十八着目 こんにちは、一人ぼっちさん
初めて会った。と言うか、見た時の印象なんて覚えてはいなかった。
それくらいに、良い意味でも悪い意味でも特に印象に残るわけでもなく、ただその場にいる生徒の一人くらいの印象だった。
4月の初め、桜が散り始める頃に委員を決める学級会が開かれた。
一年生の時にクラス委員をやっていたと言う理由で、また押し付けられる生徒がほとんどで、俺も同じようにまた図書委員にされてしまった。
別に読書が好きなわけでも嫌いなわけでもなかったので構わなかったのだが、カメラの練習をする時間が削られるのはちょっと嫌だった。
委員会に参加すると、一年の時に見たのとほとんど同じ顔ぶれ。
図書委員長をやっているのは去年副委員長をやっていた先輩だった。
新しく委員になった人と、一年生向けの図書委員の活動内容の説明、そして毎日二名ずつ交代で図書室での貸し出し係を行うので、その組み合わせなどを決めて委員会はお開きとなる。
まあ図書委員なんてのは基本的にはなにもしないので、週に1~2回廻ってくる貸し出し係りをこなせばいいだけの気楽なものだった。
そして図書係の日。
そこで初めて土留彩羽と組むことになった。
一年生の土留は係りをやるのは当然初めてなので、一通りのやり方を説明してあげる。
「そんで、ここの貸し出しカードに日付と名前を書いて貰っておしまい」
「……わかりました。……ありがとうございます」
「なんかわからないことがあったらなんでも聞いてね。俺は一年の時も図書委員やってたから」
「はい……わかりました」
そう言うと土留彩羽は椅子に座り黙って本を読み始めてしまった。
大人しい奴だなとは思ったが、別に騒がしくして欲しいわけでもない。
大体ここは図書室だ。むしろ静かにするのが正解である。
俺は俺でスマホを弄りながらこの約二時間弱の時間が過ぎるのを待った。
初日は本当にただそれだけのやりとりであった。
しばらく経ったある日、また土留彩羽と組むことになった。
その日も「よろしくね」と言うくらいで特段話すこともなく、ただ時間が過ぎるのを待っていただけなのだが、土留が読んでいる本を何気なく覗いてみた。
ん? 挿絵があるな。あれ? なんか見たことある絵だな……あれは? ああ、あれだ。ソー○ア○ト・オ○ラ○ンじゃん。
なんだなんだ土留さん、あなたもしかしてこちら側の人間ですか? 今まではただの一後輩くらいに思ってましたけど、なんだか親近感沸いてきましたよ。
「土留さんって本好きだよね? なに読んでるの?」
俺が質問をすると、唐突に話しかけられたことに驚いたのか、土留はびっくりした様子でラノベを鞄の中に突っ込んで立ち上がる。
「べ、べべべ、べつに大した本じゃないです! カ……カフカです。カフカの変身です! わ、わたし、本の整理してきますね」
そう言うと小走りでカウンターから出て行ってしまった。
「カフカの変身か……」
ああいうフルダイブ型のVRMMOが現実にあったら、本当に自分が別の人間に変身したかのような錯覚を覚えるのであろうか……。
そんなちょっとまじめなことを考えるのだがまあよくわからないので、なんでもいいからVRのエロゲやりたいなぁと思う俺であった。
そして、さらにまたしばらく経ったある日。
俺は別のクラスの図書委員から、今日の貸し出し係りを代わってくれと頼まれた。
その日は別に用事もなかったし、頼んできたのが女子だったので格好つけて代わってあげた。
放課後、図書室に行くと相方はまた土留彩羽であった。
なんとなく前回の出来事で、土留に親近感を勝手に抱いていた俺は悪い気分ではなかった。
「今日もよろしくね土留さん」
「……はい……よろしくお願いします。……か……数馬先輩」
初めて数馬先輩と呼ばれた。なんだか嬉しい。
よくわからないが俺は、そんな気持ちになり浮かれていることに多少驚いた。
さてさて、今度土留と一緒になったらやろうと思っていたことが俺にはある。
そう、それは観察だ!
こいつは間違いなくオタクだ。しかも見た目的に腐っている方である可能性が高い。
オタクと言う者は、自分達には関わるな、そうっとしておいてくれと言う癖に、本当は自分達のことを見てもらいたい構ってもらいたい、興味を持ってもらいたいという承認欲求の強い奴らがほとんだ。
大抵の奴らが自分の好きなものに気づいてもらいたいが為に、なにかしらのアピールをしているはず。
よく見るんだ。なにか、日常に紛れていても違和感のない形でなにかしらのアピールをしているはず、よく観察するんだ!
