第2話 魔女と宝石(ハッピーエンド版)

 下坂村

 山間の人口500人ていどの小さな村。

 その村に異変が起こった。


 一カ月前から突然人が消えはじめたのだ。

 ここ最近、頻繁に消えて行くので村人は恐恐としていた。


「高橋んとこの孫がいなくなったらしい。」

「え、三日連続か。これで何人目だ」

「10人目だよ。朝家をでて学校に行って帰ってこなかったんだってさ」


 小さな村の住人は村全体が家族の様なもの。

 すぐに情報がいきわたる。


 その日、村人全員で緊急集会が開かれた。

 消えた原因は人さらいか、神隠しか。

 どちらにしろ、この事態をほっとけない。

 消えたのは全員、女子高生だった。

 話し合いの末、自警団を作って下校時に街を見回る事にした。


 ちょうど同じ一カ月前。

 その村のはずれの小高い丘の上に小洒落(こじゃれ)た喫茶店ができた。


 とんがり屋根の赤いレンガのお店だ。

 内装もモダンで重厚な感じのテーブルと椅子が設置してあり女子高生に人気。

 パンケーキと紅茶が絶品。

 占ってもらうとよく当たると専らの評判の店だ。


 その日、丘へと続くなだらかな坂道を一人の女子高生が歩いていた。

 少女の名は春日井祥子。

 真夏の太陽は容赦なく祥子を照り付けてくる。

 額の汗をハンカチで拭きながら祥子は店の扉を開けた。

「カララン」とカウベルの音が客人を出迎えた。


「あら、いらっしゃい。お嬢さん。お好きなお席へどうぞ」

 店番をしていた吊り目のマダムが声をかけてきた。


「あの、そっちじゃなくて」

「ああ。どうぞ。お好きに見て行って下さいな」


 店主は薄い唇をゆがめて笑った。

 店の一角に磨いた天然の裸石がおいてある。すべて売り物だ。


 ダイアモンド(diamond)

 ルビー(Ruby)

 サファイア(Sapphire)

 エメラルド(emerald)

 ラピスラズリ (lapis lazuli)

 オパール(opal)

 ターコイズ(turquoise)

 ガーネット(garnet)

 アクアマリン(Aquamarine)

 トパーズ (topaz)


