終着目 コスプレイヤー始めました。

「ねえ!? あれドドミンじゃない?」

「ほんとだ! ドドミンだ! やっぱかわいい~」

「見て見てドドミンだぁ。今回のコスもすごいなぁ」

「やっぱりトップレイヤーは違うなぁ。さすが七巨頭期待の新人! 黒裂華音から闇のエレメントを引き継いだだけあるなぁ」


 ドドミン! ドドミン! ドドミン! ドドミン!


「うへへへへ~、今日はとくべつですからねぇ~」


 どんな夢を見ているのかなんとなく想像できるのがムカつくな……。

 炬燵に突っ伏してニヤケ面で涎を垂らしている土留の頭に、俺はチョップをかまして叩き起こす。


「うぎゃあああああっ! 何するんですかせんぱいっ! 今いいところだったのにぃぃぃ」

「何がいいところだ。夢の中で人気レイヤーになったって意味ねえだろうが、早くそれ完成させちまえよ」


 衣装を縫っている途中で居眠りをしてしまった土留に突っ込みを入れると、俺は自分の作業へと戻る。

 今は12月の頭、もう一か月弱で冬コミが始まってしまう追い込みの時期だ。

 夏コミから冬コミまでのスパンは4か月と言う、長いようで非常に短い期間。

 新しいコスを一から用意するには少し短いようにも感じるが、今回は全て手作りで行きたいと言う土留の意見を尊重して、毎日コツコツ衣装作りに励んでいるのだ。


「おまえがやりたいって言ったんだからちゃんとやれよ」

「やってますよぉ。まあまだ一か月もありますし余裕ですよぉ」

「そうやって余裕ぶっこいて、夏休みの宿題を手伝ってくれと最終日に泣きついてきたのはどこの誰だ?」


 俺に怒られて渋々手を動かす土留。まったくもってこいつはふざけた奴だ。


 あの日、土留に告白したあの夏の夕暮れ。

 あの時、なんとなく勢いで好きだと言ってしまったけれど、そしてなんとなく勢いで俺の事を好きだと言った土留であったが、特にそっから進展はなし。はい残念でしたー。

 まあべつに付き合おうと言ったわけでもないし、そういったことを意識するのもなんとなくやり辛いので俺と土留はこれまで通り。先輩と後輩、カメコとコスプレイヤー、オタクと腐女子、と言う関係は変わらずでいる。

