十九着目 思いどおりにコスプレしようみんな可愛くなれ
真昼間から公園のベンチで一人泣いている男子高校生なんて、絶対変な目で見られているだろうな。とは言っても平日だしこんだけ暑いので人はそんなにいないんだけどね。
俺は時刻を見ようとスマホを取り出すと、SNSに着信があったことに気が付いた。
黒裂さんからだ。
『昨日はごめんなさい』
『さすがにグーで殴ったことはやりすぎたって反省してる』
あの人が反省の言葉を口にするなんて意外だな。心配しなくても訴えたりしないから安心してください。むしろご褒美……げふんげふん。
『返事はいらないから話だけ聞いてほしい』
『なんで私があなた達を手伝ってあげようかと思ったのか』
『単純な話。あなた達を見てたら、思い出しちゃったのよ』
『自分がカメコを始めた頃のこと、それからレイヤーを始めた頃のことを』
え? 黒裂さんってカメコだったの? 知らなかった。
『私も最初は全然ダメダメだったわ。エリアに出ても全然誰も声を掛けてくれなくて』
『家に帰ってネットで検索しても自分の写真なんて全然出てこなかった』
意外だな。黒裂さんも初めの頃はそんな感じだったのか。
『最初は辛かったし、全然いい思いなんてなかった。でも、やめなかったわ』
『だって、私はやっぱりコスプレが好きだったから』
『見るのも、撮るのも、やるのも、みんな大好きだから』
『だから、あなた達を見ていたら親心って言うのか、なんだか放っておけなかったのよ』
『ド素人丸出しの未成年カメコが、ド素人の女の子を人気レイヤーにしてみせるなんて話、普通だったら鼻で笑われて終わりかもしれないけれど』
『私は正直ドドメちゃんを羨ましいと思ったわ』
え? 羨ましい? なんで?
『あんなにも自分の事を真剣に思ってくれる人がいるなんて、絶対人気レイヤーになれるだなんて、要するにおまえは、最高にかわいいって言われているようなものじゃない』
『そんな風に言われて嬉しくない女の子なんていないわよ』
そ、そうなのか? 俺はそんなつもりじゃ……。いや……そうか……俺はもうずっと前から……。
『ちょっと妬けたわよ正直。でもね、だからこそ応援してあげたくなったのよ』
『九十九、思い出して。私が言ったことを。最初が肝心だって言った意味をもう一度しっかり考えなさい』
『あなたが、なんでカメコを始めたのか。なんでドドメちゃんをレイヤーにしたいと思ったのか』
『それをもう一度しっかり思い出して、そしてどうすればよかったのか。これからどうすればいいのかをしっかり考えなさい』
『今度会う時までに、その答えをしっかり見つけられていれば許してあげるから』
『信じてるからね九十九』
『あなたの天使』
『黒裂華音』
堕天使じゃなかったんですか……。
「ははは……まったく、この人なんなんだよ……。ほんとうに……」
本当に俺は情けない奴だ。
今回の事は全部、なにもかも土留に押し付けて、全部黒裂さんに頼って。自分ではなにもしないでただ状況に流されていただけ。
あれがやりたいこれがやりたいと、ただ自分の願望、欲望、我儘を皆に押し付けて、甘えて、なにもかもやってもらって。
そうしてうまくいきそうでなくなったら、辛い思いはしたくないからって逃げ出して、途中で投げ出したんだ。
土留が傷つくのを見たくないから。土留に悲しい思いをさせたくないから。
土留の為に……。
違う。俺が、俺が耐えられなかっただけだ。
俺だってがんばったのに、どうして俺が責められなくちゃいけないんだって。そんな独りよがりな考えで。
俺自身がそんな思いをするのが辛いから、そんな思いをしたくないから投げ出したんだ。
土留は俺なんかよりよっぽど強い奴だ。泣き言や愚痴は多いけれど、あの三日間決して逃げ出さず最後までやり遂げたのは土留じゃないか。それにひきかえ……。
ガキだ。俺は単なる我儘なガキだ。
「すいません……黒裂さん。でも、ありがとう……ありがとうございます。ようやく目が覚めました」
俺がカメコを始めた理由。なんで土留をレイヤーにしたいと思ったのか。
そんなのを今更確認する必要なんてない。
俺はコスプレが好きだからだ。コスプレをしている人達が好きだからだ。
それを見るのも、撮影するのも大好きだからに決まってるじゃないか。
そして……。
そして俺は……。俺は土留のことが……。
好きだからだっ!