 ちょうど10個、少女の消えた数と同じだ。どれもが大粒。

 高額な宝石のハズなのに何千円の高校生に手が届く格安値段で売っている。


 絶対おかしいわよ。と祥子は思った。

 三日連続消えたのは祥子の友達だ。

 その三人が消える前日に行くと言っていたのはこの店だった。

 この店には何かある。祥子はそう思わずにはいられない。


 日曜の昼、祥子はこの怪しげな喫茶店に偵察にきたのだ。

 自分の部屋を出ようとして、ひいじいちゃんに呼び止められた。

「祥子。どこ行くだ」

「じいじ。丘の上の喫茶店だよ」

「物騒だからでちゃなんねぇ」

「でも、消えたのは私の友達なの。三人共あの店に行くっていってたんだよ」


「そうか」

「あの店なんか。変だよ」

「わかった。どうしても外に出るって言うんだな」

「うん。私、確かめないと」

「なら。コレを持っていくがええ」

 一枚のお札を手渡された。


「え?これ?」

 下坂村の山の中腹にある神社の守り札だった。

「わざわざ、貰いにいってくれたの?」

「ああ、お前が心配でなぁ」

 ひいじいちゃんは80歳。足が悪いのに頑張って山をのぼってくれたんだ。


「じいじ、ありがとう」

 心遣いがありがたい。


 じいじにニコッと笑って階段を下りていくとじいちゃんに呼び止められた。

「祥子。どこにいく。家から出ちゃだめだ。10人も高校生がいなくなってるんだぞ」

「丘の上の喫茶店だよ。大丈夫。昼間だし、何も起こらないよ」

「祥子。コレ。持っとけ。きっとお前を守ってくれる」

「ありがとう。え?これ?」

 またしても、下坂村の山の中腹にある神社の守り札だった。

 苦笑した。うちの家族、すごい信心深い。


 玄関口で靴を履いているとお父さんに呼び止められた。

「祥子、出かけるのか?」

「うん」

 ああ、またしても同じ質問。

「出かけるよ。丘の上の喫茶店。大丈夫。すぐ帰ってくるよ」

「そうか。これ肌身離さず持っとけよ。絶対ご利益があるから」

 手渡されたのは神社の守り札だった。

「うん。わかった」


 三枚のお札か。なんだか昔話みたい。

 あのお話は、お寺の小僧さんが山姥から逃げるために三枚のお札を身代わりにした話だったっけ。

 祥子は三枚のお札が入ったショルダーカバンの紐を両手でぎゅっと握りしめた。


 宝石を物色するふりをしながらさりげなく店主の方を盗み見る。

 目があった。

「あら、お客様。お気に召しません?どれも本物なのですけど」

「ああ、き、綺麗ですね」


 宝石はどれもまばゆいばかりに光り輝いている。

 だが祥子はどの宝石も欲しいとは思わなかった。


「あの、昨日、友達がここへ来たはずなんですけど」

「お友達?……どんな方かしら?」

「眼鏡をかけたお下げ髪の女子高生です」

「ああ、いらしたわ。パンケーキを召し上がって飾り石を一つお持ち帰りになったの」

「飾り石?宝石じゃないんですか?」


 飾り石は宝石ほどの価値はもたないが、宝石に準じて装飾に用いられる石の事だ。

「その石はどこに」

 店主は扉を開けて外へ出るように促した。

 入るときには気がつかなかったが入り口の花壇にたくさんの飾り石がしいてあった。


「草取りが面倒で」と店主は笑った。

「この石は?」

「気に入った方に差し上げてますのよ。よろしければあなたもどうぞ?」


 祥子はその中に茜色の夕陽を閉じ込めたように輝く美しい石をみつけて食い入るように見つめた。

 心の底からその石を欲しいと思ってしまった。


 だがその気持ちとは裏腹に頭の中に警鐘が鳴っていた。

 危険だ。触ってはいけない。この店主は危険だ。危険だ。危険だ!!