 あの後、一通りのあらましを黒裂さんにも報告した俺は、なぜかめちゃくちゃ怒られた。


「ふーん……で? なに? あんた達、付き合うの?」

「いや……そういうわけでは……」

「そりゃそうよね。これからトップレイヤーを目指そうってのに、彼氏持ちだなんてそんな舐めた話ないわよね?」


 なんでそんなにイライラした感じで俺のことを睨み付けているのですか黒裂さん? てーか、その恰好でスタバって……一緒にいる俺が恥ずかしいです。

 相変わらずのゴスゴスロリロリした衣装の堕天使。

 ちなみにゴスロリのゴスはなんか強そうな感じの「ゴス」とかじゃなくて、ゴシックの略な。ゴシックアンドロリータ。略してゴスロリだ。そんな話はどうでもいい。


「あのー……ちなみに……」

「なによ?」

「黒裂さんはいないんですか? そういう人?」


 その瞬間、黒裂さんは右拳を振り上げて俺の左頬を殴り飛ばす。


「ぶべらぁっ! ちきしょう……打ったね? 二度も打った!」

「うるせええええ! 殴られずに一人前になったカメコなんていねえんだよおおお!」


 怒声を上げながらヘッドロックを極めてくる黒裂さん。

 俺は頭に柔らかい胸の感触を……柔ら……か味……は、まったくないゴリゴリした感触を味わって、ただの痛みに悶絶するのであった。

 そして店内で大暴れしていたので、店員に注意されて物凄く恥ずかしかった。


「まあいいわ。とりあえず、今回はそういうことで落ち着いたのね。糞リア充もどき」

「なんすかそのネーミング……」

「うるさい、リア充もどき」


 なんなんだよちきしょう。コミケの帰りにエントランスの所にいつも、【こっから現実】って書いたスケブを持ってる人が居るけど。現実は本当に辛いことしかないよ。

 コミケが終わってから、なんだか俺大変なことばかりだったような気がする。全然充実してねえよ。

 俺が項垂れて溜息を吐いている姿を見て黒裂さんは、これ以上からかうのも悪いと思ったのかやっと許してくれた。


「まあいいわ。とりあえず、これからのレイヤー活動に於いて、そういうのは足枷にもなりかねないからよおく注意すること」

「わ、わかりました黒裂さん。肝に銘じておきます」

「それと……」


 黒裂さんは小さく咳払いをすると恥ずかしそうに付け足した。


「……のん」

「は?」

「かのんっ! これからは華音って呼びなさいっ!」

「な、なんですかいきなり?」

「いいからっ! いつまでも黒裂さんなんて他人行儀な呼び方されるのがなんとなく嫌なのよっ!」

「えー、でもぉ」

「うるさいわねっ! じゃあこれが約束していたお願いよ」

「約束? ああ、土留の指導を引き受ける代わりにお願いを一つ聞けってやつですか? こんなんでいいんですか?」


 そういやそんな約束をしていたのもすっかり忘れていた。

 もっと色々と大変なことを命令されると思っていたのだが、本人がそれでいいと言っているのだからそれでよしとしておこう。


「わかりました。それじゃあ、華音さん」


 そう呼ぶとなぜか顔を真っ赤にしながらそっぽを向く華音さん。自分でそう呼べって言ったくせになにを恥ずかしがっているのだろうか。


「華音さん?」

「……」

「華音さんってば」

「うるさいわねっ! 聞こえてるわよ」


 なんだかおもしろいのでニヤニヤしながら何度も呼んでいると、また嬉しくないヘッドロックを極められて俺は悶絶するのだが、華音さんは腕を緩めると優しく俺の頭を抱き囁く。


「九十九……」

「なんですか?」

「何百何千のリツイートよりも。何千何万のいいねよりも。たった一人の、かわいいね。って言葉がそれ以上のものになることがあるのよ」

「……はい。華音さん」

「それに気付けたのなら今回は及第点。お疲れ様、九十九」


 俺は華音さんの腕の中で微笑むと力強く返事をした。


「ありがとうございましたっ! 華音さんっ!」





 「は~」っと吐く息が白くなりすぐに霧散すると、俺はくねくねと体をくねらせながら喘ぎ声を上げた。


「くぅぅぅぬぉぉぉぉおおおっ! 漏れるぅぅぅぅううううっ! 膀胱が破裂するうっ!」


 そんな俺の姿を醒めた目つきで見つめてくるのは、ホッカイロを全身のポケットと言うポケットに突っ込んでいるにも関わらず隣で震えている土留である。


「もう少しだから堪えてください先輩、こんな所でバイオテロなんて洒落になりませんよっ! 大体、なんでちゃんと水分断ちをしてこなかったんですか? 素人ですかっ!」

「いや、いつもは東駐車場あっちの待機列だから自由にトイレに行けたんだよ。西展示棟こっちはそれができねえってことをすっかり失念していた。と言うか話しかけるな気が散るから」


 冬のコミケはこれがあるから大変だ。去年は大きい方だったが今回は尿意かよ。冬のビッグサイトにはトイレの魔物が潜んでいるな。というかなんかそういう歌あったよね? まあいいや。

 俺と土留が西展示棟の待機列に並び始めてから約2時間。

 もう間もなく開場なのだが、こっから最短でおそらく30分くらいで入場できるはずだ。それまでなんとかもってくれよっ!


