最終話 メロンパンは永遠に



 クッキー生地で覆われたパン、その上にグラニュー糖がまぶされ格子模様が刻まれた、甘くてサックリ、ふんわりとした丸っこい食べ物。それがメロンパンである。

 俺にとってそれは、数あるパンの中のひとつに過ぎなかった。ユイと出会うまでは。



 俺が作ったメロンパンが、メロンパン界のメロンパン人にどう受け止められたのかは知らない。

 人間界へのメロンパン侵略計画は根本から見直されることになったらしいが、それは俺の力でもなんでもなく、ユイの意志の強さと、それに賛同したメロンパン人たちが作った新しい流れの力によるものだ。


 あの不格好なメロンパンを食べたユイは、もぐもぐと頬を膨らめながら、


「すんごぉい、おいしい」


 と感想を漏らした。ユイはメロンパンを食べた時、まるで黄金のエネルギーでも補給したかのように、その目を輝かせる。

 それが、メロンパン職人の言っていた真心が引き起こした作用なのかどうかはわからない。でも、俺が生地に練り込んだ気持ちは、焼かれて膨らんで、こうばしく香って、サクサクふんわりと仕上がったに違いない。

 口の周りにグラニュー糖の粒を付けたまま笑うユイを見て、俺はとても嬉しかった。本当に、めちゃくちゃ、嬉しかった。


 それからユイは、俺に謝った。メロンパン人であることを隠していたこと、言えないまま突然いなくなったこと、今回のメロンパン作りに巻き込んだこと、などを。


 頭にクッキーの欠片をのせたまま喋るユイを見て、なぜか腹の底から笑いが込み上げる。

 ユイがメロンパンの割れ目から飛び出してきたことも、ユイがほんとにメロンパン界から来たメロンパン人であることもおかしくて、ただただ笑う。なんだよメロンパン人て。

 笑う俺を見て、ユイはきょとんとした顔をした。でもすぐにおかしさが伝染して、笑い出す。


「メロンパン、作ってくれてありがとう」


 そう言って俺をじっと見つめるユイの目の中、よく見るとそこには、メロンパンが。

 さすがメロンパン人。俺と同じような黒目の中心、瞳の真ん中に、望遠鏡で覗いた時に見えるような、遠いのに不思議に近く見えるような、ごく小さなメロンパ


「ぐぉっ!」


 頭頂部に衝撃。足元に転がり落ちるめん棒。そして脳内から響く低い声。


「少しばかり、いや、どう見ても距離が近すぎる気がして、思わず殴ってしまった」

「さっきも言ったけどこのめん棒ね!? 普通に凶器だからね!? 頑張れば人一人殺せちゃうやつだからね!? そこんとこ重ね重ねお願いしますよ!!」

「とりあえずあと1メートル、できることなら2メートル、希望としては30メートル、ユイから離れてくれないか」

「ちょっとやめてよお父さん。もうメロンパン作り終わったんだからジュンくんの頭から出てってよ」

「ははは! 文脈的におそらくお父さんなんだろーなーとは薄々思ってましたよお父さぁーん!! 」

「確かにメロンパン作りは終わった。しかし、本当の戦いはこれからだ。君、ジョンくんとかいったか? ん? ジョ二ーくんだっけ? ジョルージ? まぁいい。私はこれからも、ちょっと小窓開ける感覚で君の脳内にお邪魔するし、ちょっとコバエ叩き落とす感覚でめん棒振り下ろすのでよろしく頼むぞ」

「お父さぁーーーん!!!」




 ――俺はこれから、メロンパンをさらに好きになるだろうと思う。好きな人の好きなものは、どうしたって好きになるのだ。

 隣で笑うユイの目の中、そこにあるメロンパンをもう一度覗く。それはふんわりと柔らかな丸みを帯び、黄金を纏ってきらきらと輝いていた。


「だから近いと言ってるだろジョルジーノくん!」

「ぐぉっ! お父さぁーーーん!!!」


〈了〉


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の脳内にメロンパン職人の魂が転生してきたんだが 古川 @Mckinney

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