15 いつから見ていやがった
結局その後、土曜・日曜は特に収穫もないまま過ぎていき、月曜日がやってきた。
「アリエル、大丈夫か?」
「ええなんとか……歩けるくらいには」
今日はマゼロン先輩もラブルラックス先輩も屋敷に現れなかったので、アリエルと馬車に乗り込んで登校する。
土日の間、酷い筋肉痛に襲われたアリエルは結局殆ど身動きすることが出来ず、家事の大半を俺やヘンリーの手で補おう事になった。と言ってもヘンリーは料理と普段の仕事で手一杯らしいから、掃除だの洗濯だのは殆ど俺がやったのだが。
「本当に申し訳ありません、リック様の手をここまで煩わせることになるなんて」
「いいんだよ。うちの屋敷は持ちつ持たれつだ。少ない人数で回してるのは俺の判断だしな」
結局のところ、俺の使ってる金は国の金で、要するに俺自身が稼いだものじゃない。
あんまり調子に乗って我が物顔で振る舞うと、いざ土台が狂ったときに足下をすくわれる。
身の程を弁えて慎ましやかに生きることこそ、地味王子として大切なことだ。
「それじゃ行ってくる。ヘンリー、お前はこんな状態のアリエルに代わり、マゼロンの……主に家の事情について調べておいてくれ」
「簡単に言いますがね、殿下。こちとら一介の執事でしかないんですよ。そんなホイホイ情報が集まってたまるもんですかい」
「いいやお前はできる奴だ。俺は信じている。それじゃ、頼んだぞ」
これ以上グチグチ言われる前に、さっさとドアを閉じて出発する。
ゴードンは何も言わなくても、馬車を前に走らせてくれた。以心伝心だ。
「人使いが荒い主人は、いずれ部下から見放されますぞ――――!!」
何か言っているがいつものことだ、気にする必要なんてない。あいつの軽口はいつものことだ。
それより問題は学校の方。
マゼロン先輩の目的を明らかにする方ももちろん大事なのだが、それ以上に今日は、今後の流れを大きく決めかねない重要なイベントが存在する。
そう、『部活動紹介』もとい――――『部活動勧誘の解禁』である。
金持ち学校の学芸院でも、いや、金持ち学校の学芸院だからこそ、入ってくる部費の額の大きさから、新入生のパイの奪い合いは熾烈なものになりがちだ。
まして俺の場合、他の生徒以上に様々な部活からその籍を狙われることになる。
理由は単純で、王族を部内に引き入れると、在籍中その部の部費が莫大に増えるからだ。
俺に芸術的なセンスがあるわけでもなければ、スポーツに優れているわけでもない。
単に財布としての役割を期待されているだけ。皆から尊敬を集める偉大なロイヤルファミリーと標榜しても、殆どの国民はそんな大層な敬意を払っていない。もっとも、払われない方が俺としては楽なんだけど。
ともかく、俺を部に入れようとする輩が今日は怒濤のように押し寄せてくるだろうが……適当に躱して帰宅部に着地、それがベストだ。
中等部時代、クラスの中心にいたとある男子生徒の押しに負けて運動部に入らされたが、やりたくもないことで時間を奪われていくあの日々は地獄だった。
もうあのときの過ちは犯さないぞ。
そんなことを考えているうちに学校についた。
正門から玄関へと続く道には、勧誘のチラシを持った生徒たちが犇めくように並んでいて、部活動のコスチュームに身を包んでいるものもいる。
この一週間が勝負だから、どの部活も必死なんだろうな。
「よし、行くか。準備は万端だ」
「待って下さい。そのでかいバスケットは一体なんですか。いつの間にそんなもの持ち込んでいたんですか」
「何って、このまま真っ正面から突っ込めば、間違いなく酷いことになるだろ?」
「ええ、まあ」
「だから、そのために対策を用意してきたんだ」
一般生徒ですらもみくちゃにされているんだ。俺が行けば、矛先が一斉にこちらに集まりかねない。
そういう注目の的になるのが、俺は大っ嫌いなんだよ。
「用意したのはこのウィッグと杖、マスク、そしてちゃんちゃんこだ」
「……」
「これで変装すれば、誰も俺を王子と思わない。通りすがりの老人だと思うだろう。老人を勧誘する部活などないのだから、無事教室まで辿り着けるというわけだ」
「……」
アリエルは、何故か呆れたような目でこちらを見つめている。
「リック様は、たまに凄まじい勢いでアホになりますね」
「アホ!?」
心外な。確かに一見間抜けな作戦だが、他のどの作戦よりも効率的にこの人垣を突破できるやり方だ。
裏口にだってどうせ勧誘の列はあるし、向こうは人が少ないから変装も見抜かれやすい。
だから人混みに紛れつつ、この変装で人の目を欺いて突破する。
どうだ、完璧じゃないか。
「他に良い方法があるというなら」
「もしうっかり見抜かれたりしたら、悪目立ちしますよ」
「……」
「そして、普通学芸院の敷地内をご老人が歩き回ることなどありません。厳重に警備されていますからね」
