく見ると、あんなに綺麗に整えていたスーツも端が擦り切れている。まるで何かで擦ったようだ。
「永井さん……」
新也は恐る恐る訊ねた。
「何か……困ったことに巻き込まれていませんか?」
「え?」
永井は意外そうに顔を上げた。しかし、2人の距離が近すぎることに気づくと、顔を赤らめて急いで新也から身を離す。
「永井さん!」
「別に、困ったことは……」
彼女は明らかに動揺していた。そしてはっとしたように自身の顔に手を当てた。頬を両手で包み、顔を埋める。
「少し……ほんの少し、彼が」
「彼?」
「付き合っている彼を、よく怒らせるみたいで、私……」
「でも、それは」
自身が悪いのだと、新也の声を拒む。
顔を上げた彼女の背後を、ゴォゴォと音を立てて電車が通り過ぎていく。彼女の顔が見えない。電車の明かりで逆光になっていた。
「大丈夫ですから」
新也には彼女が笑っているのだけは分かった。
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