AIのむかふさき -選別人類生存を模索する-
鳥崎 せつひ
00 プロローグ 人類の救いとなれ
「総理!これ以上はもう限界です。遂に決断するときが来たんです。」
「そんな妄言を信じてはいけません!馬鹿げている…!!」
「妄言ではない!人類の為何度も協議してきた事ではないですか!」
「人類の為ではない!お前達が助かりたいだけだろう!」
「反対されるということは、AIに選ばれないと思う後ろめたい心当たりが、さ ぞ か し あるんでしょうねぇ…!!」
「なんだと、貴様!ふざけたことぬかしよって…!そういう問題ではない!
AIに選ばれなかった人々をどうするつもりだ!人権を、人の命を何だと思っているんだ!!」
私は思わず立ち上がり、机を挟んで正面に座っていた川本大臣の胸ぐらを掴む。
胸ぐらを掴んだことで、
相手の白髪も生えておらず、緩やかに七三に整えられた艶やかな黒髪と、
笑い皺以外は目立たない、張りのある顔が嫌でも目にはいる。
奴はメガネ越しにやれやれと言いたげな瞳で、私の顔を見上げる。
白髪が増え、笑い皺より眉間に深く刻まれた皺を寄せ、相手を睨む老いた醜い私が奴の眼鏡に映っていた。
「やめなさい。」
静かに、だがしっかりと決意を感じられる声が響く。
重厚感のある二人掛けのソファが机を挟んでおり、その机と垂直になるところに置かれている一人掛けのソファからだった。
その一人掛けのソファに座っているのは、黒髪をオールバックにし切れ長の瞳に眼鏡をかけた60代半ばの男ー…新井総理大臣だ。
「決断しました。
発表しますので神崎大臣、川本大臣から手を離してお座り下さい。
貴方のされていることは議論ではなく暴力行為です。」
穏やかな微笑みを浮かべ、新井総理大臣は神崎大臣をたしなめる。
「…川本大臣失礼した。
つい熱くなり、不適切な行為をしてしまった。大変申し訳ない。」
私は川本大臣の胸ぐらから手を離し、机に両手を付け頭を下げる。
向かい側から
「はぁーっ。」
と大きなため息が聞こえた。
「まぁ神崎大臣、頭をおあげ下さい。
神崎大臣が頭に血が上りやすい人だってことは、秘書だった僕にもよぉくわかってますので。
歳を召されると大変ですねぇ。
血が上りやすいのに、受け入れる頭が固すぎてすぅぐに詰まってしまう。
そんなんじゃぁ、また倒れて
右の口角をにやりとあげ、つらつらとしゃべる川本大臣が、深々とソファに座った音がした。
私は拳を握りしめ、頭を上げる。
「いやぁ、川本大臣の仰る通り。
家で帰りを待つ妻の為にも、身体には気を使わないとな。自分もまだまだ精進が足りなくて大変申し訳ない。」
なんとか笑顔を浮かべながらソファに腰かけ、拳をより強く握りしめ耐える。
川本の言う通り、私は頭が固いのかも知れない。
だが、今での日本の憲法、歩んできた歴史をひっくり返すようなこの条例だけは通してはならない。
何も知らず、穏やかに過ごしている市井の人の為に。
たとえ、私が悪者にされても。
きっと笙子は、何があっても笑顔で出迎えてくれるだろう、だから私は信念のもと最後まで戦える。
「では神崎大臣が席に座られましたので、発表致します。」
誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
私かもしれないし川本大臣や他の議員かもしれない。
ここから先の発言により、未来は大きく変わる。
「まずはお忙しい中、人々と地球の未来を考えて下さっている皆様に集まって頂き、誠にありがとうございます。
少人数でも実りのある話合いとなり、私は決断することができました。
それではー…
重篤な状態にある地球の環境保護及び人類の発展の為、
早急な対応が必要と判断し、総理大臣緊急時対応特別権限の下
《AI選別人類保護条令》を本日より発令いたします。」
穏やかな笑顔のまま新井総理は告げた。
川本大臣が喜色満面の笑みを浮かべながら立ち上がる。
「総理ー!さすがです!!
さすがのご決断いえ、英断です…!!
今日の事は未来永劫語り継がれる事でしょう!!!
皆様素晴らしき新井総理に拍手を…っ!!」
大きな拍手をし総理を称えた。
川本大臣に倣うように、私以外の者が立ち上がり拍手をする。
ーー…頭がおかしくなりそうだ。
目の前で起きていることが信じられない。
なぜ、同じ思想のもと努力してきた仲間が、AI保護推進派と共に立ち上がり拍手をしているのだ。
後ろに控えていた者まで拍手をしている。
机を強く叩きながら、私はソファから立ち上がり声を荒げる。
「総理!あ、貴方は、そのような馬鹿げた判断をされる方ではなかったでしょう…っ!?
