星に願いを
藍内 友紀
星に願いを――
青く輝くボクの眼は、美しい星々の最期を看取るために機械仕掛けになっている。けれど今、ボクの前にあるのは、紙だった。拙い文字がのたくった、ボクから神条へ宛てた手紙だ。
ふっと、彼の煙草の匂いが――ここにいるはずのない男の香りが、強くした。はっと隣を見る。当たり前だけど、神条じゃなかった。
ボクの上司たる水野が、座っている。初めて見る、眼鏡をかけた真剣な横顔だ。
彼は火の着いていない煙草を銜えて、左手でスーツの内ポケットを探りながら右手でボクの手紙を添削するという器用なことをやっていた。ずいぶんと悩んでいる様子だ。
おそらく、ボクの字が解読できないのだろう。たいていの〈スナイパー〉がそうであるように、初等教育を終えてからこっち、文字なんてまともに書く機会はなかったのだ。悪筆なうえに誤字だらけの手紙を添削してくれている水野の根気には、正直頭が下がる。けれど。
「君さ」ボクは水野の口元、神条と同じ銘柄の煙草に話しかける。「軌道庭園に星が迫ったとき、〈スナイパー〉全員に遺書を書くか、訊いたんだよね?」
「うん」と水野は手紙を睨みながら、妙に幼い仕種で顎を引く。「規則だからね」
「星が迫る中で、全〈スナイパー〉の遺書を添削する気だったの?」
水野は顔を上げた。眼鏡越しの眼差しが、真摯にボクへ向けられる。それが、答だった。
ボクは小さく吹き出す。この上司は本気で、たとえ星に撃ちぬかれる寸前であったとしても、〈スナイパー〉全員の遺書を正しい綴りで仕上げてくれるつもりでいたのだ。
「遺書は録音形式を検討すべきだよ。君の手間も時間も省けるし、何より、相手の姿が見えなくたって、どうしようもなく声が聞きたくなるときって、あるだろ?」
言ってから、ボク自身が今、ひどく神条の声を聞きたがっていることを自覚した。誤魔化すように軽い口調で「ついでに」と水野にアドバイスを送る。
「君、神条だけを呼び捨てにするのをやめれば? そうすればもう少し〈スナイパー〉に優しくしてもらえるよ。ボクらは、優秀な整備工を邪険にする奴を嫌うから」
「いや、でも、ほら」水野は気まずそうに咥え煙草を上下させた。「神条は親戚筋だから」
贔屓を疑われる言動は、ともごもごと口の中で言い訳をする水野に、瞠目する。水野と神条につながりがあったことに、ひどく驚いた。そういえば、二人の煙草はお揃いだ。神条の祖母からも同じ匂いがした。人間のつながりというものはそういう些細な好みに現れるのかもしれない。
彼らは神条と同じく、ボクのような〈スナイパー〉にも優しさを注げる生き物なのだ。
「なら」ボクは煙草の――神条の香りに呟く。「君も、守ってあげないとね」
ボクは神条を守るために、星を撃つ。彼につながる、彼の遺伝子の全てを守るために、星を撃ち続ける。星を撃つことがボクにできる唯一の、愛し方だ。
水野の手元から、正しい綴りが示された手紙を取り戻す。神条への告白を精一杯の丁寧さで記していく。彼が、この文字からボクの声を思い出してくれればいいな、と思いながら。
星に願いを 藍内 友紀 @s_skula
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