18話 賢者の子孫と釣り対決

「どうもありがとう」

 おじさんからお礼をいわれ、別れた。四人は分岐のところまで進み、右へと進む。それから先は迷うことはないので楽だった。森を抜けた先には湖があった。橋がかけられ、その先に平屋の建物が見える。

「あれですね。賢者様の子孫がいるのは」

「やっと着きましたか。疲れました」

 橋を渡り、先頭のメガリスはドアをノックした。

「はい」

 出てきたのは、黒髪ショートカットの若い女性だった。小麦色の肌に長袖長ズボンを着て、どことなくボーイッシュな雰囲気を持つ。

「すみません。突然お邪魔して。賢者様の子孫のかたですか?」

「ええ。そうですが、あなたは?」

「私はメガリスといいます。魔王を倒すために旅を続けています」

「まあ、あなたがそうなんですかっ。どうぞどうぞ。中にお入りください」

 彼女は温かく迎えてくれた。室内は木の香りが漂うところで、いくつかある部屋の内の居間に通された。テーブルと、それを囲うようにイスが五つ用意された。ローレンたちは座り、彼女も座る。

「ここに来たってことは、つまり、魔王を倒すための方法を聞きに来たんですか?」

 メガリスは「はい」と返事をする。

 話が早い。まるでこのことを予見していたかのようだった。

「ちょっと待ってくださいね。おばあちゃんを呼んできますので」

 彼女はバタバタと急ぎ足で二階へと上っていった。少しして、しわしわの老婆がやってきた。紫色の派手な長袖が印象的だった。

「お主ら、勇者か?」

「私がそうです」

 メガリスは控えめに手をあげた。

「そうか。やっと、書物が役に立つ日が来たということか…」

 おばあさんは感慨深いのか、遠くを見つめるような目をしていた。そして、メガリスたちを見下ろす。

「ついてきなさい」

「おばあちゃん。賢者様の本だね」

「そうじゃ」

「私、鍵を開けてくるよ!」

 彼女はバタバタと駆け上がっていった。

「ほっほっほ。あの子はねえ。待っておったんじゃよ。あなたがたが来ることをな」

「そうなんですか」

「そうじゃ。魔王の封印が解け、もしかしたら勇者が訪ねてくるかもしれない、と私が言ってしまったからな」

「来てよかったです」

「そうじゃな。私も待っておった。子供のときからずっと、な…」

 ギシギシときしむような音がする階段を上がり、廊下を歩く。奥の部屋のドアは開いていた。その前に少女がいて、ニッコリとしている。

「どうぞ、どうぞ」

 そこは狭い部屋だった。本棚が三列並び、そこに分厚い本が置かれている。哲学書とか歴史の本のタイトルが見られる中、奥の下のほうにあった本を取り出す。表紙はボロボロで、茶色く変色している。破れた部分はテープで補修してあった。近くのテーブルに置いて、広げる。それを四人がのぞき込んだ。

「魔王を倒す方法は…。ふむふむ。この辺りのページか」

 ページをめくり、老婆は書かれている文章を読み上げる。

「魔王は聖なる力に弱い。なので聖属性の魔法ホーリーが有効のようじゃ。あとは聖属性の勇者の剣か。それと、力を弱めるためのアイテム、聖なる水晶が北のメキルという街に保管されているそうじゃ」

 聖なる水晶、メキル。勇者の剣は紛失してしまったから、次に行くのはそこか。

「その他、色々書いてあるようじゃな。持っていくかい?」

「いいんですか?」

「私が持っていてもしょうがないからのう」

 メガリスは老婆から書物を受け取った。百年前に記録したものが、こうして次の勇者に渡されていく。その前のときも、百年前の賢者の書物が役に立ったのか。そう考えると感慨深かった。歴史は繰り返される、ということか。

「今日は泊まるんじゃろう?」

「泊まっていきなよっ」

 少女の大きな声が響いた。メガリスはチラッとローレンたちを見る。彼はうなづき、レイ、そしてルナもうなづいた。

「それではお言葉に甘えさせてもらいます」

「やったっ。おばあちゃん。食事の用意しないとっ!」

 バタバタバタと、今度は下に下りていった。

「ほっほっほ。これこれ。走り回ると危ないぞ」

 笑顔になったあと、老婆は寝室に案内してくれた。四人が泊まるには小さな部屋だったが、ふとんは各々あるようだ。夕食の準備ができたら呼ぶと言って、老婆は下に下りていった。ローレンはリュックを置き、床に座った。メガリスは窓を開け、新鮮な風と湖の光景を楽しんでいる。

