キャノンボール・レディ
不死身バンシィ
第1話 太陽みたいに輝いて
今日も輝かしい朝が来た。
アタシの一日は朝日を肉眼で直視する所から始まる。
いつも変わらず丸く輝く太陽は、アタシの理想そのものだから。
ハーイ今日も懸命に俗世を生き抜く世界の皆様、お元気?おはようございます。
アタシ、
花玉真珠みたいにツヤツヤピカピカのセブンティーン現役JKよ!
えっ?うん、本名よ。
身長は181cm、体重は326kgでスリーサイズは上から132、185、132の
ダイナマイトならぬキャノンボールボディ♥
この
ていうか、お店に着れる服が売ってないのね。
制服と普段着は仕立て屋のパパが作ってくれるんだけど、流石に勝負下着をパパに縫ってもらうのは思春期の恥じらい乙女としてちょっとNOなの。
けれど、いずれ来たる愛しのセンパイとの初体験をパーフェクトにキメるためには仕方ないかなって。背に腹は代えられないって言うわよね。アタシは背と腹の区別がつかないんだけど。
でもパパになんて言えばいいのか、まさか正面からドスケベランジェリーを作ってなんて言えないし。それで最近ずっと悩んでるの、おかげで体重が2kg増えたわ。
ヤダ、そうこうしてる内にもうこんな時間!急がないと遅刻しちゃうわ!
パパ、ママ、行ってきまーす!
ガチャ。
ゴロンゴロン。
さも当然のように差し込まれたオノマトペに皆様ビックリされたと思うんだけど、アタシ、移動は転がったほうが速いの。脚なんかもう何年も使ってないわ。
もっと言えば自分の脚をここ数年自分で見てないわ。感覚的には両手足が常に大の字になってるんだけど。
アタシの家は高台にあるから、学校までは坂道を転がるだけでいいんだけどこれはこれで結構大変なこともあって、
キキーッ!
ボヨン。
言ってる側から車に撥ねられたわ。
両足が地面に着いてないものだから、途中で止まったりできないのね。
でも大丈夫、接触の瞬間にしっかり脱力しておけば車に傷はつかないわ。
毎日のことで慣れてるし、アタシ体の柔らかさには自信があるの。
そのままセダン、セダン、電柱、男子高校生、地蔵菩薩、電柱、4tトラック、
コンビニ、早朝ランナー、原付、セダンの順にぶつかったら学校に着いたわ。
今日は多めにぶつかったせいで刻限ギリギリ、もうすぐ校門がしまっちゃう!
でも実はバッチリ計算通り、それというのも
「肉弾戦車さん、おはようございます。もう、駄目ですよ?最近はいつもギリギリじゃないですか。明日はもう少し早く登校して来てくださいね?」
おはようございますレオナールせんぱい♥
ごめんなさい、どうしても朝起きられなくってぇ。
でもせんぱいのお顔を見れれば気分爽快、パッチリお目々が覚めちゃいます!
「あはは、僕の顔で肉弾戦車さんが元気になるなら何よりだよ。それじゃあ、今日も一日頑張ってくださいね」
ハーイ、せんぱいも風紀委員のお仕事頑張ってください♥♥♥
ゴロゴロゴロ。
赤くなった顔を見られないように、少し早く回転して先輩の横を通り過ぎる。
彼が今の私の生き甲斐、マイスウィートハニー
フランス系のクォーターで、ふわふわの
風紀委員の副委員長で、いつもこの時間に校門前で登校チェックをしているの。
学校の女子達からはマスコット的に可愛がられてるらしいけど、アタシの気持ちはそんな
アタシは先輩のすべてが欲しい。アタシのすべてを先輩にあげたい。
アタシの柔らかい体に先輩を沈めて、その感触を味わいたい。
爽やかな風吹く見渡す限りの草原で、先輩に玉乗りして欲しい。
けれど……
「あら、肉弾戦車さんおはようございます。今日もまたお変わり無くコロコロと、
お元気そうで何よりですわ」
あっ、扇崎先輩、おはようございます。
「レオから聞きましたけど、最近登校が遅れがちなんですって?なにか悩み事がお有りなら、いつでも相談に乗りますわよ」
いえ、大丈夫です。ご心配頂いてありがとうございます……
「そう?それでは御機嫌よう。始業に遅れないよう、急いで教室に向かってくださいね」
そう言いながら、毅然とした足取りでレオナール先輩の元へ歩いていくのは、風紀委員長の
◇
などと一人で内心盛り上がっているとあっという間に放課後。
このカラダの性能故に大抵の部活に参加できないアタシは帰宅部なんだけど、問題はこの帰り道なのね。
上り坂。
けど心配ご無用、アタシの移動手段は回転だけじゃないわ。脂肪と筋肉、それに内蔵を体内で勢い良く上下動させることで、全身をバウンドさせることが可能なの。
え?脂肪は随意筋じゃない?普通はそうね。けどアタシは特別だから。セイッ!
バイーンバイーン。
垂直跳びの自己ベストは10m15cm。でも流石にこれは転がるだけの朝よりは疲れるのね。でも決してこの時間は嫌いじゃない。こうやって高い所から街を見下ろすと、ほんの一瞬だけ自分が世界から切り離されたような、少し切ない気分になるの。
その瞬間がなんとも寂しいようで心地良くもあるのね。それにこの視点だと結構色んな事に気付けるのよ、迷子とか困ってるお年寄りとか。警察に表彰されたこともあるんだから。ほら、言ってる側からあそこの路地裏から何か怪しい雰囲気が――
あれ?レオナール先輩?