「うぅぅぅう、うぅぅうううう、漏れ、漏れるぅぅぅうううううっ!」

「先輩、恥ずかしいから変な唸り声あげないでください」


 頬を赤らめながら少し俺から遠ざかる土留。なんて薄情な奴なんだ。

 そうしていると10時、冬のコミックマーケット開催のアナウンスが流れ拍手が湧き上がる。

 これから三日間、日本最大の同人誌即売イベント、オタク達にとっては夢の時間が始まった。


 そんなことよりまずはトイレだ。くそがあああ!

 なにやってんだスタッフ! 列形成が乱れ始めているぞ。

 なんだこの練度の低さは、東じゃ考えられねえ。

 コミケの知名度が上がるのはいいが、素人が増えた分こういうことが起きやすくもなる。その分待機も長くなり、入場の時間も遅くなってしまう。そこはスタッフがしっかり誘導、コントロールしろよっ! 

 とまあいつもなら、これもコミケの醍醐味だと器の大きなところを見せ付ける俺であるが、強烈な尿意に心に余裕がないので許してね。

 なんとか入場まで我慢できた俺はトイレに直行した。

 その間に土留は受付と着替えを済ませるので、緑玉の前で待ち合わせることになった。


「ふぃぅ~。あぶねかったぁ、マジで漏らすかと思った」


 コミケの待機列は人がビッシリと詰まっているので意外に暖かい。

 それでもやはり足元から冷えてくるので、トイレが近くなるから気を付けようね。

 そして会場内に入ってしまえば寒さはそれほど感じない。

 カメコは移動も多いので逆に暑かったりするのだが、動き回ることのできないレイヤーさんはやっぱり寒いんだろうな。よくカイロの差し入れを貰ってたりするし。

 勿論、俺も今回は差し入れ用のカイロは沢山持ってきたぜ。

 それにしても土留の奴遅いな。

 俺はスマホを取り出し画面に目を落とすのだが、背後から声を掛けられる。


「カズマ君?」

「なんだよ。遅かったな土留」


 ん? カズマくん? 違うな、誰だ?

 それが土留でないことに気が付き振り返った俺は、その相手を見てゲンナリする。


「なんだ……烏丸からすま先輩ですか……」

「なんだとはなによぉ!」

「いや、まあべつにいいんですけど」


 この人は烏丸からすま満天みそら先輩。俺達の学校の風紀委員長をやっている人なのだが、なぜそんな人がここにいるのかと言うと、話は九月、新学期の始まりまで遡る。


 *****


 夏休みも終わり二学期が始まるとまたいつも通りの学校生活へと戻るわけだが。

 俺と土留はと言うと、特に変わったこともなくこれまで通り学校生活を送っていた。

 と、言いたいところだが。

 午前中の4時限が終えると昼休みになる、久しぶりに購買で激辛カレーパンでも買おうかと俺は席を立つ、そこでクラスの女子達の話声が耳に入って来た。


「あれ一年生じゃない? どうしたんだろう?」

「なんかずっと中見てるけど、誰か探してるのかな?」


 その女子達の視線の先を見て俺はギョッとした。


 開け放たれた教室のドアの陰から、顔を半分だけ覗かせてじっとこちらを見ている女子生徒。禍々しい陰のオーラを放つその女子生徒は、涙目で何かを訴えかけているように見えるのだが、なんだかものすごく嫌な予感がしたので俺はそれを無視しようとすると。


「かぁぁああああじゅましぇんぱぁぁぁぁあああああああいっ!」


 泣きながら俺の名を呼ぶ一年生の女子の姿に教室中がどよめく。


「ちょ、数馬? あんたなに一年生泣かせてんのよ」

「え? 俺? 泣かせてないよ。なんで俺なんだよっ?」

「だってあの子、あんたのこと呼んでんじゃない」


 そう言いながら見かねたクラス委員長が土留の元へ行くのだが、二言三言何かを話しかけてすぐに俺の元へ戻ってくると困った様子で言う。


「駄目ね。なにを聞いても首を横に振るだけでなにも答えない。早く行ってあげなさいよ」


 仕方がないから土留の元へ行ってやるのだが、その間にもクラス中のそこかしこで「数馬サイテー」だの、「数馬死ね」だのの悪口が聞こえてきた。


 最悪だ。新学期早々晒し者だあああああっ!