「高待遇ですね」

 レイがポツリともらした。

「我がいるのだ。当然だな」

 夕飯までまだ時間がある。周囲をぶらっとするもよし、疲れを癒すのもよしのフリータイムになった。レイは疲れたといって、一人だけふとんを準備して寝転がった。寝る子はよく育つ…というが、胸の成長は今後に期待か。

「ローレン。今夜は肉料理か?」

「知らん。さっきのおばあさんに聞いてみろ」

「むっ。ローレンが聞いて、我に報告するのが筋だろう」

「わけがわからん。どういう筋だ」

 いつもの調子で、「我に肉料理を食わすがよいわ!」とか老婆に言えばいい。あちらさんがどんな反応するのか想像できないが。

「あっ。ちょっと私、外に行ってきますね」

 窓から下を見ていたメガリスはそう言うと、部屋を出ていった。心配なのでローレンもついていく。いつの間にかいなくなる、なんてことは彼女にとって普通だからな。

 外に出ると、少女が魚を釣っていた。

「あ、お姉ちゃんたち。今日は魚料理だよ」

「そうなの? 楽しそうだね」

「うん。魚釣り、好きだよ、私」

「ふむ。魚か。悪くない。クックック…。許してやるか」

「え?」

 少女はポカンとしていた。

「あ、こいつの言うことは気にしないでくれ。バカだから」

「バカはお前だ!」

 ウーっと犬のようにうなるルナ。

「私も釣り、できますか?」

「釣り竿ならあるよ。勇者様。お連れのかたもどうですか?」

「じゃあやろうか」

「やるぞ!」

「どうせだったら勝負しませんか? 夕食まで何匹釣れるか」

「ほっほ~」

 ローレンは得意気な表情を見せた。

「魚釣りの達人である俺に敵うとでも?」

「やってみないとわかりませんよ」

 怯まないのはさすが勇者だ。

「勝ったらどうするんだ? なにもなしだとモチベーション上がらないだろ」

「そうですね…。一日限定で勇者カードを持っていい、とか」

「よしっ!」

 ルナは目をキラキラさせ始めた。

 そいつはいいと思ったが、ちょっと待て。

「それって、メガリスが勝っても意味ないんじゃないか?」

「あ、そうでした」

 うっかり、うっかりといった様子で舌をペロッと出した。こういう仕草はメガリスだからこそ許される特権だ。ルナやレイがやってもむかつくだけだしな。

「肉、山盛り!」

「お前しか喜ばんだろうが。ん~。勝ったらとかじゃなくって、最下位は罰ゲームにするか? 負けたやつはレイの上にのしかかって起こすとか」

「それは可哀そうですよ。じゃあ、夕食抜きで」

「…マジで?」

「ごくり」

 ニッコリ笑顔のメガリス。そして生唾を飲みこむルナ。

 それも十分可哀そうだと思うが。ていうか、自分は絶対に負けない自信でもあるのか?

「じゃあやりましょうか」

「うおおおおおおおっ!」

「ぬおおおおおおっ!」

 これは負けるわけにはいかんな。夕食抜きと笑顔で言うとか、さすが勇者。凡人とは違うぜ。

 釣り竿と魚を入れるバケツ、エサのセットを持ち、釣り場を探し回ることから始まる。しかし、俺には秘密兵器があるのだ。

「アルル~。魚がいそうな釣り場、どこかな?」

 優しく声をかけてあげる。

 …あれ? 反応なし? そういやまったく会話してなかったし、もしかして拗ねちゃったとか、そんなことないよな?

 胸ポケットに視線を向けると、その中でぐっすりと寝ているアルルがいた。

 ね、寝ている、だと?