それなのになぜ!?何故このような非人道的な条令を発令出来るんですか!!しかも本日より発令ということは……っ!!」
眼鏡越しの総理の姿にノイズが走り、今まで感じたことのない程の眠気、そして視界が歪みはじめた。
立っているのがやっとで、今にも膝から崩れ落ちそうだ。
私は急いで顔にかけている、 AI搭載型眼鏡 ラピスラズリに手を伸ばし、止まった。
本当に外しても大丈夫なのだろうか…。
ラピスラズリを外せば、急激に襲ってきた異常な眠気と視界の歪みは、解消されるかもしれない。
だが、日本のみならず世界中で人々の生活の安全と幸福の為に作られたラピスラズリは、使用者の身体の状態を健康管理の為、監視システムのマイクロチップが、右の手の甲と左胸のすこし鎖骨寄りに入っている。
これを急に解除した場合、一体どのような影響が身体にでるのか、全く判断ができない。
判断しようと思考を巡らすが、強烈な眠気により意識が混濁する。
ノイズの走った眼鏡越しの視界が、徐々に瑠璃色に染まりあやふやだ。
私はラピスラズリから手を離し、ぐらつく身体を支えるため、ソファのひじ掛け辺りに手を掛けた。
「おぉ…!これが!これがAIによる選別なのですねぇ!!
神崎さんが選ばれなかったのは大変残念ですが、まぁ仕方がないことです!!
頭の凝り固まった頑固なパワハラまがい化石ジジイなんて、選ばれるわけありませんからねぇ!
新しい歴史の第一歩として、貴方が犠牲となるお姿を見れて光栄です…っ!!!
僕達選ばれし人類が、人生を謳歌できるよう祈りながら逝って下さい。」
これがそうなのか?
これがたった今発令された《AI選別人類保護条令》によるものなのか…?
身体だけでなく、何より精神的苦しみを、なんの罪もない市井の人が受けねばならないのか……?
私は川本の言うとおり、血が上りやすく、頭が固い年寄りで、パワハラと呼ばれてもおかしくない事をしてきた。
こうなってしまったのは、身から出た錆なのかもしれない。
だが、AIに選ばれない者は本当に皆、未来に必要ない者なのか?それをAIが判断していいものなのか?
笙子は、笙子と葵はどうなるんだ…?
立っているのがやっとな私に対し、
川本の楽しくて楽しくて仕方がないという、余裕の感じられる声がかけられた。
「神崎さぁん、安心してください…。
選ばれる者かそうでない者か、まだAIが判断出来ていない場合、
家族の内一人でも選ばれない者がいると、家族全員が選ばれないようになっています。
この条令は、少しでも人類を選別し、人口を減らすことが目的ですからねぇ。
人が多すぎると地球環境の保護をしようとしても、反対派が出てきたり、二酸化炭素排出量は減りませんからぁ。
笙子さん可哀想ですねぇ。貴方みたいなジジイのせいで、選ばれない者になるなんて。」
笙子達が私のせいで選ばれない…。
ついに立っていられなくなり、ソファから手が離れた私は膝から崩れ落ち、絨毯に手をついた。
私を信じてくれる愛する家族が、同じ苦しみに曝されるー…私のせいで。
このようなことが今、国中で起きているのか。
こんなことは許されない。
「総理…!なぜ!?なぜこのような非人道的な条令を発令させたんですか…!?
妻は、私の家族は何も悪いことなどしていないのに……っ!!」
なんとか這いずりながら、総理がいるであろう方向に体を向け声を上げる。
「効率の問題です。」
人を人とも思わぬ条例を発令させたとは感じられぬほど、変わらず穏やかな声で総理は答えた。
あぁ総理はそういう人だった。
穏やかでありながら、一度決断したことは揺るがない。
この揺るがない強い精神に、今まで何度も頼もしく思い、救われたものか…。
体を支えていた腕に力が入らなくなり、絨毯に倒れた。
意識を保つのも、もう限界だ…。
せめて…せめて、腹立たしい川本の
机の上に、確か灰皿があったはずだ。
あれを投げれば、まだ多少は傷を与えられるかもしれない。
歪んで霞む瑠璃色の視界で、なんとか机の上を見上げるが、そこに見慣れた灰皿はなかった。
受動喫煙防止の分煙の為、一月前から置かれなくなったのだった。
そのルールを作ったのは、奇しくも神崎本人だった。
あぁ…私にはもう何も出来ることはないのか…。
「神崎大臣。」
穏やかな新井総理の声がする。
「貴方は、人類の救いとなれ。」
私は笙子達の笑顔を思い浮かべながら、ゆっくりと瞼を閉じた…。
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