01 2年B組の教室で木漏れ日に想いを馳せる
西暦 2222年 3月18日 日本ー…
ここは楽園都市「 I アイ 」の学園地区にあるIND中学校 2年B組の教室。
学校に通う生徒は、全員学園地区で暮らしており、数少ない娯楽の一つが食事だ。
昼休み前の少しそわそわとした雰囲気の教室では、いつも気だるげに歴史の授業をするフジハラ先生の声と、指を動かし、授業内容を入力している生徒の衣擦れの音だけが響いている。
「…この年は二度目の大阪万博も開催された年でもありますねぇ。あぁーでは、次のページへ、めくってください。」
ふわふわな天然パーマの髪をかきあげ、フジハラ先生はホワイトボードにうつされた画像をスライドさせた。
そうするとホワイトボードに書かれていた文字が消え、新しく表示された画像にフジハラ先生が文字を記入し、授業が進む。
穏やかな風が教室に流れ込み、僕の頬を優しく撫でた。
ふと、風が吹いてきた窓に目をやる。
教室のほぼ中央の位置にある僕の席からは、窓全体が見渡せる。
少し開けられた窓の隙間から風が入り、窓からの日射しを遮るため閉められていた薄黄緑色のカーテンがゆったりと揺れ、窓際の生徒の机に淡い影を作る。
その隙間からチラチラと見える日射し。
日射しで透けながら揺れるカーテンは見ていて飽きない。
昨夜読みはじめた詩集に書いてあった木漏れ日は、こんな感じなんだろうか。
僕が木漏れ日の詩に想いを馳せている間にも、授業は進んでいく。
「あぁーこのように、今から150年前の2072年、119代内閣総理大臣の
この条令は日本から始まりぃ、全世界に広まりました。
AI搭載型眼鏡ラピスラズリにより、人類は選別されたと覚えている人も多いと思いますが、実際に選別が始まっていたのは何年でしょう?近年発表されましたねぇ。
あぁー今日はえー何日ですかねぇ…。」
窓から入ってくる日射しと揺れるカーテンを眺めていると、僕の右斜め前の向こう、恐らく教室の入口近くから腹の虫が声を上げた。
教室にいる誰もが音の出所に意識を向けたような気がする。
「18日ですので、出席番号18番の人に答えてもらうつもりでしたがぁ…まぁ、お腹でとても良い返事をしてくれたイクト・Eに答えてもらいましょう。」
名指しされた生徒ーイクト・Eは少し顔を赤らめながら、椅子から立ち上がり答える。
「2012年です。」
「正解です。ちなみに、使われた機器はわかりますかぁ?」
「ラピスラ…は、まだないしー…えっとぉわかりません。」
「イクト座っていいですよ。お腹が空く気持ちは私もよくわかるので、次回よりわざわざ立たなくて大丈夫ですからぁ。」
教室全体から和やかな笑い声が上がり、イクトは、
「ありがとうございます。」と言いながら席に座った。
こういう気だるげながらも、言葉の端々に滲み出る優しい雰囲気が、フジハラ先生の人気の理由なんだろうなぁ。
「ではイクトが座りましたので、授業の続きです。
人の選別を水面下で行う事を当時の有識者達が決定したのは、2012年です。
その際に使われた機器はスマートフォンというもので、皆さんが現在使用しているAR端末と似たもの…ご先祖様に近いですね。
当時は指で触って操作するために液晶、まぁ簡単にいうと、画像を映す板がありました。」
へぇーわざわざ、エキショウっていうのを触って操作してたんだ。
エキショウってどんな触り心地かなぁ。
お菓子とか摘まんでるときってどうやって操作してたんだろ。
…あ、カーテンの揺れが小さくなった。
「当時、ガラケーと呼ばれる携帯電話よりスマートフォンが普及したことにより、
AIがネットワークを使いアクセスしやすい環境が整ったため、計画が始まりましたぁ。
ですがぁネットワークからアクセスし、
個人の考え方や行動を選別基準のデータ収集をしようとしても、
まだスマートフォンの活用について当時の人々には距離感があった為、
収集できるデータは非常に少なかったそうです。
そこで政府が導きだした方法は…。」
カラカラカラ…
窓際の席に座っているリツコ・Nが窓を閉めた。
カーテンの揺れが授業中には邪魔だったんだろう。
綺麗でもっと眺めていたかったのに、残念だ。
動かなくなったカーテンに、目を離せないような魅力はなくなったが、僕はなんとなくそのまま眺めていた。
もう少しで昼休みの時間だ。
今日はなに食べようかな。
「…です。その後ラピスラズリが発表され、えー搭載された《AI Ruri》のお陰で選別の精度は飛躍的に上がりました。
選別のために必要な、家族・友人関係や趣味嗜好、性格、過去の恋愛歴からいじめ歴、未来の可能性などあらゆるものが判断材料に出来るようになりましたぁ。
その高精度な判断材料により、
罪を犯した者だけでなく、罪を犯す可能性が異常に高い者や、
心身疾患になる可能性や遺伝子的に高い者、いじめをしたもの、いじめをする可能性が高い者、
家系的に貧しい暮らしのまま、心まで貧しくなりやすい者など、
人類が発展していく上では邪魔になる、
生産性が低い者を選別する事に成功しましたぁ。
皆さんもその恩恵は、受けられていると思います。」
リン…リリリリン…リリリリン
「あぁーチャイムが鳴りましたのでぇ、ここまでとします。
この辺りはテストに出やすいので、予習復習をしっかりとして下さぁい。
さて、ヒロキ・Kは窓ばかり眺めないように。
昼休み後の授業では、君の出席番号18番に当てますからねぇ。」
「ひっ、は、はい!」
突然の名指しに驚きながら、慌ててフジハラ先生に顔を向け返事をする。
授業の後半、ずっと窓を眺めていたから当然だ。
心臓が跳ね上がった。顔が熱い。
僕は恐らく紅潮しているであろう顔と耳を隠したくて、うつむいた。
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
さっきのイクトの時より、少し小バカにされているような……気のせいだと思う。
先生の言うとおり、この世界にはいじめをするような悪い奴らはいないんだから。
とっくの昔に淘汰されていて、
クラスメイトは同じ選ばれた人類なんだから、心も素晴らしい人達に決まっている。
今さっきの笑い声をそう感じてしまうのは、きっと僕の勉強不足と、周りより変な事を気にしてしまう性格のせいだ。
「皆さん、先程の授業の通り、祖先は以前より素晴らしい世界を遺してくれました。
我々選ばれた人類はその世界と誇りを受け継ぎ、良い大人になって、後世に引き継いでいく義務があります。
がんばりましょう、返事。」
『はい!!』
僕以外のクラスメイト全員が、元気よく返事をする。
僕は急に名指しされたせいで未だに早打つ鼓動を抑えようと、深呼吸をしていた。
「皆さん素晴らしいぃ返事です。
これだけ素晴らしい返事が出来るなら、
4月から3年生になっても大丈夫ですね。」
AIのむかふさき -選別人類生存を模索する- 鳥崎 せつひ @setsuhi
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