 わかっているハズなのに魅入られたように近づきうっかり。その石に触ってしまった。


 ズキッと心臓が痛んだ。

 大きな手で内臓をわしづかみにされたような衝撃が走った。

「痛い!嫌だ!!誰か」

 祥子は痛みのあまり体を丸めてうずくまった。

「誰か。助けて!助けて!助けて」


 ぐっとショルダーカバンを握りしめた。

 カバンが光を放ち始めた。

 痛みはいつの間にか収まっていた。

「お前、なぜ、宝石にならないの?」

 吊り目の店主は驚愕して祥子をみた。

 そしてハッとした表情で祥子のカバンを凝視した。


「お前ぇ~。そこに何を隠し持ってる」

 え、あ、そうか。お札だ。お札のおかげで私、宝石にならなかったんだ。


 つかみかかってきた店主をよけて咄嗟にカバンの中身をぶちまけ、お札を見つける店主に投げつけた。

「ぎゃああああっツツ!」


 叫んだ店主はぎゅんと身長が縮んだ。

 ドンドンと体が小さくなっていく。

 血も肉も骨も一緒くたになって体全体がどろりと溶けた。

 さらに凝縮して一つの小さな塊になった。

 やがてそれは真夏の太陽。その太陽を閉じ込めたような色の石に変わった。


「ああ、怖かった」

 祥子はほっとしてその場にへたり込んだ。


 じいじ、じいちゃん。お父さん。ありがとう。

 心の中で感謝して。

 そうだ。宝石!いなくなったのは十人。宝石の数もちょうど十個だ。

 祥子は店の中に取って返し、飾り棚にあった宝石をもって外にでた。


 でもどうすれば皆が元の姿になるのかわからない。

 とりあえず。一個ずつお札で撫でてみた。

『神様、お願い、皆をもとに戻して!』

 念じながら目を閉じた。

 少しして周りでざわざわと人の声が聞こえた。

 おそるおそる眼を開けると宝石の代わりに見慣れた友達の姿がそこにあった。


「皆、よかった。無事で」

 祥子は涙ぐんでいた。

 みんなで無事に帰ってこれた事を喜び合って村へ帰って行った。


 夕暮れ時。丘の上に立つ喫茶店の入り口に一人の女が立っていた。

「おや、思ったよりきれいな色にならなかったわ」

 石を拾い上げた女はしわ枯れ声で呟いた。

 その姿は黒いフードを纏った魔女。落ちくぼんだ目と鷲鼻。


「危ない危ない。まさか気づく人間がいるとはね」

 石に向かって

「ばかね。あんたはやりすぎたのよ」

 と囁いた。

「もっとうまくやらないとね」


 魔女は微笑むと花壇にポンと石をほおって。

 店の中から大きなボストンバッグを引っ張り出してその口を開けた。

 途端にとんがり屋根のレンガの家がぎゅぎゅぎゅっと縮んで。

 びゅんという音ともにバッグの中に納まった。

 口をしめてバッグを手に持ち歩き始めた魔女。


 次の日、祥子の家族は下坂神社に御礼参りに来ていた。

「ちょっとぉ、じいちゃん。待ってよぉ」


 神社に向かう石段の途中で祥子はへばってしまった。


 山の傾斜角にそって上へ伸びる階段は長くて多いうえに切れ目がない。

 祥子はその階段の手すりにもたれかかって肩で息をしている。


「祥子。もうへばったんか。若いのに情けない。まだ、二百段も登っとらんぞ」

「え、まだぁ?もうだよ。二百段も登ったんだよ。凄いでしょ。私」


「何言っとる。あと六百段もあるのに。祥子、しっかりせんか」

 じいちゃんは祥子の肩をポンとたたき祥子を追い越して急な階段を上っていく。

『じいちゃん。健脚だぁ。60過ぎてんのになんでそんなに元気なの?』


「祥子、わしゃ先行くぞ」

 振り返ったじいちゃんをぼーっと見上げていると、後ろからやってきたじいじに追い越された。


「祥子。こんなとこでへばっとるんか。わしも先行くからの」

『うっそでしょ?じいじ。普段のよぼよぼ振りはなんだったの?』


 祥子は不審な眼でじいじの足元を凝視した。

 じいじは老いを感じさせない確かな足取りで一つ一つ階段を上がっていく。


 はっと思い立った。まさかのプラシーボ効果?

 神社→ご利益→歩けるようになる。っていう一種の思い込み?

 ま、まさかね。80過ぎてるじいじ。

 普段デイサービスのお迎えの時には歩くのも覚束ない雰囲気なのに。

 一体なんなのよ。


 あっ、そっか。お迎えの人。若い美人のおねーさんだもんね。

 手を引いてもらうと嬉しいよね。ぬかったわ。あれは演技だったんだ。

 飽れながらじいじの後ろ姿を眺めていると後ろから声がした。


「祥子。大丈夫か?」

「おとーさん。階段まだ六百段もあるんだって。もう疲れたよ」

「下で待ってるか?」

「ううん」

 祥子はぶんぶんと首を横にふった。


「ここで諦めたら、じいじとじいちゃんに笑われる。ちゃんと上まで行かなきゃ」

「そうか。じゃ頑張っていくか」

 ちょっと、歩いては休み。ちょっと歩いては休み。

 歩調を合わせてくれてたお父さんがあきれ顔で言った。


「祥子。日が暮れるぞ」

「あーん。もう、お父さん。先行っていいいよ」

「祥子は?」

「後で行く。絶対行くから大丈夫」

「そうか。先に行ってるからな」


 一人取り残された祥子。

 心細くなった。

「まってぇ~。おとーさん。怖いよ。やっぱり、私も一緒に行く。一緒に行くからぁ」

「はははっ、祥子は恐がりだなぁ」


 水鏡を覗き込んでいたこの土地の産土神様は鏡に映る二人の様子を見てほほ笑んだ。


 春日井家の人々は信心深い。

 普段から神社の方角にお祈りを捧げてくれるじいじ。

 何かと言えば神社にお参りにきて五円玉を投げてくれるじいちゃん。

 子供の頃、神社が遊び場だったお父さんの冬樹。

 栗や椎の実を拾って来て祭壇にお供えしてくれた。

 産土神様はその事をよく覚えていた。


 だから、三人が買っていったお札に特別濃い神気をこめた。

 四人でお礼参りに来たって事はちゃんと効果があったって事だ。


 もう少ししたら、春日井家の家族がここにやってくる。

 今度はどんなご利益を授けてあげようかしら。

 産土神様は小首をかしげて考える。


 下坂村の人が消える事件はぱったりと途絶えた。

 いなくなった少女たちは全員無事に家に帰ってきた。

 さらに一カ月が経過して自警団は解散された。


 ご用心。ご用心。

 いつの間にやら貴女の町にも小高い丘の上に喫茶店ができていませんか。

 人が消える話を聞いたことがありませんか。

 天然石は綺麗です。

 その美しさはなぜなのか、少し考えてみる必要がありそうです。

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魔女と宝石 紫雀 @390810

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