俺はカメラのWiFiをオンにすると自分のスマホと繋いだ。
時刻は夕方、16時半を過ぎようとしていた。
夏の日は長いとは言っても、盆を過ぎる時期ともなると流石に傾き始める時間帯。
俺は木の葉の影から降り注ぐ陽の光を見つめながら、ベンチに一人腰かけてじっと待ち続けていた。
もしかしたら来ないかもしれない。もう俺なんかにはとっくに愛想を尽かしているかもしれない。
当然だ。俺はあんな酷いことを言ってしまったんだ。嫌われても仕方がない。もう二度と俺の顔なんてみたくないかもしれない。
そう思ったけれど、俺はじっと待ち続けた。
土留……。
俺はここで、この場所でおまえに言わなくちゃいけないことが、お前に直接伝えなければならないことがあるんだ。
だから……。土留……。
「せん……ぱい?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこには夕陽に照らされた土留の姿があった。
*****
めんどくさいな……。って思ったのが最初の印象だった。
普通なら顔も上げずに適当に返事をし続けていればその内話しかけてこなくなるのに。
なんでこの人はこんな風に何度も何度も懲りずに話しかけてくるのだろう?
そういう人はこれまでにも何人か居たけど、結局は
「俺ってマジオタクじゃねえ? 超ヤバイわぁw」
はぁ? 劇場版エ〇ァン〇リオ〇を観に行った程度でなにがオタクだよ。おまえはオタクじゃなくて単なるミーハー。ファッションオタクだろ。
「ま〇☆〇ギとかいうやつマジヤバイよね。ストーリーが超深いわ」
ストーリーが深いw なにそれw 超ウケる。ストーリーの深度とか意味わかんないんだけど? て言うかヤバイヤバイってなにがヤバイのか全然説明できてないし。それはソ〇ル〇ェムじゃなくてグ〇ーフ〇ードだよニワカ。
本当は興味なんかないくせに、そういう話題を振れば喜ぶとでも思ってるの? そんでこっちがちょっと本気出すとついてこれなくなるくせに、だったら最初から話しかけてくるな! 興味がないんだったら話しかけてくるなっ! 最終的には馬鹿にするくせに! オタクだ腐女子だ気持ち悪いって言うくせにっ!
「今日はなに読んでるの?」
「べつに……たいした本じゃないです……」
まただ。またこの先輩と一緒になった。
たぶん他の人がわたしと一緒になるのが嫌だから変わってもらったんだろう。
そりゃそうだ。ずーっと黙ったままで笑顔の一つも見せないような奴と、二時間近くも一緒にいなくちゃいけないなんて拷問みたいなもんだろうし。
この先輩は嫌じゃないのかな? 確か二年生の、数……馬……先輩だっけ?
あの時、うっかり吹き出してしまった自分が情けない。
まさか「シ○松」とかいきなり言うとは思ってなかったから、心の準備ができてなかったんだもん。
「あ! それ、アニメの方ちょっとだけ見たことある。どういうストーリーだっけ?」
「……ぼ……ぼっち主人公が、奉仕部と言う部活に入って学校の生徒の依頼を偏屈美少女と解決していくお話です」
「うんうん。やっぱ、がはまさんはいい娘だよなぁ。何と言ってもCVが東○奈○ちゃんだし、最高だよな! ああでもはやみんも捨てがたい。土留が嫁にするならどっちにする?」
「随分とお詳しい様子ですけど……知ってて聞いてますよね?」
この人絶対にオタクだ……キモイ。絶対にエッチなゲームとか薄い本とかいっぱい持ってそう。18歳未満は買っちゃだめなのに。
なんでなんでなんでなんでなんでええええええ! どうして数馬先輩がこんな所に?
いや……さもありなんっ!
そりゃ来てるよねコミケ。だって、絶対始発ダッシュとかしてそうだもん。
「ちっ! 違いますっ! 人違いですっ!」
咄嗟にでた言葉がこれである。こんなのそうですと言っている様なもんじゃないか、ああもうっ! 何も言わずに逃げればよかった。
最初は何を言っているのか全然意味がわからなかった。わたしにコスプレをしてみないかって言ってるの? この人頭大丈夫なのかな?
「ドドミンって言うなあああああっ! あとコスプレやるなんて言ってねええええっ!」
あ、地がでちゃった。ドドミン一生の不覚。……ドドミンとか変なあだ名つけられたもう帰りたい。
コスプレショップなんて初めて入った。コスプレの衣装ってこんなちゃっちぃ作りなのにすごい高いんだ。
馬鹿じゃないの……どうしてこんなものを……こんなものをどうして……レイヤーの人が着ると綺麗に見えるのだろう……。
なんか変な人キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!
