最終話 陽焔のように燃え尽きて

 海外留学。

 あの日から、時間が合えば一緒に帰れるようになったレオナール先輩の口からそんな単語が飛び出したのは、夏休みを直後に控えた或る一日のことだった。

 それ、受けるんですかレオナールせんぱい……?


 「いや僕もびっくりしてるんだよ、昨日突然校長室に呼び出されてね。先方から是非にって強い熱意で直接の指名とか。けどまるで心当たりがないし、それに」


 それに?


 「ウチはそこまで裕福ってわけでもないから、家にそんな負担をかけるわけにも行かなくて。ここでやりたい事もまだ一杯あるから、断ろうと思ってるんだ」


 そうなんですか、良かった。なんだか安心しました!これからも、せんぱいと一緒に帰れるんですね!


 「あはは、ありがとう。肉弾戦車さんが僕との下校にそんなに価値を見出してくれてるなんて、意外だな」


 えー、そうですかぁ?アタシは先輩の横にこうして転がれるだけで毎日幸せなのに!


 「そうかい?さっきの留学の話にしても、実のところ実感が無いというか、不思議なんだよ。僕に、そんな大した価値があるとは思えないんだけど」


 そんなこと、ないですよ?


 「……僕の家族は、フランスの血が入ってるせいか皆体型に恵まれててね。僕一人だけがこうなんだ。皆は『母さんに似たんだろうな』って。別にそれはいいんだ。健康な体に産んでくれたことを感謝してる。けど、勉強も頑張ってそれなりの成績を収めてはいるけど、飛び抜けて凄いってわけじゃない。何かのセンスや、人と話す時に気が利いたりするわけでもない。今みたいにね。僕にある特別性スペシャリティは、ただフランスクォーターって事くらいしか無いんだ。なのに、どうして――」


 そんなことないです!!


 「肉弾戦車さん?」


 せんぱいは、初めてアタシの名前を『さん』付けで呼んでくれた人です!

 せんぱいだけが、アタシを女の子として呼んでくれたんです!


 「そ、それは当たり前じゃないか。肉弾戦車さんは女の子なんだから」


 当たり前じゃありません!一族に代々伝わる秘術で小さい頃からこういう体型だったアタシを、皆遠巻きにしてきました。女の子以前に、人間として見られる事自体、まれです。一族を恨んではいません。せんぱいと同じで、健康な体に育ててくれたことを感謝してます。けど、それでも、初めて人から女の子として見られるのが、一体どれだけ嬉しかったか……!


 「……。」


 だから、だからせんぱいが自分のことを無価値なんて言わないでください。

 アタシが困るんです。アタシを照らす光が無くなるんです!


 「……そうか、それは困るね。じゃあ肉弾戦車さんを泣かせないためにも、もう少し自分を信じて」

 「いいえ、貴方は無価値だわレオ。少なくとも今のままではね」


 少しだけ涙を浮かべながらアタシに微笑みかけてくれたレオせんぱいが、突如横に付けた真っ赤な車に引きずり込まれた。今のは、


 「扇崎さん!?」

 「話は一部始終聞かせてもらったわ、レオ。取り付けておいた盗聴器でね。私に少しでも近づくための海外留学を蹴って、あの肉団子の側にいるですって?そんな事が許されると思っているの」


 一瞬で先輩を連れ去ったフェラーリの運転席に乗っていたのは、間違いなく扇崎先輩だった。いったい、どうして。ううん、今はとにかく追いかけないと!けど、そうしてるうちにも物凄い加速で距離が離されていく。いくらなんでも、あの加速には。このままじゃ――


 「扇崎さん、どうしてこんなことを!もしかしてあの時のチンピラも」

 「ええ、そうよ。適当に拉致って調教しようと思ったのだけどまさかあんな邪魔が入るとはね。本当に、この世には余計で低劣なものが多すぎるわ」

 「低劣……?」

 「そうよ、私の周りにいるのはどいつもこいつも碌に価値のないくずばかり。私に支配される資格もない塵芥ちりあくただわ。ゴミ山の上に城を建てても仕方ないから適当にやってきたけれど、本当は吐き気がするくらいウンザリしてたわ。何度校舎に火を付けてやろうと思ったことか。けれど、そんな中でレオ、貴方は少しだけマシだった」

 「僕が……?確かに君は優秀な人だ。けれどそれなら、もっと視野を広げればいくらでも他に凄い人を見つけられるじゃないか。なんでわざわざ」

 「勘違いしてんじゃないわよ、一時でも私の側に立って、怖気が走るけど噂まで立てられたのよ。それで私の物にならないなんて、あっていいはずないでしょう。だからこれから何百人か作る予定の奴隷ペットの末席に加えてあげようって言ってんのよ。純血のフランス人より日本人とのクォーターってのは少し珍しいからね、棚に並べておく価値くらいはあるわ」


 

 怖い。

 アタシは怖い。

 なんとか視界に収められる程度に追いつけてはいるけど、このままでは見失うのは時間の問題。恐らく扇崎先輩もこっちに気付いているはず。

 このままだと、きっとアタシはもうレオ先輩に会えなくなる。それだけは嫌だ。

 けど、それと同じくらい、を繰り返すのが怖い。


 「扇崎さん、降ろしてくれ」

 「はぁ?話聞いてたのアンタ、これだから平民は駄目ね。もうアンタはアタシの所有物って――」

 「後ろから肉弾戦車さんが着いてきてる。僕は彼女の横に居なければならないんだ」

 「……アンタはどれだけ私を怒らせれば気が済むのよ!?私の車を降りてあの豚の方を選ぶですって!?舐めたこと言ってるとその小せえ体についたミニマムチンボコ切り落として」