「……あっ、それは……」
「つまりそんなものが歩いていたら、間違いなく奇異の目で見られるでしょう。その中には変装を見抜く者もいるはず」
そしてもし老人の格好をしたまま見つかったら、普通より一層たちが悪いことになるというわけか。
「じゃあ、一体どうすればいいって言うんだ! どこの部活に入ってくれだのなんだので、余計に心臓を痛めるのはもう懲り懲りだぞ!」
「ご心配なく。それについては、既に手を打ってありますので」
「?」
そして、数分後。
俺とアリエルは『警備員用入り口』から敷地内に入ることに成功していた。
アリエルがこの日のために、先んじて守衛に話を通してくれていたのだ。
当然こんなところに勧誘がいるはずもなく、俺たちは無事、平穏な登校を実現した。
「流石はアリエルだ。まさか前もって手を回してくれていたなんて」
「お褒めにあずかり光栄です、リック様。部活動勧誘」
「やはりアリエルは頼りになるな。最高のメイドだよ」
「そこまでのことはしていませんよ。あくまで校門での騒ぎを避けただけのこと。きっと教室でも、同様の面倒に絡まれるでしょうし」
そのときは私はサポートできませんから。そう言ってアリエルは淡く微笑んだ。
学校内では、俺とアリエルはあまり絡まないようにしている。
これは俺の判断で、アリエルが人間関係を築く上で俺のお付きだと分かっていると色々と不都合があると思ったのだ。
別に隠しているわけではないので、直にばれていくだろうが……それまでに友達ができれば問題ない。
「ああ。そうだな、後は自力でなんとかしてみよう」
と言っても実際ノープラン。先のことなどよく考えていない。
いっそ適当な緩い部活にさっさと所属してしまって、後続を断つというのも一策かもしれないな。
などと考えながら、俺が階段に足をかけた時――――
「それでこれから――――」
「おやおやおや、そちらにいらっしゃるのはもしかしてフレデリック殿下ですか?」
「!」
「キシシシ、こんなところで会えるなんて運が良い。ちょうど探していたところだったんですよ」
見覚えのない女子生徒に話しかけられた。
服に付いている校章の色から判断して、先輩。二年生か。
ラブルラックス先輩のように小柄だが、彼女とは雰囲気が違う。
ラブルラックス先輩が大人しいリスなら、こちらは小さくても獰猛な狼。どことなく積極的というか、攻撃的な印象を受けた。
ついでに一部分の主張も強い。
いわゆるトランジスタ・グラマーというやつだ。
「ええと、貴方は……」
「はじめましてですねぇ。私、新聞部二年のペネロペ=ディンストンと申します。殿下、少しお時間いいですかぁ?」
「!」
新聞部。この学校における最大のメディアであり、ゴシップと醜聞が大好きな学園の嫌われ者。
ジャーナリズムを盾にして、時に貴族の不正を興味本位で暴き、生徒の実家を没落させたりと、厄介極まる愉快犯集団だ。
恐らく校内外共に、最もヘイトを買っている部活の一つだろう。
そんな奴等が『人気投票』に興味を持たないはずがない。
いつか関わることになるとは思っていたが、今来るか!
「ええと、朝はあまり時間がないから遠慮させてもらいたいのですが」
「まあまあ、そう言わず……」
ディンストン先輩はずかずかこちらに距離を詰めると、俺の耳元で囁くように――――
「……土曜日は、薬屋のご令嬢とお楽しみだったようですね」
「……!」
……微笑みを含んだ声音で、そう言った。
「ディンストン先輩、貴方は……」
「始業まではまだ時間がありますよね? ちょっとでいいので私どもの部室に来ていただけませんか?」
何故彼女がそれを知っているのか。
たまたま大噴水で待ち合わせしたところを見られていた?
あるいは第四皇女邸宅を出たところを見られていたのだろうか。
流石に金曜日の動きまでは察知されていないと思うが、相手は悪名高き新聞部。
「……大丈夫です。そこまでお時間は取らせませんから」
企画の発表時点から、ずっと見張られていた可能性も否定できない。
とにかく、このまま放置するわけにはいかなさそうだな。
「分かりました。では、少しだけ」
俺はディンストン先輩の誘いに乗り、新聞部室へと向かうことになった。
ただ俺のゴシップを掴んだというだけなら、あえてちらつかせる必要はない。勝手に記事にすればいいだけだ。
そうしなかった以上、何らかの意図を持って接近してきたというのが穏当……
一体彼女が何を目的に接近してきたのか、そしてどこまで情報を掴んでいるのか。
それを見極めず、彼女を帰すわけにはいかないな。
インペリアル・ヒロインレース~第七王子の結婚相手は人気投票で決定します~ イプシロン @oasis8000000
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