エピローグ
気がつくと俺は、勢いよく空中に放り出されていた。
あの険しい山の上にあった老人の寓居の庭の、巨大な
そして勢いよく地面にたたきつけられた。
「
自由に声を発することができるのが、なぜか不思議に感じた。目の前には、例の老人が立っている。なんだか懐かしい感じがした。
俺はゆっくりと、自分の中で記憶を
ついさっきまで、俺は女だった? お金持ちの令嬢?
でもなんかめっちゃ恐ろしいことがあって……、
ほかにも実にいろんなことがあったようだ。
俺は、あたりを見まわしてみた。
ここはあの謎の老人の高い山の上の寓居の庭……大きな甕……
大興の都でその老人に出会ってこの寓居に連れて来られ、そしてまたこの大きな甕の中に入れられたのが遥か遠い昔の記憶のようでいて、ほんのついさっきのような気もする。
すると甕に入ってからのことが、一斉に記憶の中に甦ってきた。
冒険者としてモンスターと闘い、地獄でゾンビとの戦闘に明け暮れ、なぜか女になって自分の子供を夫に殺された……
記憶は全部、はっきりとしている。
「
こう呼ばれるのも、これまたなんだか懐かしい。そしてその声の主も……何もかもが皆懐かしい。
「『これから君が見るものも体験するものも、それが魔王とかモンスターとか武装集団とかであっても、全部
たしか秋葉博士と名乗っていたこの老人は、なぜかすごく怒っている。
「いいかね。君は異世界で一枚一枚カードを集めていったはずだ。それは人間が持つ七つの感情でもあるのだよ。
老人は怒りの表情から苦笑に変わった。
その老人の言葉は一応翻訳されているのだろうけれど、時々分からない単語が混ざる。
「さあ、間もなくこの私の世界は崩壊する」
気がつけば、背後にある老人の寓居の小屋が突然火を噴いて燃えだした。俺が唖然としていると、老人は言った。
「君は都に戻って、君の世界に戻って慎ましく生きなさい」
炎はついに小屋全体を包み込んだ。でも、不思議と熱は感じなかった。やがて炎は、俺の体をも包みこんできた。これは炎というよりも光だな。
俺がそう感じていると、次の瞬間、俺は大興の都の
※ ※ ※ ※ ※
「あれまあ、やつら、帰っちまったのか……」
まあ、結局はクリアできなかったのだから最後まで見ないでいてくれたのはよかったけれど……・。
彼としては渾身の作のゲームの初披露、主だったゲーム業界の人たちやマスコミを招いてプレゼンテーションのはずだったのに、そのゲームから帰還したら誰もいないのでは話にならない。
「いったいどこまでを見ていってくれたのかねえ」
装置のへりをまたいでステージの上に立ったドクター・トウは、ゆっくりと舞台の上を片付け始めた。
「アバターに感情と、プレーヤーとは別個の人格を持たせるという画期的なゲームなのにな……」
ぶつぶつと呟きながら、ドクター・トウは何気にモニターのスクリーンを見上げた。そこにはさっきまで自分が行っていた
今も、自分がついさっきまで行っていた寓居があった跡の、山の頂上が映し出されている。
プレイヤーでもありゲームマスターでもあった彼が自分を科学者という設定にし、その雲台峰の上にその研究所を移していた。もちろん
実はゲームはどうしても乗り越えられずにいた最後のプログラミングの課題を残していた。どうしてもアバターが声を発して会話をさせる機能がうまくいかない。そしてプレーヤーと別個の人格を持ったバターが勝手にしゃべったらゲームの世界は崩壊し、強制的にゲームオーバーとなる。
だから、アバターがしゃべるということは、自動的にゲームがクリアできなかったということになるのだ。
やはり失敗した。
あのアバターも転生するまではよかったのだけど、最後のカード取得の時につまずいた。
ところがモニターを見ていると、一人の若者がふらふにとなって山の頂上まで登ってくるのが見えた。
「あのばかめ。わざわざ都に戻してやったのに、なんでまた苦労してあんな険しい山の頂上まで登ってきたんだ?」
若者=プレイヤーとは別個の人格を持つアバター……
すぐに文字が浮かび上がった。
「LOG OUT」
(おわり)
杜子春異伝 John B. Rabitan @Rabitan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます