第2話

「その手紙には、一体どんなことが書かれているんですか?」


 ……美人と断言できる彼女を前に緊張してしまったせいか、見当違いのことを訊いてしまう。

 プライベートな話だ。彼女ははぐらかすと思っていたが、意外にすんなりと答えてくれた。


「この手紙には、歌詞が書かれているんです」


 かし――とは、歌の詩を、言っているのだろう。


「私、ちょっと面倒くさい性格で。周りに人が居なくて、世界から隔離されているような場所でしか、いい曲を作れないんです」


 話によると、彼女は作曲家兼歌手らしい。街のある陸地に住むあの男性から手紙で歌詞が送られてきて、それを元に作曲し歌にして、再び彼の元に返すのが仕事だという。


「そういえばちょうど今回ですね。――はい。これが、一ヶ月分の曲です」


 渡されたのは曲の入っているMDと、それを再生するためのプレーヤーだ。


「MDは『彼』へお願いできますか。プレーヤーのほうは、あなたにあげます。といってもあなたの前の人が、引退前に私に返してきたものなんですけどね」


 そして僕は再び海に出た。帰りは荷物が減ってずいぶん軽くなった。

 穏やかな海の上で漂っている間、僕は彼女とあの男性のことについてぼんやりと考えていた。

 ただの仕事関係とは思えなかった。きっと彼らの間には、僕にとっては尊すぎる繋がりがあるのだろうと、ただの橋渡し役でありながら僕は無粋な考えをはべらせていた。

 貰ったプレーヤーの中にMDをセットして、イヤホンを耳につけて曲を再生してみる。

 この空のように、透き通った歌声だった。心弾ませるメロディに、歌詞が綺麗にリンクする。彼と彼女の相性は、一曲聞いただけで分かるほど抜群だった。


 ああ、なるほど、これは良い。

 先代が仕事を譲るのに渋ったのも、頷ける。

 ここは――この歌が世界へ羽ばたく前に聴ける、特等席だ。

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特等席は海の上 アダツ @jitenten_1503

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