大変!レオナール先輩が路地裏で、如何にも九九の七の段が言えなさそうなガラの悪い連中複数名に絡まれてるわ!助けなきゃ!とうっ。
空中で90度方向を変えたアタシは軽やかにチンピラとレオナール先輩の間に割って入るように着地する。
「わぁっ!肉弾戦車さん!?」
「うおっ、なんだこのデブ女!?いやデブで済ませていいのか?何だこれ」
助けに来ましたレオナール先輩!お怪我はありませんか!?
「あっ、うん僕は大丈夫だけど。ただ、一人肉弾戦車さんの下敷きに」
「おいタカヒロしっかりしろ、大丈夫か!?下半身しか外に出てねえぞ!」
「あつい くるしい しぬ」
やだぁレオナールせんぱい、下敷きだなんて♥これは抑え込みって言うんですよ?
「言わねえ!こんな技は人類史のどこにも存在しねえよ!さっさとどけデブ!」
はぁ?退く訳無いでしょ、アタシのレオナールせんぱいを傷つけようとしたアンタ達を、一人でも無事に帰すと思ってるの?
「あぁ!?いつまでも調子こいてんじゃねえぞデブが!」
そう言うとチンピラ達は一斉に懐から妙にカラフルな、おもちゃっぽい銃を取り出した。やれやれ、何を出してくるかと思えば3Dプリンタの
「ンだとテメエ、もういい死ねっ!!」
パァンパァン。
キンキン。
「えっ」
馬鹿ねえ、今さっきアタシが高さ10mほどから音もなく着地したのを忘れたの?アタシは自分の脂肪と筋肉を完全に己の意思でコントロールすることで、その硬度を鋼鉄からスポンジまで自由に変えられるのよ。アタシのカラダを貫きたいのなら、対戦車ライフルでも持ってきなさいな。
「ひぃっ、バ、バケモノ!」
ケダモノ以下のアンタ達に言われたくないわね。フンッ!
「ギャー!」
少し軽めに突貫《チャージ》してやっただけで全員伸びちゃったわ、だらしないわね。若干壁にめり込んでるけど、死んではないはずよ多分。
まあこいつらはどうでもいいわ。危ないところでしたねレオナールせんぱい♥
「うん、ありがとう肉弾戦車さん。けど一体どうしてここに?」
たまたまですよ、た・ま・た・ま♥レオナールせんぱいこそ、どうしてこんなところに?それにこいつらは一体……
「いや、僕も下校の途中だったんだけど、急にこの人達に囲まれてこの路地裏に押し込まれちゃったんだ。手当り次第、誰彼構わずという訳でもなさそうだったんだけど、心当たりは全く無くて……」
そうだったんですか……この辺でそんな物騒な話は聞いたことがないんですけど、どうしてでしょうね。とにかく、これからは少し気をつけて下さいね?あっ、良かったらアタシお家まで送りましょうか!?
「ありがとう、でも大丈夫。僕も男だし、あとは一人で帰れるよ。肉弾戦車さんこそ、女の子なんだから気をつけてね」
はーい、ご心配ありがとうございます♥でもぉ、そう言われたら急に怖くなってきちゃいましたぁ♥
「そうだね、それなら僕が肉弾戦車さんを送っていくよ。ちょうど帰り道の途中だし。じゃあ、行こうか」
はーい、レオナールせんぱいが一緒なら安心です♥
「ああ、それと、その、さっき気になったんだけど、女の子がペ、ペニスとか言うのはちょっとどうかな……」
ッッッ♥
えー、アタシ何か言いましたっけぇ?すいません、よく聞こえなかったので、もう一回言ってくださぁい♥
「や、だからその……」
ゴロゴロ。
テクテク。
夢みたい。こんな風に、レオナール先輩と一緒に帰れる日が来るなんて。
先輩の速度に合わせてゆっくり転がりながら坂を登るのは、いつもならちょっと大変だけど、今は全然気にならない。
夕焼けを受けて煌めく先輩の髪はすごく綺麗で、まるで太陽の子供みたいに見える。この美しさに、このときめきにふさわしい人間にアタシはなれるだろうか。
いいえ、そうならなくちゃ。アタシの気持ちを嘘にしないためにも。
アタシは先輩の横を転がりながら、静かにそう決心した。
◇
「そう、失敗したの」
「は、申し訳ございませんお嬢様」
「いいわ、いくらなんでも人選が適当過ぎたわね。次はもう少し質の高い手段を講じるとしましょう」
「承知いたしました、直ぐに手配致します。ところで、彼等の処分ですが」
「そうね、確か報酬で海外に行きたいとか言ってたから、そのようにしてあげなさい。南半球のどこかに適当に。パスポート無しでね」
「では、そのように」
チン――
受話器を下ろした女が、影のように自室で立ち尽くしている。
全てが綺羅びやかな部屋であった。絨毯も、シャンデリアも、ベッドも、それぞれの調度品からドアノブに至るまで、一つ残らず豪奢な細工が施されている。
しかしその部屋には一つの明かりもなく、ただ夕闇だけが立ち込め、輝き一つ照らし返してはいなかった。
「大玉みたいなバケモノ女に邪魔された、か」
受話器から離した手を、女は強く握り込んだ。
指の隙間からぬるりと血が漏れ出し、絨毯を穢す。
明日にはこの絨毯もまるごと取り替えられるのに違いなかった。
「ふさわしくない」
女の口から漏れ出した呪いが、光より余程似つかわしく部屋を満たす。
「ふさわしくないのよ。誰も彼も、貴女も、レオも、私にはまるで――」
誰にも届かないその声が、少しも響くこと無く、ただ部屋の薄闇に溶けて消えた。
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