「ど、どうした土留? とりあえず場所を変えるぞ? ここは目立ちすぎる」

「うぅぅぅぅぅ、もういやですぅぅぅうううう」


 顔をくしゃくしゃにしながら俺のシャツを掴んで離さない土留を引き摺って逃げるように俺は教室を後にした。


 別棟の空き教室まで行って土留の話を聞くことにするのだが。


「あいつらなんなんですか!? 二学期になったら急に慣れ慣れしく話しかけてきて、土留さん髪切ったんだ? とか、雰囲気変わったね? とか、意味がわかりません。そんなの見ればわかるじゃないですか。いちいちそんなの確認してなにがしたいんですかあいつらはっ! 鬱陶しくてもう耐えられないですぅぅぅぅ」


 なんだそりゃ。いいことじゃないか。友達のいないおまえに皆が積極的に話しかけてきてくれているのに、一学期に比べてかなり印象も変わったからそれを切っ掛けにしているだけだろう。


「なんだよ。いいじゃねえかそれくらい。これを機にクラスで友達作れよ」

「いやですっ! あいつらはどうせすぐにわたしの話についてこれなくなって、また人のことをオタクだのなんだの馬鹿にしだすに決まってますっ!」


 重症だなこりゃ。こいつは友達を作る前にまず、他人のことを信じるところから躾け直さなければいけないようだ。


 そんなことを思っていると教室のドアが勢いよく開け放たれ誰かが入ってきた。


「誰かいるのっ!? ここは使用禁止の教室よっ!」


 怒鳴りながら入って来たのは女子生徒であった。

 胸のリボンの色が緑なので三年生だろう。


「あ、すいません。すぐに出ます」


 俺が謝ってその場から去ろうとすると、その先輩は何かに気が付いたような顔をして近づいてくる。


「ん? あれ? え? ええっ!? ドドミンちゃん?」


「「え?」」


 同時に声を上げる俺とドドミンは、怪訝顔で顔を見合わせた。


 誰だっけこの人? どっかで見たことあるような気がするけど、て言うかなんでドドミンのことを知ってるんだ? まさか、ネットに出回ってる土留のコスプレ写真を見たのだろうか? まあその可能性は高いが、それにしてもコスプレをしていない時の土留に気が付けるなんて、この人どんだけ鋭い観察眼持ってるんだよ。


 するとその三年生の女子生徒は、驚いている俺と土留のことを見てニヤニヤし始める。そしてなにやら納得したかのように頷くと一言。


「ははぁん。やっぱりあなた達って付き合ってたんだぁ」


 土留はものすごーく不快な顔をすると、まるで汚らわしいものでも見るような目で俺のことを睨んで言う。


「はぁ? 付き合ってねえし」


 え? そんなに嫌だった? 俺と付き合ってるって言われるのそんなに嫌だったの? まあ明確に付き合おうとは言っていないが、そんな反応をされるとそれはそれで結構傷つくぞ。

 三年生の女子生徒はニヤニヤとしながら俺達のことを見ると、それ以上は突っ込んだことを聞いてこなかった。

 それにしてもこの人は一体なにものなんだろうか? どっかで会ったことがあるような気がするんだけど。


「あ、あの? どっかでお会いしたことありましたっけ?」


 俺の質問に、何言ってんのみたいな感じの表情になる女子生徒は自己紹介を始めた。


「あったりまえでしょ。同じ学校の生徒なんだから」

「いや、そう言う意味じゃなくて」

「私は烏丸からすま満天みそら、風紀委員長だから全校集会の時とかに見たことあるでしょ?」


 ああそう言えば、土留と顔を見合わせて納得するのだが、いや違うそうじゃなくて。なんでその風紀委員長がドドミンのことを知ってるんだって話なんだが、なんだかタイミングを逃してしまい聞くに聞けずにいると、烏丸先輩は口元にニヤリと笑みを浮かべて俺の鼻先まで顔を近づけてきた。

