15話 ドラゴン肉のバーベキュー

 西の森は別名迷いの森と言われているところだった。同じような地形が続き、迷う人が続出することからそう呼ばれている。メガリスは一本道でも迷子になるので、彼女に任せるわけにはいかない。コンパスを買い、二日分の食料を買いこむなどして準備した。半日かければ抜けれるようだが、はたしてどうなることやら。

 その森に行く前に、寝室でレイは口を開いた。

「ローレン。ドラゴンはあのままでいいのです?」

「ああ。掃除しようにも無理だからな」

「焼却したほうがいいんじゃないです? 何日かして腐ると、やばいですよ。腐臭が辺りに広がり、迷惑をかけるかもしれません」

 確かに。あの辺りは誰も住んでいないだろうが、旅人が通りかからないとも限らない。

「レイ。頼めるか?」

「任してください」

「我も行くぞ」

「あなたは来ないでください。私一人で十分です」

「なにを勘違いしている。我はドラゴンの肉を食べたいだけだ」

「あれを食べるんですか? どこまで食い意地が張っているのです」

「なんだと!?」

「じゃあ、四人で行こう。待っているのも暇だしな」

「わかりました」

 ベッドに座っているレイは杖を取り出した。グリップ部分には五つの色の玉がついていて、その一つを外した。ビー玉ほどの大きさだ。

「なにをしているんですか?」

 メガリスは興味があるのか、レイの作業を間近で見ようと近づいた。

「魔法玉の交換です」

 クマのリュックから袋を出した。小さな皮袋の中にはカラフルな色の丸い玉が何個も入っている。その中から赤い玉を取り出し、外した玉を入れた。赤い玉を杖のグリップ部分、その穴に押し込んで入れる。

「これで火の魔法が使えるようになります」

「へえ。そういうふうに交換して、魔法を使うんですね」

「魔法使いの杖って他も全部そんな感じなのか?」

「はい。でも、私が持っているこれは師匠から買ってもらったものです。高くていいものです」

 見てくれと言わんばかりに杖を掲げる。

「前にも聞いたが、その師匠って誰だっけ?」

「英雄カーラスです。もしかして知らないんです?」

「知らん」

「はあぁ~。これだから学のない人は」

 両手を上げ、やれやれといったポーズをするレイ。なんか腹立つので、メガネを取り上げたくなった。

「私も聞いたことは…」

「しょうがないです。いいですか? 私の師匠は、すごい人なんです。たった一人で千を超す兵士を相手に無双したり、全国魔法大会で何度も優勝したりしてます。今は現役を退いてますが、もし師匠が若かったら、間違いなく勇者パーティに加わっていたことでしょう。私が勇者を捜すのも、きっかけを作ってくれたのは師匠です」

