最終話 さわりし神に救いあり
斯くして戦いは終わった。
多くの犠牲はあれど、世界の理の改変は完全に阻止されたのである。
さて、そんな大きな争乱を経験した僕だったが、その後どうなったかというと……
元通りの、ごく普通の日常を送っている。
まあ、人間に戻ってから玖導励志と殴り合ったせいでかなりの怪我は負っていたのだけれど、それも今ではすっかり治った。
魂の方も、あれからはなんともない。むしろ、前より快調になったくらいだ。
それも当然か。なにせ、この魂の中には妃香華がいるんだから――
巫とは、その後も時々会っている。抑霊衆の拠点は、実は僕の家から自転車で行けるくらいの距離なのだ。というか、今も抑霊衆の拠点に挨拶に来ている。
「麻布さん、いろいろとありがとうございました。あの事件のことだけでなく、事後処理まで手伝っていただいて。おかげで、予定よりも大分早めに、事後処理が終わりました」
「いや、人間に戻った僕が助力できたことなんて、微々たるものだっただろ。お礼されるほどのことはしてないって。
そういえば、マモンの悪魔憑きの
「まだまだ、と言ったところですね。でも、心が回復する兆しは、少しずつですが見えてきました。
きっといつか、マモンの意識がなくても、自立できるようになると思います」
「そうか。そうなったらマモンも喜ぶな、きっと」
そうやって巫と和やかに会話していると、雰囲気をぶち壊しにする奴が現れた。
いや、奴といっても、ある意味自分自身なのだが。つまり――
「おいおい。マモンの悪魔憑きよりも先に、俺を心配するべきじゃないか? 仮にも自分自身なんだぜ」
まあ、実際に僕の負の側面、いわば裏側の部分なのだから、その呼び方で正しくはあるのだが、やはり釈然としないなあ……
先日、ついに櫛から脱してもある程度は活動できるようになったらしい。まあ、力の方は完全に失われ、今や神どころか下級霊程度の力しかないらしいが。
「あーそうだな櫛から出れておめでとー」
「なんだその棒読み!? ふっ、まあでもそれでこそだ。
一度互いを認め合ったとは言え、どのみち俺たちは相容れない存在。自分を嫌悪してこその
「あーまた今度な」
「投げやり!?」
うん、いやまあ前々から面倒臭い奴ではあったが、こんな奴だったっけ? これじゃあ負の側面というより、ただのポンコツ野郎である。
こんなのが自分自身だとは認めたくない。僕を妃香華の元へ行かせるため、ボロボロの身体で素戔嗚に立ち向かった
「まあまあ、裏麻布さんは久しぶりに櫛から出られてテンションが上がっているんですよ」
「なるほど。それじゃあ仕方ないな」
「なんだ! その生暖かい目は! やめろ、俺をそんな目で見るな気持ち悪い!」
なにせ、目の前にいるだけで互いに嫌悪感が湧いてきたほどである。それが、こうやって話せるようになったのだ。
あの戦いでお互いの気持ちを理解したからか。マモンや素戔嗚から、僕と妃香華を庇ってくれたからか。あるいは、僕自身が自分の負の側面を、赦せるようになったからなのか。
それはわからないが、こうして平和に話せることが今は何よりも嬉しい。
「……なんていうか、ありがとな」
「ふん……自分の負の側面に礼を言うとは変わった奴だな」
「
「うるせえ。さて、ちょっかいも出したとこだし、俺もお
そう言って、
ちょっかいを出すというより、多分僕に挨拶に来てくれたのだろう。
まったく、素直じゃない奴だ。とはいえ、あいつの性格の大元は僕なので、あまり言うとブーメランなのだが。
ともかく、また巫と二人きりになった。
なら、言っておくべきことを言っておかないとな。
「さっきはあいつにありがとうって言ったけどさ、僕は巫にもすごく感謝してる」
「私に、ですか……? いえ、私は感謝されるようなことはしていませんよ。
むしろ麻布さんには何度も助けてもらいましたし、こちらこそ感謝しています。
それに、私のせいで麻布さんはあんな事件に巻き込まれてしまったのですから……」
「巻き込まれてしまった、か。でもさ。むしろ僕は、巻き込まれて良かったと思っているんだ」
「……と、いうと……?」
「僕は妃香華が死んでからの三年間、ずっと時が止まったようだったんだ。
さわらぬ神に祟りなしと思い、あのとき妃香華を助けなかった。関わろうとしなかったんだ。
その結果妃香華は死に、僕はもういない妃香華を追い求めるようにして、止まったままの時間を過ごした。
そんな中、巫と素戔嗚が戦っているところに出会ったんだ」
素戔嗚、か……。あの神様ともいろいろあった。死力を尽くしての殺し合いから始まり、天使たちに僕と妃香華が狙われていたときには、他の神々を引き連れて助けに来てくれた。
最初に戦ったのが、あの神様で本当に良かった。
「神になって、そして妃香華と再会した。
妃香華と
そして妃香華の魂は、今
あれから、僕の中には暖かいものが常にある。
これは、妃香華がたしかに存在したことの証。
妃香華が死んでしまったことは悲しいし、妃香華にはずっと生きていてほしかったというのが本心だ。
でも、過去は変わらない。妃香華が死んでしまった事実は変わらないし、もちろん、妃香華が過去に生きていた、たしかに存在していた事実だって変わらない。
「僕はさ、あの経験があったからこそ、もう一度妃香華と会って、心を通わせることができたんだ。
妃香華の死を、本当の意味で、受け止めることができた。自分なりに、気持ちの整理をつけることができた。
そのきっかけをつくってくれた巫には感謝しかない。
だから……ありがとう、巫」
「こちらこそ、ありがとうございます。あなたと出会えて本当によかったです、麻布さん」
そう言って、巫は微笑んだ。
神になってから、本当にいろいろなことがあった。
苦しいことも、悲しいことも、たくさんあったけれど。
でもあの経験がなかったら、今の僕はなかったと思うから。
さわらぬ神に祟りなし。そう思って巫と素戔嗚の間に割り込まなかったら、今も僕は妃香華の死を引き摺って、ずっと止まった時間の中を過ごしていただろう。
でも、あそこで勇気を出したからこそ、こうして前を向いて歩くことができているのだ。
一言で言うのなら、さわりし神に救いありと言ったところだろうか。
ともかく――
ずっと止まったままだった僕の時間は、ようやく動き出した。
魂を託してくれた妃香華が安心できるように、僕はこれからの人生、前を向いて歩いていこう。
さわりし神に救いあり 白き悪 @WeissVice
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます