17話 植物少女におしおき

 宿屋の入り口に商人のおじさんは待っていた。

「今日はよろしくお願いします」

「よろしくな。さっそく行こうか」

 彼は迷いの森の案内人。彼について行けば大丈夫だ。ローレンたち四人はリュックを背負い、一日遅れで西の森へと入っていった。看板には「これより危険! 迷いの森」と書かれていた。しかし、今は商人のおじさんがいるので大丈夫だ。ローレンたちはおじさんの背中を追っていくだけだった。また、アルルに道を覚えてもらえれば、帰ることになっても困らない。彼女には定位置となった胸ポケットで顔を出し、覚えることに徹してもらう。

 森の中は奥に行くにつれて通りにくくなっていった。道幅は狭くなり、いくつもの分岐があり、木の根っこが行く手の邪魔をするように地面から生えている。うっかりするとこけてしまいそうだ。

「ぐえっ!」

 後ろを向くとレイがこけていた。

「キャハハッ! ドジなやつめっ! ぐあっ!」

 油断しているバカに天罰がくだったのか、ルナもこけた。

「ここらで少し休憩しよう」

 二時間ぐらい歩いたところで、開けた場所があったので休憩となった。おじさんは小さなリュックを下ろした。昨日見たように大きなリュックではなく、入っている荷物も少なそうだ。聞くところによると、重い荷物は宿屋に置いてきているという。ローレンたちを案内したのち、シオンタウンに戻るとのこと。元々西のほうに用はないのだとか。人のいいおじさんだ。

「ちょっとお花を摘みに行ってきます」

 メガリスはそう言ってから、茂みのほうに行こうとした。

「ちょっと待ってくれ」

 危ない危ない。彼女を一人にすると迷うからな。誰か付き添いが必要だ。適任は…。

「レイ、メガリスと一緒に行ってくれ」

「連れションですか。わかりました」

 連れションって、お前もなのか。しかし、品がな言い方をするやつだ。

 二人はがさがさと茂みをかき分けて進み、見えなくなった。

「食える花なのか?」

 意味がわかってないやつが一人いた。

「トイレだよ。トイレ」

「? 花を摘みに行くのだろう?」

「それがトイレに行くっていう意味だ」

「面倒くさい言い回しをするやつだ」

「ちなみに、なぜお花を摘みに行くというのか、わかるかな?」

 おじさんは謎かけしてきた。

 なんでだろう? そういえば知らないな。

「それは、しゃがんで用を足している行為が、花を摘んでいる姿にそっくりだからだよ」

「へえ。そうなんですか」

「俺たちはその辺りだったらどこでもできるが、女性は面倒だよな」

「そうですね。ところでおじさん。ここには何回も来てるんですか?」

「今回で五回目かな。最初は迷いかけたけど、回数こなすと慣れてくるから平気だよ」

「俺たち、この森に関しての情報はほとんどないんですけど、熊とかは?」

「熊!? 出るのか?」

 おちつけ。それを今聞いているんだ。

「いや、見たことはないな。ただ、人の形に似た魔物がいるようだ」

「どんな魔物なんですか?」

「遭遇したやつの話によると、つたをまとった少女なのだとか…」

「少女?」

「そう見えるらしい。くわしいことはわからないな」

 メガリスたちが無事戻ってきたところで、ローレンたちは進むことになった。そこから雲行きが怪しくなってきて、小雨になる。準備していた雨合羽を着て、進んでいく。もうすぐお昼の時間帯なので、少しお腹が減ってきた。おじさんの足が止まった。分岐があり、右のほうを指さす。

「こっちに行けば一本道だ。迷うことはないだろう」

「おじさんはすぐに戻るんですか?」

「ああ。街に戻って商売だ」

「ありがとうございました」

 おじさんとは手を振って別れた。さてと、そろそろ休憩にしようかと思っていたが、ちょうどいい場所はない。

「少し歩いて飯だな」

「肉食うぞ。肉。ローレン、当然我の肉は持ってきているんだろうな?」

「ああ。少ないがな」

「なんだとっ。我の腹をすかすことは大罪と知れ」

「お前は食いすぎだっての」

 くだらない話をしている、そのときだった。

「うわあっ!」

 後ろのほうから叫び声がした。おじさんの声に違いない。メガリスと目を合わせると、彼女はこくんと首を縦に振った。四人はおじさんの悲鳴が聞こえたところまで戻った。そこにはツタに絡まって身動きが取れなくなっているおじさんがいた。ツタを操作しているのは少女だ。いや、人間ではないだろう。肌の色は緑で、頭の部分には大きな花が咲いている。ローレンたちを敵だと認識したのか、ツタをからめたおじさんを浮かせ、盾にするように身構えた。うねうねと太いツタが近づくものを待っているかのようだ。

「レイ。おじさんをテレポートできるか?」

「…魔物との距離が近すぎて、難しいです」

 期待した回答が得られず、がっかりする。が、すぐに頭を切り替える。

 俺の精霊剣では、下手したらおじさんに当たってしまうかもしれない。そうなれば大ケガだ。かといって火の魔法も危険か。おじさんごと引火して燃えてしまう。となると、メガリステレポートか。ドラゴン戦で戦ったときのようにすればいい。

「レイ。メガリスをやつの背後に転移してくれ。メガリスは背後から攻撃だ」

「「はい」」

 なんか俺がリーダーみたいになってるが、今更気にしてもしょうがない。従ってくれるうちは、このポジションでいいってことだろう。

 にらみ合うローレンたちと植物の少女。魔力が溜まったのか、レイは杖を振るう。

「テレポート!」

 メガリスは消え、そしてすぐに少女の背後に移動した。鞘から剣を出し、振り上げた。しかし、あと少しのところでツタに足をとられ、身体を上に持ち上げられる。

「キャア!」

 メガリスから悲鳴が上がった。持っていた剣が地面に落ち、柔らかい音を立てる。彼女が着ているのはスカートだった。なので、下のショーツは丸見えである。それを見られまいと両手でスカートがめくれないようにするのが精一杯だった。

 なるほど、ピンクか。じゃなくって!

 俺はどうかしている。観察している場合ではない。といっても他に策はなかった。このままにらみ合いしててもしょうがないし、どうする?

 そんなとき、近づいていったのはルナだった。

「おいバカ! また変なことをするつもりか!」

「我を誰だと思っている」

「バカです」

「黙れメガネ」

 ルナは植物少女に近づく。距離にして三メートルほど。その間におじさんがもがき苦しんでいる。

「た、助けてくれー!」

「クックック。脆弱な人間め。我の力、見るがいい!」

 またバカなことをするのだろう。どうせ口だけだろう。そんな予測でルナを眺めていた。彼女は手をかざす。赤い火がメラメラと燃え、それはまるで生きているかのようにおじさんを避けて少女へと迫った。すかさずツタでガードするが、火は植物をよく燃やす。あっという間に燃え広がり、やがて、おじさんがツタの拘束から解かれ、地面に落ちた。メガリスも同様に地面へと落ち、「キャッ!」と悲鳴を上げる。ツタが全部燃えたあと、残ったのは手のない緑色の少女だけだった。足の部分だけはウネウネと柔らかい枝のようなものが動いている。

 こいつ…こんな力があったのか。

 最初に見たとき、ルナはローレンを攻撃しようと手をかざした。そのときはなにも起きなかった。しかし、今は違う。これが彼女本来の力なのだろう。

「キャハハッ! さて…脆弱な魔物よ。我に逆らったこと、後悔してもらうぞ?」

 ガタガタガタガタ…。

 植物少女はあきらかに怖がっていた。怯えた目をして、体を震わせている。迫るルナ、下がる少女。背中に木がぶつかり、もはやこれまでと目をつぶった。

「ちょっと待ってください」

 やめさせたのはメガリスだ。その場にローレン、レイも集まる。

「可哀そうですよ。逃がしてあげましょう」

「なんだとっ!? 正気か? こいつは我たちに危害を加えた魔物だぞ?」

「でも、だからといって無抵抗の魔物を殺すことはないですよ」

「む…。ローレンはどうなんだ?」

「俺は…。メガリスに従う」

 正直、ルナの言うこともわからんでもない。危害を加えたのは確かで、ここで逃がしたらまた、人間を襲うことになるのではないか? という危惧がある。しかし、それはなにか違うんじゃないかという気持ちもある。見た目がちょっと可愛いからというのも影響しているかもしれない。

「私は」

「お前の意見は聞いてない」

「なっ」

 レイは眉を寄せ、不快感をあらわにした。

「むう…。しかし、我の邪魔をしたのは事実。このまま返すわけにはいかん。おしおきが必要だ」

「おしおきってなんだ?」

「クックック。世にも恐ろしいおしおきだ。これを体験すれば、どうしようもなく狂ってしまうかもしれない。下手すれば、精神が崩壊する」

「な、なんだそれは?」

 ゴクリと唾を飲みこんだ。

 そんな恐ろしいおしおきがこの世に存在するのか? 体の一部を切り取るとか、爪をはがすとかだろうか? それはもはやおしおきではなくて拷問だ。


 ジュー!

 おじさん含め、四人は昼飯時間になった。持ってきた肉を鍋に入れて焼く音、香りが辺りに舞う。そのおいしそうな匂いは、木にしばりつけられた植物少女の元にも届いていた。今日のお昼はカレーだ。みんな大好き、カレーだった。飯盒で炊いた米に、ドロドロの肉入りカレーをなみなみと注ぐ。

「クックック…」

 ルナはおいしそうなカレーを、みんなの前では食べなかった。植物の少女の近くに行き、スプーンでカレーを吸い上げる。そして見せびらかすように少女の顔近くまで持っていく。少女の口から大量のよだれが出始めた。グーとお腹が鳴る。

「どうだ? 欲しいか? ん~?」

 人の言葉はわからないようで、そのおいしそうな食べ物を目で追っていく少女。スプーンを近づけるだけ近づけさせてから、ルナはパクっと自分の口の中に入れた。

「んまあ! これはうまいなっ!」

 いかにもおいしそうに味わうルナを前に、口を開けて待つ少女だった。再びスプーンでカレーをすくい上げ、鼻近くまで持っていく。

「欲しいか? ん? 欲しいですと言うのだ。この下級な魔物よ」

 くれという意思表示なのか、少女はパクパクと口を開閉する。

「しょうがないな。一口だけ、あげ…るわけないだろっ! バカめ!」

 フェイントである。カレーはまたしてもルナの口におさまった。その光景を後ろから眺めているのは、おじさんを含めた四人だ。

 あれは腹が減っていたら確かに気が狂いそうになるかもしれないな…。軽いおしおきだが、本人にとっては地獄かもしれない。

「なんか可哀そうです。酷いことしますね。ルナは」

 レイの言うとおりだが、食べさせるのはやめたほうがいい。そうなると、人間は食べ物を食べさせてくれる存在だと認識し、人間に近づいてしまうからだ。ただ、見ていて気分のいいものではないし、やる意味もない。しいていうならルナの気晴らしのため。なので、そこそこで解放してあげようと思い、ローレンは立ち上がった。

「おっと。カレーが地面に落ちてしまったぞ。どうしようかな? ん? なんだ? 欲しいのか? 地面に落ちたやつだぞ? 卑しいやつめ!」

 ルナに近寄ったローレンは声をかける。

「その辺にしておけ」

「むっ。今はおしおきの最中だぞ。黙っておれ」

「あまりすると逆効果だぞ」

「うるさいな。我に指図するな」

「お前考えてみろ。仮に、お前がこんなおしおきされて、どういう感情が湧く?」

「…」

 植物少女に感情があるかどうかは不明だが、ルナは黙った。食べ物に関してはうるさい彼女なので、その質問は胸に響いたようだ。

「な? だから解放してやれ」

「しかたないな…」

 ローレンはナイフでロープを切断した。少女はだだだだっと一目散に茂みへと逃げていった。

「ふん…。二度と我の前に現れるなよ」

 ルナは静かにそう言った。

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