16話 ラブマックス

 少ししてドアが開いた。メガリスとレイが部屋に帰ってきた。

「ふふふん」

 やたら上機嫌のレイは、ベッドに腰かける。機嫌のよさ、その理由は見当がつく。メガリスに視線を合わせるが、彼女は床に視線を落とした。

「なにを買ってもらったんだ?」

「え? なんのことです?」

「ポケットの中、見せてみろ」

「な…。嫌です」

「いいから見せてみろ」

「嫌です!」

 レイはどうしても見せないようで、警戒して距離を開けた。

「メガリス」

 ローレンは事情を知っている彼女に向けて言った。レイの顔色をうかがうように見ながら、口を開く。

「ちょっとしたものを一つだけ…」

「ああっ! 言わないでって言ったのにぃ!」

 レイは悔しそうに眉を寄せた。

「ごめんなさい」

「メガリスが謝ることはない。で、なにを買った? 別に責めてるわけじゃないぞ。知りたいだけだ」

「…これです」

 しぶしぶといった感じで、レイはハート型のキーホルダーをポケットから出した。

「なんだこれ?」

「え? 知らないんです? 遅れてますねえ…ローレンは」

 メガネを取ってやりたい衝動にかられたが、抑えた。

「これはラブマックスといって、女子の間で人気の恋愛運を向上させるものです。身に着けることで素敵な彼氏がゲットできるというわけです」

「ちなみに値段は?」

「…一万しましたね」

「い、一万…」

「なんです、その目は? いいですか? 素敵なイケメン彼氏ができることと比べたら一万なんてはした金、あとで十分元はとれます!」

 なんでそんな男を求めるんだ。

 ローレンはポカンと口を開けたまま呆れていた。

「…ふふん。まあ、ローレンには乙女の純粋な心を理解するには無理のようです」

「自分の金だったら買うのか?」

「…」

「…」

「か、買いますよ。当たり前じゃないですかっ」

 じゃあ今の間はなんなんだ?

 ローレンはため息をつく。

「まあ、いいか。ルナもコート買ってもらったしな…。ただし、必要なもの以外は相談してくれ」

「…なんでローレンに相談しないといけないのです? するならメガリスでしょう? 勇者カードはメガリスのものなんですから」

「それはそうだけど、あまり変なものは…」

「変なものじゃないですっ!」

「わかった、わかった」

 俺にとっては不要なものでも、他の人にとっては必要なものがある。あまりうかつに変なことを言うと、火に油を注いでしまうので気を遣う。かといって、ちょっと欲しいものを買えるからといって買うのはやめたほうがいい。浪費癖になるし、物も増える。なにより使っている側はタダという感覚だが、実際は税金だ。人々が稼いだ金だ。ならば、なるべく必要なものを買うべきだ。

「ローレンも買ってもらえばいいじゃないですか」

「いや別に俺は欲しいものは特にないから」

「本当です? 物欲のない人です」

 ルールを決める必要がある。そう感じたのはメガリスも同じだった。彼女は考えていたのか、そのことを話す。

「わかりました、こうしましょう。なにか必要な物以外に欲しいものがあれば、みんなに相談するということで。それでいいですね? レイ」

「…わかった」

 レイはブスッとしていた。

 別に責めるつもりはなかったんだけどな。

「レイ」

「なんです?」

 口調にトゲがあった。少しお怒りモードのようだ。

「その、ラブミックスってやつ、見せてくれるか?」

「ラブマックス、です」

「ああ。それそれ」

「しょうがないですね。少しだけですよ?」

 手のひらサイズの大きさ、そのキーホルダーを手に持った。サイズのわりに重いのは、材料に石でも使っているからだろうか。

「我にも見せろ」

「乱暴に扱わないでください」

 ローレンからルナに手渡される。

「こんなものをメガネは一万で買ったのか。肉のほうが百倍いいと思うぞ」

「あなたはそうでしょう。私は違いますので」

「ここはどうなってるのだ? ふんっ」

 バキッと嫌な音がした。ホルダー部とハートの部分が外れる。

「あーっ! バカバカバカ! なにするんです!」

 レイはベッドから立ち上がり、窓際テーブルに行った。そして、ルナから破壊されたキーホルダーを奪いとるかのように手に取る。

「バカというやつがバカなのだ」

「く…。私のラブマックスが…」

「ルナ。謝らないと」

「我がメガネごときに謝る必要はない」

「くぅ…」

 涙目のレイは、ローレンをにらむ。

 なんで俺? 渡したのは俺だけど。

「…もういいです」

 レイは壊れたキーホルダーを枕元に置いた。リュックから下着類を持って風呂場へと入る。ドアが閉められる音が大きかった。

「…お怒りのようですね」

「まいったな」

「キャハハ。あの泣きそうになってるメガネ、面白かったな」

「ルナ。謝るんだ」

「むっ。しつこいぞ、ローレン。我に落ち度はない」

 落ち度しかないだろ。

「では、こうしましょうか」

「ん?」

 またしても、メガリスから提案がされた。それは素敵なことだったので、ローレンは賛成した。ルナもしぶしぶ了承。計画を実行するため、メガリスは外出した。その間、ルナは手紙を書く。それをチェックするのはローレンだった。

 レイは風呂場からパジャマ姿で出てきた。そして、二人に向かって一言。

「私、もう寝ますので」

 そう言ってからふとんに入る。

 メガリスが帰ってきて、買ってきたものとルナの手紙を添えて、レイの枕元に置いた。彼女がそのことに気づいたのは翌日の朝だった。ローレン、メガリスが先に起きる中、次に目が覚めたのはレイだった。

「ん…。ん?」

 彼女は目をうっすら開けると、目の前に謎の箱と手紙があった。その箱はきちんと包装され、リボンがついている。起き上がって、箱を手にした。

「なんです? これ?」

 ニヤニヤと笑っているメガリス、そしてローレンの二人に向かって言った。

「開けてみたら?」

「はあ…」

 レイはそのプレゼント用に包装された紙を開く。そこには新品のラブマックスが入っていた。

「あ…。買ったんです?」

「メガリスがな。手紙も読んでみろ」

「手紙…。誰のです?」

 それには答えなかった。それは昨夜、ルナが書いたものだ。そこには「悪かったな」と汚い文字で書かれていた。右下にはメガネの絵がある。それはオマケで彼女が描いたものだ。

「これ…。ルナが?」

「ああ」

「…」

 レイは眠っているルナを一瞥したあと、ふっと笑みをもらす。

「ありがたく受け取っておきます。…ま、まあ、私も自分のお金で買ったものじゃないので、怒るのはおかしかったです」

「ん…んん…」

 会話のうるささに目が覚めたのか、ルナは起き上がった。よだれを手で拭い、真横にいるレイのほうを見る。

「なんだメガネ。我のありがたい手紙をもう読んだのか?」

「手紙って一行しかないじゃないですか」

「ふんっ。我の心の広さに感謝するんだな」

「汚い字です。本当に」

「なんだとっ! バカのくせに」

「バカはあなたでしょう!」

 それは確かに汚い文字だったが、気持ちは伝わったようだ。彼女の表情がそれを物語っていた。それにしてもメガリス、よくこんなこと思いつくな。そのことを話したら、

「私の故郷では年に一回、プレゼントをもらえる日があるんです。その日はわくわくして眠れないほどで。それで、朝起きるとプレゼントが枕元にあるんです。そのとき、嬉しかったので…」

 と、やや恥ずかしそうに言った。

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