19話 やっぱり胸が大きいほうがいいんです?
勇者は優しくなかった。
メガリスはいい子だと思ってたのにショックだ。というか、レイはなにもしてないくせにがっつり食べられるとか、ないわ。いや、俺は自分に負けたんだ。もう勝ち確定だと勝手に決めつけたことが敗因。ルナは諦めていなかった。気持ちの差だろう。
夕食の時間、ローレンだけ寝室にいた。目の前で食べている光景を眺めるだけとか拷問だ。植物少女が味わったことを自分も味わいたくない。
少しして、三人は戻ってきた。
「いや~。うまかった、うまかった~」
ルナはお腹に手をやり、わざとらしく声をあげる。さらに、ポンっと肩に手を置くのはレイだ。そして諭すような口調で、わかったかのようにこう言った。
「ふっ。負けるような戦いは最初からしないほうがいい。わかりましたか?」
うるせえっ! お前なにもやってないだろうがっ! と殴ってやりたかったが、その拳は封印した。代わりにむかつく度マックスだったのでメガネをとってやった。
「ああっ! なにするんですっ! 返してください!」
メガネをしているやつはメガネが弱点。自ら弱点をさらけ出しているようなものだ。そのことに気づいてないのもまた、メガネのバカなところ。そして、メリットとしては、女性ならメガネをとると可愛かったりすることだ。
「返してくださいって言ってるんです!」
腕を伸ばし、顔に頭突きをしてくる魔法使い。酷い攻撃になる前に、返してやった。相棒を返してもらったレイは、ふーふーとメガネに息を吹きかけて、ローブで拭う。
「まったく…。子供みたいなことをする人です」
子供みたいな顔のやつに言われたくない。
「お前らな。俺が食えないことに対して、可哀そうだと思わないのか?」
「思わないぞ! これっぽっちも思わないぞ!」
「思いません。勝負に負けたローレンが悪いです」
「くっ…。お前らな。…まあ、いいや。腹が減ってるから余計疲れるだけだし…」
「あれあれえ? 今日のローレンはなんか弱いです。ふふ…。弱ってる人を見るのは楽しいです」
余裕の表情を見せるレイ。
趣味の悪いやつめ。地獄に落ちろ。
「まあまあ…。その辺りにしておいて、先にお風呂でもどうですか?」
「そうします。では、お先に失礼」
下着類を持ち、レイは部屋を出ていった。
「先ほど確認したところ、大きなお風呂なので、ルナも一緒に入れますよ」
「そうか。どのくらい大きいのか、確かめなくてはな。我も入るぞ」
ドタバタと着替えを持って、レイの後に続くルナ。うるさい二匹が消えてホッとする。
あいつら二人同時に入って大丈夫なのか? ケンカしたりしないよな?
余計な心配をしていたところ、メガリスが口を開く。
「明日は本にも書かれてあったように、ここから北に位置するメキルという街に行きます」
「水晶探しだな」
「はい。百年も前の記述なので、まだ保管されているかどうかはわかりませんが…。行ってみる価値はあると思います」
「そうだな…。ちょっと思ったんだが、魔王って蘇らないようにする方法はないのか?」
百年に一度繰り返される魔王の登場。倒しても復活するのならばキリがない。根本的な問題の解決になっていない。
「下でもその話はしました。今のところその方法はわかっていません。倒してから、その魂を封印する…。その方法で何とか百年復活を阻止するということしか…」
「そうか。となると今回も封印する賢者がいるんじゃないか? 釣りしてたあの子は?」
「あの子は賢者の子孫ですが、高い魔力は持っていないようです。おばあさんも同様ですね。レイに任せてもいいかもしれません。それと…」
「ん?」
「ローレン。下の食卓に魚の塩焼きの余りがありますよ。今のうちに、こっそり食べてくださいね」
「メ、メガリス!」
彼女の微笑みが、ローレンには輝いて見えた。
腹が減っていたときの魚の塩焼きは抜群にうまかった。山菜の煮物もあっさりしていて歯ごたえがあり、おいしい。満足して寝室に戻ると、レイが風呂から上がったのか、パジャマ姿だった。ルナはまだ風呂のようだ。
「ローレン! ちょっと聞いてください!」