 あまりの近さに照れくさくなるのだがなんとなく視線を逸らせなかった。烏丸先輩は俺の目を覗き込んだまま言う。


「なんでドドミンちゃんのことを知っているのか気になる?」


 なんだかこの人の目は、他人の心の中を見透かしているようなそんな気がした。烏丸先輩は黒縁の眼鏡を外し胸ポケットに入れるとロングの黒髪を後ろでまとめポニーテールにする。

 その瞬間俺と土留はハッとした。そして烏丸先輩は土留の事をキッと睨むとあの日と同じように通る声で指示を出し始めた。


「はいっ、猫背にならないっ! 背筋をしっかりピンっと伸ばしてっ! 姿勢が悪いとみっともなく見えるわよっ! その姿勢のままポーズ維持してっ! あと五秒っ!」


 それで完璧に思い出した。土留は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせながら烏丸先輩を指差すと俺のことを見ながら震える声で話す。


「せ、先輩……このひと……。コミケの最終日に」

「あ、あぁ、あの日の最後にお前の写真を撮ってくれた……」


 ようやく気が付いたのかと呆れた様子で俺達のことを見ている烏丸先輩は眼鏡を掛け直すと今度は土留の顔を覗き込みながらニコニコと微笑んだ。


「やっと思い出してくれた? ドドミンちゃん」

「いいいいいいやああああああああああっ! 先輩っ! あの悪魔ですっ! スタッフに早く更衣室に行けって言われてるのに、しつこく写真を撮り続けた糞カメコですよこいつううううっ!」


 おい、本人を目の前に糞カメコとか言うんじゃねえよ。しかもこの人三年生で風紀委員長なんだからな。マジやめろよ糞土留。


「しかも人のことを猫背虫とか罵りながらすごい上から目線で命令してくるしっ! 最悪でしたよおっ!」

「なあによぉ。ドドミンちゃんがそれだけ魅力的だったから勿体ないと思ったのよ」

「なにが勿体ないですかっ! 意味がわかりませんっ! すごい嫌だったんですからね。スタッフの人にいい加減にしろよって目で見られながら撮影されるのっ! あの後激混みの更衣室大変だったんですからねえっ!」


 涙目になりながら抗議する土留を、へらへらと笑いながら宥める烏丸先輩であったが、俺はそんなことよりも気になっていることがあった。


 この先輩はあの日、どんな写真を撮ったのだろうか?


 あの日の事は今でも鮮明に覚えている。華音さんの悪口を言っているレイヤー達に突っかかっていった土留は落ち込み、とても撮影を続けられるような状態には見えなかった。更衣室も混んでしまうしこのまま切り上げようかと思った時、声を掛けて来たのが謎の美人カメコであった。


 その人は女性でありながら男性顔負けと言うのも変だけど、まるでプロカメラマンの様なオーラと言うか貫禄を持った人で、はっきり言って装備も凄かった。俺の持っているカメラとは桁が一つ違う、フルサイズのデジタル一眼レフカメラと他にも二台別のカメラをぶら下げていた。

 颯爽と現れた女子カメコに、土留は女性だからと少し安心したのかこれで最後だと渋々撮影を承諾するのだが、まさか10分以上もああしろこうしろと指示を出されまくって、最後にはもう勘弁してくださいと言うまで写真を撮られまくるとは思ってみなかったのだ。