はい、ありましたーっ! ぷぷぷーw 土留さん、なんですかそれ? その、ソックスのワンポイント。おまえ今、あのアニメに嵌ってるのねwww よくよく見てみれば左手に嵌めているシュシュのカラー、おまえ神○浩○推しかよおおおwww
横で黙って俺に中身を覗かれないようになにかしらのラノベを読んでいる土留。
そこで俺はボソっと言い放つ。
「……シ○松」
「ぶっ!」
俺の突然の一言に吹き出す土留。
そして驚いた表情で真っ赤になりながら俺の方を見つめている。
「土留。俺はカ○松推しだぜ」
足を組み、人差し指と中指を立てておでこの前でシュっと下に切って見せると。
「きもいです。先輩」
それが俺と土留が話すようになった切欠だった。
*****
昼ごはんの素麺を食べ終えると、なんとなく家でゴロゴロしているのも気が滅入るので、俺は出かけることにした。
適当に風景でも撮っていれば練習にもなるだろうしと、ついでにカメラも持って出る。
昼の1時を過ぎたばかりのこの時間、太陽は燦々と燃え盛り外は灼熱地獄、俺は家を出てから10分もしない内に出かけたことを後悔した。
なんで日本の夏はこんなにも暑いのか。
親父に言わせれば、昔はクーラーなんてなくて扇風機でこの暑さを凌いでいたんだ。現代の子供は学校の教室にもエアコンが設置されたりしていて恵まれている。らしいのだが、いくらなんでもこの暑さは異常だろう。
誰かが数十年前からの夏の気温の平均をグラフ化したらしいのだが、実を言うとそんなに変わっていないのだとか。
じゃあなんで大人達は口々に、ここ数年は昔より暑くなったとか言うのだろうか? もしかしたら日本人の暑さに対しての耐性が軟弱化しているのかもしれない。
エアコンなどと言う文明の利器に触れることにより、人体の持つそういった機能が急速に退化してしまったのではないか? まあ、そんなことはどうでもいい。
とにかく暑い。暑い暑い暑い暑い。
俺は近所の公園まで来ると自動販売機でジュースを買って木陰になっているベンチに座る。
コンクリートの上を歩いていた時には、痛いほどに感じていた熱が一気に引いていく。
自然の風を感じるだけで心地よい涼しさがシャツの中を通りぬけた。
ふと見やる視線の先には、花壇にひまわりの花がひしめくように咲いていた。
俺はカメラを構えるとファインダーを覗きこみ何度かシャッターを切った。
「はぁ……つまんね……」
一眼レフカメラを買ってすぐの頃はなにを撮っても楽しかった。
なんだかよくわからないが、普通のコンパクトデジタルカメラとは違ってとても綺麗に撮れているような気がして。
部屋にあるものから、街の風景、道路標識、看板、自然など色んなものをとにかく撮りまくった。
カメコのコスプレ写真が綺麗に撮れるのは、やっぱり高いカメラだからなんだなと、俺もこれで簡単に綺麗なコスプレ写真が撮れると勘違いをした。
冬コミの後、すぐにカメラを購入して、一番最初に行ったイベントがワンフェスだった。
初めてのコス写に俺はドキドキしながらも、このカメラさえあれば綺麗な写真が撮れて、それをネット上にアップすればいっぱい「いいね」が貰えるかもとか思ったりして。
でも現実はそんなに甘くはなかった。
俺の撮った写真は見るも無残。なんでレイヤーさんの肌がこんなにどす黒くなっているんだ?
なんなんだよこのカメラ、顔にピント合わせたいのに、なんで突き出した得物の先にピント合わせるんだよ。
被写体以外はぼやかしたいのにどうすればいいのかわからない。
あぁ、今度は白飛びしちゃってる。さっきは大丈夫だったのに……なんなんだよこれ、全然綺麗な写真なんて撮れないじゃん。
きっと皆、加工ソフトを使って直してるんだ。だからあんな綺麗な写真になるんだ。俺もそうすればちゃんとした写真にすることができるんだ。
そう思っていた時期が俺にもありました。
そんな俺を劇的に変えたのがフラッシュ・ゴードン事件だ。
実際なんであんな撮影会に参加できたのか、今になって思うと本当に無謀と言うか若さゆえの過ちと言うか、何も知らないって怖いよね。
黒裂さんは定期的に撮影会を開いている。
昔からずうっとファンで追っかけ続けている古参のカメラマンだけではなく、新規に入ってきたカメコ達にもコス写の楽しさを知って貰う為にと、俺の様な新人ド素人カメコでも快く撮影会に参加させてくれているのだ。
それでも、黒裂さんがそうだったとしても、カメコ達の中にはそれを迷惑と思っている人もいるわけで。
あの粗相をした日、「もっとちゃんと経験を積んでから来いよ。迷惑なんだよド素人っ!」と何人かのカメコに俺は詰め寄られた。
なぜ怒られているのかわからずに、オロオロしている俺を助けてくれたのが、ベテランカメコで†黒裂華音†ファンクラブ№一桁台のクマさん。
「まあ、初心者にはよくあることだよ。誰だって皆最初は初心者なんだ。失敗は糧。わからないことや間違っていることがあったら僕達が教えてあげるから、気にしないで今はどんどん撮影をして色んな事を吸収するといいよ」
そう言ってくれたクマさん。本当に嬉しかった。ありがたかった。
そして色んなことを教えてもらい、アフターにも誘ってもらって、撮影会の思い出は楽しいものとなった。
ちなみに、俺に詰め寄り罵声を浴びせた数人のカメコは、黒裂さんの逆鱗に触れてその場ですぐに退場、今後も出禁にされていた。
「土留もそうだったのかな……」
俺はあの時、初めてのことばかりで、一人ぼっちで何もわからなくてすごく不安だった。
クマさんに助けて貰えなければ、俺はあの撮影会に良い思い出もないまま、もしかしたらすぐにカメラをやめてしまっていたかもしれない。
俺が……俺は、土留にとってのクマさんになってあげられなかった……。
それどころか、俺は土留にコスプレをやめようと……。
コスプレの楽しさも辛さも、まだまだこれから色んなことを、沢山のことを経験できたはずなのに。
それは楽しいことだけではない。これからもっと嫌なこともあったかもしれない。
いっぱい泣いていっぱい悔しい思いをして、それでも最後にはいっぱい笑うことができたかもしれないのに。
まだ何も始まっていないのに……俺が……。
「俺が……終わらせちまったんだ……うっ……うぅ……ごめん、土留……ごめん」
俺は自然と溢れ出てくる涙を止められなかった。
すすり泣く声をかき消してくれるかのように、午後の風が吹き抜け木々を揺らした。
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