なにこの痛いゴスロリ? この人絶対十代じゃないし。え? なに? 数馬先輩の知り合いなの? やっぱりこの先輩も変人なのかな?
ああもう、バカバカバカバカ! 先輩のバカっ! あんなこと言ったらもうコスプレするしかないじゃん! あの痛い人絶対にわたしのこと覚えたもん!
でも……あの言葉は本当なのかな? 先輩のあの言葉は……。
「今回……だけですよ」
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。そんなにわたしのコスプレ姿が見たいのかな? それとも、ま……ままままま、まさかエッチなコスプレさせようとしてるんじゃ? うぅぅぅぅやっぱ断ればよかったかな……。
本当に奢ってもらっちゃっていいのかな? ここの美容院けっこう高そうだし。まあでも、先輩のお願いでやってあげるんだしいいか。
てか寝てるし……。結構短くしたけど先輩びっくりするかな? よおしっ!
「しっかりしてください先輩っ! 変な術でも喰らったんですか?」
び? 美少女? 誰が? 先輩の言う事はいつも唐突でよくわからないよ!
断ろう! なんであいつが! なんでこの駄目天使が来たの? 意味がわからない。先輩が二人きりでコスプレのこと教えてくれるんじゃないの? もういやあああああ!
「嫌ですっ! わたし帰りますっ!」
華音さんって……本当はいい人なのかも……。わたしみたいなド素人の為にこんなに一生懸命、こんなに夜遅くまでずうっと付きっ切りで教えてくれてる。
どんなに拙くても、どんなに下手くそでも絶対に馬鹿にしない。真剣に、わたしの足りないところを的確に指導してくれてる。なんでだろう?
怖い怖い怖い、恥ずかしいよ……嫌だよ。なんでわたしコスプレするなんて言ったんだろう。もうやだ帰りたいよ。
また先輩が褒めてくれた。わたしのことをかわいいって褒めてくれた。
嫌がる私をその気にさせる為なのかな? いい気分にさせる為に言ってるだけなのかな?
「わたしは先輩のその言葉を信じてみます! もう一度信じてやってみますっ!」
すごい……。あの人達が……あれがトップレイヤーなんだ……。すごいな華音さん、あんな綺麗な人達と、可愛い人達とまったく引けを取らないくらいに綺麗だ。本当にすごい……無理だよ先輩……わたしにあんな風になるなんて無理だよ……。
どうして? なんでそんな風に言うの? 先輩はわたしのことをかわいいって言ってくれたのに。人気レイヤーにしてくれるって言ったのに。
なんでそんなこと言うの? わたしがダメだったから? やっぱりわたしなんかじゃ先輩の願いは叶えてあげられないから?
どうして……ずるいよ先輩……いまさらそんなこと言うなんてずるいよ……。
だってわたしは、もうとっくに……先輩……。
「もういいです……さようなら……先輩」
*****
夕陽に照らされた土留の姿は光り輝いてとても綺麗だと思った。
ただ一点、その顔に浮かぶ不安気でいて困惑した表情を見つめながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
「どど……」
「こんな所で何をしているんですかっ!」
怒鳴る土留。シャツの裾をキュっと握りしめる手は、微かだが震えているようにも見えた。
俺が土留の問い掛けに答えようと半歩踏み出すと、その分土留は後ずさった。
「何をって、おまえのことを待って……」
「わかっていますそんなことっ! わたしの言っているのはそういうことじゃないですっ! わたしは……もし、わたしが来なかったらどうするつもりだったんですかっ!」
俺の事を睨み付けながらも、どこか悲しげな表情の土留。
怒っているのか泣いているのか、よくわからない表情で俺の事をじっと見つめている。
もう逃げない。そう心の中で呟いて、俺は土留の目を見つめ返した。
「来るまで待つつもりだった」
「馬鹿なんですか? そんな、来る確証もない人をずっと待ち続けるつもりだったんですか? なんですかそれ? もしも来なかったらいつまで待ち続けるつもりだったんですかっ! 意味がわからないですっ!」
「それでも……待ったよ。俺は土留が絶対に来てくれると信じていたから」
俺の答えに、土留は呆れたような、怒っているような表情を見せる。
その間も土留の眼をじっと見つめかえしていると、真剣な俺の眼差しに土留は視線を逸らして俯いた。