「そんなすごい人だったんですね。知らなかったです」

「ふふん。そして、師匠がすごいと弟子もすごいというわけです。私は独自の魔法テレポートを開発しました」

「すごいですね」

「もっと褒めてくれてもいいですよ」

 レイはない胸をそる。鼻が長くなっているように見えた。それが気に食わないのか、さっさと食べたいのか、ルナは口を開く。

「早く行くぞ。メガネの自慢話を聞いている暇はない」

 レイはムッとした表情を見せた。

 宿屋から出た四人は、ドラゴンの死体がある北のほうへと歩いた。昨日と変わらず、巨体が横たわっている。

「燃やすんだな?」

「はい。離れていてください」

「焦がすなよ。我が後で食うんだからな」

「この量を一人で食べる気ですか?」

「…そうだ」

「無茶ですよ。何日かかると思ってるんです?」

「食うったら食うんだっ!」

「ルナ。レイの言う通りだ。今、食べるぶんだけ食べて、あとはタッパーを持ってきたから、それに保存するだけにしておけ」

「むぅ…」

 不満げな顔を貼りつけたまま、ルナはドラゴンを見つめていた。

「そうだ。ここでバーベキューにしませんか?」

「「「え?」」」

 突然、メガリスは変なことを言い出した。

「いや、バーベキューって…。迷いの森は?」

「森は明日でいいんじゃないでしょうか? そんなに急がなくても賢者様は逃げたりしないと思うので」

 それはそうだが、いきなりか。

「バーベキューってなんだ?」

 そして一人、言葉の意味を知らないやつがいた。

「薪や炭で肉とか野菜を焼いて食うことだよ」

「やるぞ!」

「はやっ!」

「え? じゃあ私はどうするのです? 魔法を使う気まんまんだったのに」

「火つけに火の魔法を使ってくれないか?」

「そうですか…。その他の準備は?」

「みんなで分担しましょう」

 メガリスは野菜や網、紙のお皿などを買いに行った。一人だけでは迷うので、レイも一緒に行く。ルナは薪拾いだ。

 勇者カードがあるから、こういうことが即座にできるというわけだ。ただ、ナイフでドラゴンの肉をさばくのは面倒だ。その面倒な役はローレンが担うことになった。ドラゴンに上り、試しにナイフで刺してみる。

 カンッ!

 弾かれた。やはりこの辺りの部位は硬いのか。さばくとしたら腹のほうか

 ただ、前のめりに倒れているので、腹は地面のほうに隠れている。腹側を切るにはドラゴンをひっくり返す必要があったのだが、当然、そんな力はない。

 ローレンは一旦下りた。

「脇腹から切っていくか」

 ただし、小さいナイフで切っていくのは骨が折れるので、最初に精霊の力を使うことにした。アルルを剣に具現化させ、斬空波で深い傷をつける。まさかドラゴンをさばくのに、この力を使うとは思わなかった。そこから内臓を傷つけずに肉の部分だけを切り落としていく。さばいた経験はなかったが、どうにか切り終わることができた。

 石で作った土台に網をのせた簡易コンロを作り、山盛りになった肉が運ばれてくる。薪の火つけ役はレイだ。

「ファイア!」

 ボワッと強すぎる火力の火が一瞬で薪に火をつけた。網の上に肉を置いていく。ジュージューと肉汁が垂れてきた。その光景を眺める四人はウキウキしている。特にルナはよだれを垂らしては拭き、垂らしては拭きの繰り返した。野菜も投入され、本格的にバーベキューが始まった。ドラゴンの死体の横でこんなことをするのは俺たちぐらいだろう。できれば他人に見つからずに食べ終わりたい。

 焼き肉のタレも準備済みだった。程よくこげた肉をタレにつけて食べる。肉汁が口いっぱいに広がり、幸せを感じた。ルナは野菜には目もくれずにバクバクと肉を口の中に入れていく。これでご飯があれば最高だが、これ以上の贅沢はよそう。

「でも、突然バーベキューしようだなんて、驚きです」

「閃きですね。肉といったらバーベキューだろうと思って」

「でも、これは…もぐもぐ…本当においしいです」

「ドラゴンの肉だから変な味がするかと思ったが、いけるな」

「たぶん、高値で売れますよ」

「金に困ったらそうするか」

「そのときはローレンさん。ドラゴン討伐をお願いします」

「こんなときだけ、さんづけするなっ」

「遠慮しなくていいです」

 メガリスは二人のやり取りを見て、微笑んだ。彼女はみんなのために野菜や肉を網にのせていって、まるでお母さんみたいだ。そのとき、焼き肉の匂いに誘われてか、一人のおじさんがやってきた。商人なのか、大きめのリュックを背負っている。恰幅がよく、ヒゲを生やしているが、目がクリっとしてて、愛嬌のある顔をしていた。