「もう今年の夏コミは、先輩と先輩の所為で最悪のコミケになりましたよ。とほほ」

「やーん、リアルでとほほって言う子初めて見たわ。ドドミンちゃんかわい~」

「う、うぜえっ! 抱きつくんじゃねえっ!」


 絡みついてくる烏丸先輩を引き剥がそうと土留は必死で抵抗している。土留は俺に助けを求めてくるのだが、俺はそれを無視して烏丸先輩に質問した。


「せんぱ……烏丸先輩……その、あの時の写真って見せてもらえないですか?」


 俺の質問に烏丸先輩はきょとんと呆けた表情をすると不思議そうに聞いてきた。


「あれ? ツイッターに何枚かアップしたけど見てなかった? DMとかで直接データ送ればよかったかな?」


 そう言うとスマホを取り出して俺達に見せてくる烏丸先輩。画面を覗きこむ俺と土留は息を飲んだ。


 事実は小説よりも奇なり。俺達の出会いは偶然ではなく必然だったのかもしれない。


 その写真のファボの数は今や2000を越えようとしていた。



 *****



「まあそれから、先輩が風紀委員長で。そんでもってカメコで。しかも夏コミのドドミンの写真をレタッチしてSNSにアップしたら、ファボが1000超えしたなんてね……ははは、偶然って怖いですよねっ!」

「誰に言ってるのよそれ?」

「自分にですよっ! じーぶーんーっ!」


 ちっきしょー、夏コミ三日目の終わり間際に、土留の事を撮影した謎の美人カメコがまさか同じ学校の先輩で、しかも超絶カメテクの持ち主だったなんてっ! 世間って狭いね。


「お待たせしましたせんぱ……って、なんでまんてん先輩まで居るんですか?」

「あらやだドドミ~ン、今回の衣装もかわいいわね~! たまたまカズマ君に会ったからスキンシップをとっていたのよぉ」


 満面の笑みでそう言うと、俺の頭を両手で引き寄せて胸元に抱き寄せる烏丸先輩。

 その柔らかい感触につい俺はにやけてしまった。

 次の瞬間。


「死ねやあああああああああああああああああっ!」


 叫び声と共に俺の背中に衝撃が走り前へと吹き飛ばされた。

 烏丸先輩は既に俺から離れていた為に難を逃れた状態だ。


「てめええええええええっ! まんてええええん! なにし腐ってんじゃこらあああっ!」


 華音さんが怒鳴りながら烏丸先輩に詰め寄っているのが見えた。

 て言うか背中が痛いよ。


「あ。黒裂さん久しぶりですね!」

「久しぶりですねじゃねええええええっ!」

「華音さんっ! この人は我々の敵ですっ! 風紀委員長の癖にいつも先輩にいやらしいことをして風紀を乱すビッチなんですっ! 一緒にやっつけましょうっ!」

「おっしゃあっ! やるわよドドメちゃんっ!」


 なんなんだよこの師弟……て言うかこんなところで騒ぐんじゃねえよ恥ずかしい。

 床に突っ伏しながら二人を眺めていると、いつの間にか俺の横に立ち見下ろす人影があった。


「久しぶりね数馬九十九さん。ところで一体、華音さんはなにを騒いでいるんですか?」


 え? な! ななななななな!


「がぶり~るれいなあああああっ!」


 先に叫んだのは土留の方だった。

 そして、それに気が付いた他の参加者達が、麗奈の姿を一目見ようと一気に押し寄せる。

 人の波に飲まれる俺の手を掴む小さな手。

 その手はとても柔らかく、とても暖かかった。


「先輩っ! 今の内ですっ!」

「え?」


 手を引かれて人混みの中を抜け出すと、土留が振り返り笑顔で言った。


「先輩っ! いよいよ冬コミの開幕ですっ! わたし達のコスプレの始まりですっ!」


 わたし達の……か。

 そうだな。今回のコスプレは、最初から最後まで全部二人で作り上げたものだ。

 そういう意味では、これが土留の……いや、ドドミンの本当のコスプレデビューと言えるのかもしれない。

 だから、今度こそこのデビューを、必ず最高の形で、俺とおまえの二人で絶対に……。


「よっしゃあっ! 行くぞドドミンっ!」

「はいっ! 先輩っ!」



 こすぷれいや~はじめました! ~目指せフォロワー10000人! 地味なあの娘を人気レイヤーに~ 完

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こすぷれいや~はじめました! ~目指せフォロワー10000人! 地味なあの娘を人気レイヤーに~ あぼのん @abonon

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