「アルル。おい。起きろっ。まずいって、今起きてくれないと非常にまずい」

「ん? なに? 賢者様の家には着いたの?」

 どこから寝てたんだお前は。

「そうだよ。起きろ。いますぐ俺のために起きて仕事をしろ」

「ん~。ピンチっぽい状況じゃないし、もうちょっと寝るよ~。おやすみ~」

「おいっ! 寝るんじゃない! お~い!」

 ローレンの叫びを無視し、彼女はすうすうと寝息を立て始めた。

 くっ…。こんな時間に寝るとは…。夜、眠れなくなるパターンだろ、それ。

 しょうがない…。アルルが寝ているのは誤算だったが、長年釣りはやってきたんだ。釣れないほうがおかしい。適当に投げ入れても大丈夫だろう。食いついてくれればこっちのものだ。

 エサのミミズを針に通し、湖に投げ入れた。しばし待つ。糸が引くまで待つしかない。他の奴らはどうしているだろうと周りを見る。メガリスは少女の近くで釣っていた。そしてルナは遠くのほうにいる。

 そういやあいつ、一回エサをつけずに釣りをし始めたときがあったな。あいつには悪いが、今回はアドバイスなしだ。真剣勝負だからな。エサをつけずに釣ろうとしても知ったことではない。俺の胃袋を満たすほうが優先される。しかし…ルナが夕食抜きだったら暴れそうだな。それとも次の日、なにも行動できず死人みたいな顔をしているか。

 バシャバシャ。

 さっそく釣り上げたのはメガリスだった。幸運の女神は彼女に微笑んでいるのだろうか、早い。

「さすが勇者様」

 少女の誉め言葉に少し照れたように白い歯を見せる。

 く…。早くかかってくれ。でないと大変なことに…。

 願いは届いたのか、糸がピクッと引かれた。

 来たぜっ!

 糸を巻き上げ、魚を釣り上げた。それは、見たこともない小さな魚だった。毒はなさそうだが、釣り上げたことに変わりはない。これで一匹か。大きな一匹だな。

 遠くのルナをチラッと見る。まだ一匹も連れてないようで、焦りが顔に出ていた。そうこうしているうちにメガリス、そしてローレンも立て続けにヒット。

 はは。これは最下位ルナだな。いや~。悪いなルナ。でもこれは真剣勝負。仕方ないことだ。ま、可哀そうだから夕食の残り物とか後で少し分けてやるか。

 完全に油断したのか、ローレンはそのあと、ルナの様子を気にすることはなくなった。

 夕方になり、辺りは薄暗くなってきたところで、勝負終了となる。三人は集計するため、魚が入ったバケツを並べた。

 ガチガチガチガチ…。

 ルナはびしょ濡れだった。歯と体を震わせ、髪や服から水が滴っている。

「なにしてたんだお前」

「…落ちた」

 どうやって落ちるんだ。魚に引っ張られたのか?

「じゃあ、カウントしますね。まずは私から…」

 バケツをのぞき込み、数を数える。

「えっと、五匹ですね。次はローレン。一、二…四匹です。これで私の負けはなくなりました。最後はルナ。…え? 八匹!?」

「なっ!?」

「クション!」

 ルナは大きくクシャミをして、鼻水を垂らした。それを乱暴に指で拭く。

「クックック…。わ、我の勝ちだ…」

 あそこからどうやって八匹も? そういやしばらくいなくなってたような…。さては…。

「お前…湖に入ってとったな? 素手で」

「は? なんのことだ? 我にはさっぱりわからんな。それより我は寒くて死にそうだ。暖をとりたい」

「そういうことなら暖炉があるよ。こっちこっち」

「うむ。よかろう…。うう…さ、寒い…」

 ルナは家へと戻っていく。ブラがうっすら透けた背中を眺める。そしてルナのバケツの中身を確認した。確かに大きめの魚が八匹入っている。

 最下位は俺? ってことは、夕食なしは俺? いやいや、なしだろ。釣りしてないだろ、ルナは。こんなの無効だ。

「メガリス。こんなの無効だよな? 罰ゲームはなし、だよな?」

「え? それはダメですよ。決めたことですから」

「そ、そんな! 勇者に慈悲はないのか!?」

 非難するような言葉に、メガリスはニッコリと女神のような顔でこう答えた。

「ありません」

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