「おっ。こんなところで焼き肉か」

「あ、どうも…」

 まずいな。人が来てしまった。

「この先にドラゴンがいる洞窟があると聞いて、見にきたんだが…。って、あれ?」

 そばに転がっている巨体を見逃すのは難しかった。彼はローレンたちの焼き肉パーティ会場を通り過ぎ、ドラゴンの死体を眺めている。

「これ…。もしかして、おたくらが?」

「い、いや。違います」

 騒がれると面倒だなと思い、嘘をついた。

「え? でも…。ん? その肉って…」

「ああ。これは、ドラゴンの死体があったので、それで焼き肉にして食べたらおいしいんじゃないかなと」

「へ、へえ…」

 おじさんは若干引いているようだった。

「それ、おいしいの?」

「おいしいですよ。一つ、いかがですか?」

「いいの? じゃあもらおうかな」

 メガリスから焼き肉が二つ置かれた皿が手渡される。おじさんは木の箸で、あつあつの焼き肉を口に入れた。

「お、おおっ。これはなかなかおいしいじゃないか!」

「そうでしょう? まだまだありますよ」

「じゃあもらおうかな」

 謎のおじさんが加わり、バーベキュー参加者は五人となった。肉は大量にあるので、さばくほうが大変だ。

「ローレン。まだです?」

「まだか? 遅いぞ。ローレン」

「まだ食う気かよ…」

 途中からおじさんに手伝ってもらい、みんな満腹になったところで終わることにした。メガリス、レイは片付けに取りかかる。ルナは満足そうな顔をし、石の上に座っていた。

「いや、ありがとう。お腹いっぱいに食べさせてもらったよ」

「いえ…。ところでおじさん。西の森に行く予定はありますか?」

「迷いの森に? 君たち、あそこを通りたいの? だったら、俺が案内しようか?」

「本当ですか? 助かります」

「ああ。そのぐらいどうってことないよ。じゃあ、明日の早朝はどうだ?」

「はい。それでお願いします」

「場所は…」

「シオンタウンの宿屋の入り口で」

「わかった。じゃあまた、明日」

 おじさんはメガリスたちにも挨拶し、街の方向へと戻っていった。

 あのおじさん、ドラゴンを見にきただけか。

「ローレン。ドラゴンを燃やしますか?」

 レイが問いかけてきた。

「そうだな…。元々そのつもりだったし、これ以上放っておいても腐るだけだ」

「では」

 周りになにもないことを確認した後、彼女は杖をドラゴンに向けた。

「ファイア!」

 ボワッ!

 巨体が一瞬で炎に包まれた。これ使えば勝てたんじゃないかってぐらいの火の強さだ。その大きな炎はキャンプファイアーみたいになり、火が燃えつきるまで四人は待った。

「あっ。焼き芋したらおいしいかもしれなかったですね」

「もう食えないよ」

 メガリスの第二の閃きに、苦笑いを浮かべるローレンだった。

 ゴミ一つないことを確認し、ローレンは戻ることにした。時間は三時。メガリスのようにたまにはこんな一日があってもいいなと思った。それに迷いの道の案内人も見つかったし、急がば回れとはこのことだろう。

 四人は宿屋に戻り、また一泊することになった。

「ローレン。肉は入れ物に保存したのか?」

「あ…忘れてた」

「なんだとっ!?」

「怒るなよ。今日の夕食、ステーキ食えるだろ」

「むっ。それもそうか。我の広い心に免じ、許してやろう」

 夕食を食べ、風呂に入るには時間があった。レイはメガリスと一緒に外出したようだ。残ったのはルナとローレンだった。彼女は早くもベッドに寝転がっている。

「ルナ。眠たいからって変な時間に寝ると、夜寝られないぞ」

「我に命令するなと言っているのだ」

「…太るぞ」

 ルナはガバッと起き上がった。太るのは嫌のようで、窓際のイスに腰かける。わかりやすいやつだ。

「あれ? ルナ。毛先の赤い色がどんどん広がってるな」

「ん? ああ。そうだな」

 それがなにを意味しているのかわからなかった。彼女についてはわからないことだらけだ。

「記憶はまだ戻らないのか?」

「ああ。そうだ」

 焦ってもしょうがないが、なにか一つでも思い出してくれたらきっかけがつかめるのに。

「ん?」

「なんだ? 我の美しさに見惚れているのか?」

「お前…。頭の両側からなにか突き出てないか? 変なものが」

 ルナの頭をよく見ると、髪の隙間から白い何かが出ていた。白い髪なのでよく見ないとわからないが。

 ローレンは立ち上がり、それに触ろうとした。しかし、ルナは素早い動きで逃げる。ベッドに転がったかと思うと、グルっと回転し、彼から距離を置いた。

「なんだ?」

「我は用事を思い出した! さらばだ!」

 だだだだっとルナは急ぎ足で出ていった。

 なんだあいつ?

