魔女と宝石

紫雀

第1話

下坂村

山間の人口500人ていどの小さな村。

その村に異変が起こった。


一カ月前から突然人が消えはじめたのだ。

ここ最近、頻繁に消えて行くので村人は恐恐としていた。


「高橋んとこの孫がいなくなったらしい。」

「え、三日連続か。これで何人目だ」

「10人目だよ。朝家をでて学校に行って帰ってこなかったんだってさ」


小さな村の住人は村全体が家族の様なもの。

すぐに情報がいきわたる。


その日村人全員で緊急集会が開かれた。

消えた原因は人さらいか、神隠しか。

どちらにしろ、この事態をほっとけない。

消えたのは全員、女子高生だった。

話し合いの末、自警団を作って下校時に街を見回る事にした。


ちょうど同じ一カ月前。

その村のはずれの小高い丘の上に小洒落こじゃれた喫茶店ができた。


とんがり屋根の赤いレンガのお店だ。

内装もモダンで重厚な感じのテーブルと椅子が設置してあり女子高生に人気。

女の子の間ではこの店で出されるパンケーキが絶品と専らの評判だった。


その日、丘へと続くなだらかな坂道を一人の女子高生が歩いていた。

少女の名は春日井祥子。

真夏の太陽は容赦なく祥子を照り付けてくる。

額の汗をハンカチで拭きながら祥子は店の扉を開けた。

「カララン」とカウベルの音が客人を出迎えた。


「あら、いらっしゃい。お嬢さん。お好きなお席へどうぞ」

店番をしていた吊り目のマダムが声をかけてきた。


「あの、そっちじゃなくて」

「ああ。どうぞ。お好きに見て下さいな」


店主は薄い唇をゆがめて笑った。

店の一角に磨いた天然の裸石がおいてある。すべて売り物だ。


ダイアモンド(diamond)

ルビー(Ruby)

サファイア(Sapphire)

エメラルド(emerald)

ラピスラズリ (lapis lazuli)

オパール(opal)

ターコイズ(turquoise)

ガーネット(garnet)

アクアマリン(Aquamarine)

トパーズ (topaz)


どれもが大粒。

高額な宝石のハズなのに何千円の高校生に手が届く格安値段で売ってあった。


絶対おかしいわよ。と祥子は思った。

三日連続消えたのは祥子の友達だ。

その三人が消える前日に行くと言っていたのはこの店だった。

この店には何かある。祥子はそう思わずにはいられない。


宝石を物色するふりをしながらさりげなく店主の方を盗み見た。

目があった。

「あら、お客様。お気に召しません?どれも本物なのですけど」

「ああ、き、綺麗ですね」


宝石はどれもまばゆいばかりに光り輝いている。

だが祥子はどの宝石も欲しいとは思わなかった。


「あの、昨日、友達がここへ来たはずなんですけど」

「お友達?……どんな方かしら?」

「眼鏡をかけたお下げ髪の女子高生です」

「ああ、いらしたわ。パンケーキを召し上がって飾り石を一つお持ち帰りになったの」

「飾り石?宝石じゃないんですか?」


飾り石は宝石ほどの価値はもたないが、宝石に準じて装飾に用いられる石の事だ。

「その石はどこに」

店主は扉を開けて外へ出るように促した。

入るときには気がつかなかったが入り口の花壇にたくさんの飾り石がしいてあった。


「草取りが面倒で」と店主は笑った。

「この石は?」

「気に入った方に差し上げてますのよ。よろしければあなたもどうぞ?」


祥子はその中に茜色の夕陽を閉じ込めたように輝く美しい石をみつけて食い入るように見つめた。

心の底からその石を欲しいと思ってしまった。


だがその気持ちとは裏腹に頭の中に警鐘が鳴っていた。

危険だ。触ってはいけない。この店主は危険だ。危険だ。危険だ!!

わかっているハズなのに魅入られたように近づきうっかり。その石に触ってしまった。


ぎゅんと身長が縮んだ。

ドンドンと体が小さくなっていく。

血も肉も骨も一緒くたになって体全体がどろりと溶けた。

さらに凝縮して一つの小さな塊になった。

やがてそれは真夏の太陽。その太陽を閉じ込めたような色の石に変わった。


「おや、思ったよりきれいな色にならなかったわ」

石を拾い上げた店主の声は若々しさが抜けしわ枯れ声になっていた。

その姿は黒いフードを纏った魔女。落ちくぼんだ目と鷲鼻。

魔女は花壇にポンと石をほおると


「危ない危ない。まさか気づく人間がいるとはね。この町ともおさらばしなきゃ」

と呟いた。

彼女は店の中から大きなボストンバッグを引っ張り出してその口を開けた。

途端にとんがり屋根のレンガの家がぎゅぎゅぎゅっと縮んで。

びゅんという音ともにバッグの中に納まった。

口をしめてバッグを手に持ち歩き始めた魔女。


下坂村の人が消える事件は春日井祥子が消えたのを最後にぱったりと途絶えた。

いなくなった少女たちは一人も帰ってこなかった。

さらに一カ月が経過して自警団は解散された。


ご用心。ご用心。

いつの間にやら貴女の町の小高い丘の上に喫茶店ができていませんか。

人が消える話を聞いたことがありませんか。

天然石は綺麗です。

その美しさはなぜなのか、少し考えてみる必要がありそうです。

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