「なんで……ですか……なんでそんなことを言い切れるんですか。先輩はいつもそうです。根拠のない自信を人に押し付けて、おまえならできるって! おまえならやれるって! そうやって人のことをその気にさせておいて! それなのに自分からそれをやめようって……わたしのことを……トップレイヤーにしてくれるって言ったのに!」
声を荒げる土留だったが、次第に涙声になるとまた俯いてしまった。
土留の言うとおりだ。なんの根拠も示さないまま、俺は俺の願望を土留に押し付けていただけだ。
だから俺はここで、ちゃんと土留にそれを、この場所でちゃんと伝えなければならないんだ。
「……根拠ならあるよ」
「……嘘です……そんなの」
「嘘じゃない」
「じゃあ教えてくださいっ! 先輩は! どうして先輩はわたしが人気レイヤーに、トップレイヤーになれるだなんて言ったんですかっ? ちゃんと教えてください、でないとわたしはっ……わたしは……」
今にも泣き出しそうな土留の顔を見つめると、俺は目いっぱい息を吸い込んで、この思いを土留にぶつけた。
「決まってるだろっ! 俺がおまえのことを好きだからだっ! 好きな女の子にかわいくなって欲しいからっ! 誰よりも一番にかわいくなってほしかったからだっ!」
俺の突然の告白に驚くかと思ったのだが、土留はキッと顔を上げると目に涙を浮かべながら睨み付け捲し立ててきた。
「嫌ですっ! 最低です先輩っ! こんな状況でそんな告白されても嬉しくありません! 全然嬉しくないですそんなのっ! わたしはっ! わたしは嫌いですっ! 怖いカメコの人も、嫌なことを言うレイヤーの人もっ! コスプレも先輩もっ! みんなみんな大っ嫌いですっ!」
「土留……」
「そんなの嫌です……嫌だよぉぉ」
次第に大粒の涙を流してボロボロと泣きだす土留を俺は黙って見つめる。
「やめたくない……やめたくなかった。もっと……もっといっぱいコスプレを続けたかった……先輩と……先輩と一緒に、もっともっとずっとずっと、いっぱい一緒に居たかったのに! 嬉しかった。かわいいって言って貰えるのが、似合うよって言われるのが嬉しかった。最初は恥ずかしかったけど、大好きな先輩がそう言ってくれるからわたしはがんばれたのにっ! どうして? ……どうしてあんなこと言ったの? どうして……うぁぁああああああん」
土留は子供の様に泣き声を上げながら俺の胸に飛び込んでくる。
俺はそんな土留を優しく抱きしめてゆっくりと頭を撫でてやった。
ああそっか、土留はきっと初めから、コスプレのことが大好きだったんだ。
それが俺にもやっとわかった。
「ごめん土留……ごめん」
「嫌です……ぐすっ……許さないです」
「それでも、ごめん……。なあ土留? ここがなんの場所か覚えているか?」
「え? ここですか?」
俺の胸に埋めていた顔を上げると土留は辺りを見回す。そして俺の顔を見上げるとゆっくりと答える。
「先輩が……。先輩が、わたしのことを盗撮した場所です」
「なんでそんなムードをぶち壊しにするような言い方をするんだおまえは」
「だってそうじゃないですか」
俺が呆れた表情を見せると土留は、スマホを取り出し操作して画面を俺に見せた。
「これが証拠です。さっき先輩がわたしをここへ誘き寄せる為に送ってきた、この写真が証拠です」
それは、俺がコミケの初日。コスプレイヤーを見つめる土留の瞳に魅せられて思わずシャッターを切った一枚。
俺は公園でカメラからその一枚をスマホに転送すると、写真を添えて『この場所に今から来てほしい。いつまででも待つ』とだけ付け加えて土留にメッセージを送っていたのだ。
「そうだ。それが証拠だよ。俺が今回撮影できた最高の一枚だ」
「先輩……なんか卑怯ですそれ」
「言っただろ? 俺はおまえに一目惚れしたんだって、コスプレイヤーに憧れている。コスプレイヤーになりたいと願ったおまえに一目惚れしたんだよ」
「馬鹿……キモいです。どうしてそんな恥ずかしい台詞を真顔で言えるんですか?」
「たぶん地形効果かな? だってここは、俺達にとっての聖地なんだから」
俺のその言葉に土留は笑顔で答えてくれた。
「ほんとうに、先輩はバカです」
夕陽に照らされる土留の笑顔は、この夏一番の輝きを放っていた。
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