 「うるっせぇブス!テメエの口臭がその性格そっくりで臭くて吐きそうだって言ってんだよッ!!」

 「な――」



 それでも、行かなきゃ。

 アタシは、アタシを嘘にしたくない。

 アタシは、太陽を裏切らないって決めてるんだから。

 

 肉弾戦車家秘術ノ弐。

 陽焔天身ようえんてんしん


 「……いいわ、もう殺す。しつっこく後ろをついてきてるあの豚と混ぜ合わせて、仲良く肉団子に――えっなんで光ってんのあの子」


 肉弾戦車家には、代々伝わる秘術が二つある。

 一つは、常人の限界を超えて脂肪を蓄える法。

 そしてもう一つは、その全てを一瞬で活力エネルギーに昇華する法だ。


 陽光を受けて煌めく真珠のようなアタシのカラダが、一瞬でへ戻る。

 身長181cmの長身に似つかわしく手足はスラリと人形のように、しかしその内実は筋力で満たされ。

 顔肉に埋もれて線のようだった目鼻はその輪郭をあらわにしてぱっちりと。

 玉の上に乗った房飾りのようだった亜麻色の髪は、肩まで伸びて風になびく。

 以上の変化を一言でまとめると。


 「「痩せたぁぁーーー!?」」


 代わりに服が合わなくなって全裸になっちゃうんだけど、まあ仕方ないわね。


 「だっ、だからなんなの、痩せたからって今更このF12ベルリネッタに追いつける訳が」


 こちらを確認したのか、フェラーリが更に加速して距離を離そうとする。

 アタシと同じ無免許のJKでありながら、その運転技術ドラテク

 扇崎先輩、貴女も中々普通ではない功夫クンフーを積んでいますね。

 けど先輩、学業優秀の割には意外と物を知らないようで。


 アタシは軽やかに、散歩に出るように地を蹴って――


 「……は?」


 ふわりと、


 「えっ、なんで、今何をどうやって」


 扇崎先輩、フェラーリって時速340kmとか出るんですってね。

 でも戦車砲の砲弾は、秒速900m出るんです。


 「何を、何を言って」


 キャノンボールは、音より速い。


 「嘘、嘘よ、そんな馬鹿げた話が――!」


 渾身の震脚を、フェラーリのボンネットに叩き込む。

 轟音とともに、真っ赤な車体がメンコのように宙を舞った。


 

 ◇


 「肉弾戦車さん、ありがとう。また助けられちゃったね」


 アタシの腕の中で、レオせんぱいが赤ちゃんライオンみたいに微笑む。

いいんです、せんぱい。むしろ、もっと早く助けられなくてごめんなさい。

アタシ、この力を使うのが怖かったんです。


 「……それは、どうして?」


 5年前、まだアタシが小学生の時の話です。

 もう既にアタシはコロコロと真珠みたいに可愛い女の子だったんですけど、その時も好きだった男の子のために、この力を使ったんです。それで、その勢いのままその子に告白したんですけど……


 「うん。」


 最初はその子も快くOKしてくれて、けどアタシが元の丸い体に少しずつ戻っていくと、それにつれてどんどん冷たくなって距離が離れていって――最後は、フラれちゃいました。


 「今の姿のままでいようとは、思わなかった?」


 駄目なんです。この秘術は、一度習得するとあの体型を維持しないと栄養不良で

死んじゃうんです。だから今回も、少しずつですけど元の体型に戻ります。


 「そっか」


 ねえせんぱい、アタシ、今すごく怖いんです。

 この秘術を授けてくれた一族を、パパとママを恨む気は少しもありません。

 アタシは、今のこの姿も丸い体型も同じくらい好きなんです。

 けど、アタシが好きな人と一緒にいようとすると、きっとその人に迷惑をかけます。


 「うん。」


 一緒に電車にも乗れませんし、ドライブデートの時は助手席に乗れません。良くてピックアップトラックの荷台です。服も、お店で売ってるのは一つも着れなくて、全部自前で仕立てます。今はパパが作ってくれるけど、いずれ自分でどうにかしないといけなくなります。当然お金もかかります。


 「うん。」


 家もカラダに合わせて大きくしないといけないし、結婚式も記念写真の半分はアタシのカラダで埋まります。子供が出来て授業参観に行くときもきっと凄く目立ちます。他にも、きっと、思いつかない負担がいっぱいあって


 「うん。」


 それでも、それでもアタシの側に居てくれますか?


 「肉弾戦車さん、さっき僕のことを『初めて女の子扱いしてくれた人』って言ったよね」


 ……はい。


 「僕もだよ」


 えっ?


 「僕のことを、『可愛い生き物』じゃなくて一人の男の子として認めてくれたのは君が初めてだ。だから、僕はそれにふさわしい男になれるよう、頑張ろうと思う。だから」


 はい……!


 「肉弾戦車さん、僕と付き合って下さい」


 そう言って笑うレオナール先輩の髪は、逆光を受けて炎のように煌めいて。

 強く強く、太陽のように燃えていた。

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キャノンボール・レディ 不死身バンシィ @f-tantei

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