レイは顔を見るなり詰め寄ってきた。不快そうに眉を寄せ、噛みつかんばかりの勢いに圧倒される。
「ルナのバカが酷いんですっ」
「どうした?」
すでに事情を聞いているようで、メガリスは苦笑いを浮かべている。
「胸がないからって、からかってきたんですっ! ないってなんです!? 私だって少しぐらいはあります!」
「お、落ち着け…」
「自分が偶然、たまったま、胸が大きくなったからって偉そうにっ! 戻ってきたらやつを叱ってください!」
「わかったよ。だから座って落ち着けって」
「ふん」
レイは乱暴にふとんの上に座る。
やっぱりこうなったか。犬猿の仲の二人が一緒にお風呂に入るとか、ケンカにならないほうがおかしい。
鼻息荒く興奮している様子のレイだったが、ルナに言われて疑問が浮かんだようで口を開く。
「…ローレン。質問があるんですけど」
「なんだ?」
「胸の大小について、男の人ってどう思ってます?」
「え、ええ!?」
「答えてください。やっぱり胸が大きいほうがいいんです?」
そりゃまあ、な。
しかし、ここであたりまえだと肯定すれば、落胆させることになる。ここはさりげなく希望を持たせるようにしておくか。
「俺はそうだな。でも、中には小さいほうがいいっていう男もいると思う。そういう男も少なくないんじゃないか?」
「なら、小さくても大丈夫なイケメンを探します。これからの課題はそこです」
ルナは風呂から戻ってきた。湯気を大量にまき散らしながら、入ってくる。
「ふう~。いいお湯だったぞ」
レイはローレンを見た。
頼みましたというより、さっさと叱れといった具合だ。
なんで俺が…。
「ルナ。ちょっといいか?」
「なんだ?」
「レイの胸のことなんだが…」
「ああ。このメガネ。見事にぺったんこだったぞ」
ニヤニヤと笑い出すルナに、怒りが再燃したのか、レイは立ち上がる。
「少しぐらいはあります! 失礼です!」
「…というわけだ。ルナ。ここは一言謝るべきじゃないか?」
「むっ。なぜだ? 事実を言っただけだろう」
「その事実が心を傷つけることがあるんだ」
「脆弱なメガネめ。心すらも脆弱なのか」
「くっ…。バカのくせに…。おっぱいでかいからって何なんです? なんの努力もしてないことを誇るなんて、バカのやることです」
「キャハハ。そういうのを何というか、知っているか? 負け犬の遠吠えと言うのだ」
「ま、負け…。負けてなんかないですっ」
「まあまあ、落ち着けって」
なんとか仲裁しようとするが、怒りの矛先はローレンに向かった。
「ローレン! ローレンが厳しくしないからです」
「ええ!? 俺?」
「一緒に暮らしていたんですよね? しつけがなってないです!」
しつけって、ルナは俺の子供か。
「キャハハ。バ~カ、バ~カ」
「ほら見てください。あれはダメな子供です!」
「バ~カ」
レイは枕を持ってきて、ルナの顔面に投げつけた。
「ぶわっ! なにをする!」
「バカはあなたでしょ! バ~カ!」
「この! 下等生物の分際で、我を攻撃するとはいい度胸だ」
ローレンを盾にするレイ、つかみかかるルナ。ローレンを中心に拳が飛んできて、ケンカが始まってしまった。
「お、お前ら。やめろ」
「くのっ! 脆弱ぺったんこメガネめ!」
「胸でかいだけの大バカ女!」
バタバタバタバタッと慌ただしい二人。その様子を見ていたメガリスは、今までニコニコと子供を見守るように静観していたが、フッと表情が変わった。
「こらっ!」
メガリスの大きな声に、二人はビクッと肩を揺らす。珍しくキリっとした表情をしているところは勇者っぽい。
「…二人とも、住んでいる方に迷惑ですよ。これ以上、暴れるようでしたら外でやりなさい」
「「…」」
「いいですね?」
「「はい…」」
普段温和な人が怒ると怖いというのはこういうことか。いや、これが勇者の力? ていうか母親みたいだったな。
レイとルナは自分のふとんに戻り、それから一言も言わずに寝ることになった。
勇者パーティに極悪四天王が紛れている kiki @satoshiman
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