 アルルも首を傾げていた。


 ◆◆◆


「ふう」

 廊下側の部屋、そのドアの前で、ルナは安堵の息をもらした。頭部を手で触ってみると、肌とは違う感触があった。それはまさしく角だった。魔力が戻ってきたと同時に、念願の角も生えてきたのだ。

「よしっ!」

 ルナがいきなり叫んだので、他の客がビクッとして驚いていた。しかし、その客を気にする素振りを見せないまま、考え込む。

 角が生えてきたのはよかったが、このまま長くなってきたら魔族だとバレてしまうな。ここは人間に変身し、角を隠すことにするか。

 ルナはローレンがいる部屋に静かに戻った。そして、風呂場の洗面台に行く。必要なのは鏡だ。

 よし。これで変身だ。

 久しぶりに使う変身の力に少しドキドキしていた。

 高等魔族なら誰でも使える力だが、魔力が足りない今の我に使えるかどうか…。

「むぅ…はっ!」

 ルナの見た目に変化はなかった。ただ、角が生えてきた頭部を触ってやると、その感触がなくなっている。

 今は角を隠すぐらいしかできぬか。まあいい。

「お前、なにしてるんだ?」

「うひゃ!」

 ドアがいきなり開く。隣の部屋にいたローレンが入ってきた。ルナはビクゥっと肩を震わせる。

「わ、我の美貌を観察していたところだ。…というか、勝手に入ってくるな!」

「なにが美貌だ。それで、頭のできものはなんだったんだ?」

「できもの? なんのことだ?」

「ん? …あれ? なくなってるな。おかしいぞ」

「ふん。幻覚でも見たのであろう」

「…そうか。まあいい」

 腑に落ちないといった様子のローレン。

 キャハハ! バカなやつめ! 我の完璧なる変身を前に、見事騙されておるわ! しょせん人間ごとき下等生物が、魔族で四天王の我の正体を見破ることなどできはせぬ!

「それよりも気になることがあるんだが」

「なんだ? まだなにか用なのか?」

「お前の尻から生えてるそれ。なんなんだ?」

「え?」

 ギギギギギ…。

 錆びたような動きをする首を回し、後ろを見た。そこには確かに尻尾が生えていた。黒くて長いそれの先端は尖っていた。


 へ、変身ミスったあああああああああああああああっ!


 チッチッチッチッチ…。

 時計の針の音だけが、聞こえてくる。

 は、早くなにか言わなくては…怪しまれる。

「ルナ?」

「お、おお!? な、なんだ!?」

「いや、なんだじゃなくって、そのしっぽはなんだと聞いてるんだ」

「え? あ、ああ。これ? あ、なんだっけこれ? えっと、えっとお…つまりはそのお…」

「またお前、こっそり買ってもらったのか?」

「え?」

「メガリスにねだって買ってもらったんだろ? その尻尾。コスプレってやつか」

「あ、ああっ! そうだとも! コスプレだとも!」

「お前、なにか変だぞ?」

「ば、ばばばばばバカを言うなっ! 我は平常心だぞ」

「まあ、いいや。メガリスにあんま無茶言うなよ」

「あ、ああ。もちろんだとも!」

 ドアが閉められ、洗面台に倒れ込むように前のめりになるルナ。背中の汗で下着が濡れている。

 くっ…。ローレンがバカで助かったが、こんな初歩的なミスをしてしまうとは…。久しぶりの変身だったから、うまくいかなかったのだ。

 そのあと、何度か微調整を繰り返し、ようやく尻尾、角のない状態に変身することができた。

「お尻、よし。頭、よし。背中、よし。クックック。これで完璧だ」

 脱衣所から出たルナは、ベッドに腰かけた。

「なんだ。しっぽは外したのか?」

「あんなもの、我には必要ないからな」

「必要ないもの買うなよ」

「我の勝手だ」

 ルナは、ふんっと鼻を鳴らした。

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