第3話 ある朝目覚めると,うちの畑がほじくり返されていた

 常識的な感覚として畑をいきなり掘り返すのは泥棒の所業にほかならない.しかし,ゲーマー的感覚として畑を掘り返すのはゲームの感覚を調べるのに非常に重要な手段の一つだ.

 例えば,畑を掘り返したとして,時間経過でリスポーンするなら資源を大量に採掘できる可能性がある.しかし,掘り返してそのままならゲームの資源はいわば有限とも言える.

 資源が有限であるならゲーム中の資源は大変貴重なものになる可能性がある.ゲームとはクリエイターが制作した世界観とプレイヤーとの戦いだ.プレイヤーとして吟二を持つところなのだ.だからこの畑で芋を掘り返すのは正当化して然るべきなのだ.


 そう思っていた時期も私にはありました.相棒と二人でひたすら芋掘りしていた.土の香り,手触り,そしてもしかすると植えて成長を始めたぐらいの育ち盛りの芋.イベントリが手持ち限りの有限だったので,芋は掘った矢先に適当なスペースに積み上げた.あとで回収しようという算段だった.

 土も掘り返して消えたりしないので,適当なところにどんどん積み上げていった.畑も効率的な掘り方があるからここまでセオリー通りだった.

 ところがどうだろう.四十代ぐらいのおばさんがやってきて,この世の終わりみたいな顔をしてガチ泣きし始めた.


「これから育てて……収穫して……冬はどうすればいいの……」


 手を泥だらけにしながら呆然と立ち尽くした.


<<自分でも信じられないぐらい,とても悪いことをした気がする>>


 僕は自分のやっていたことに対して,とてつもなく外道なことをやったという自覚が芽生えた.あまりにも酷く泣き散らかし,支離滅裂な言葉を並べ立てる.仮に,チューリングテストがあるとすればこのおばさんは合格だろう.むしろ,我々外道がテストに不合格だ.常識で考えれば人の畑を無断でほじくり返すのは極悪非道のやることだ.子供だったら殴られているが,ここにいるのは二人のいい年した大人だ.

 それもただ呆然と見ているだけで謝りもしない.なんで謝らない.人間のクズだ.たかがゲームで心を揺さぶられるとは思わなかった.いや,これはたかがゲームなのか? 本当にこれはゲームなんだろうか?

 いや,実はさっきまで夢を見ていて,これが現実という可能性も否めない.いままで虚構現実を見ていたのか.


 おばさんがあまりにも泣きわめくので,だんだんと人が集まってきた.慰める人,事情を尋ねる人,いかつい目で僕らを睨む人たち.嫌な汗が流れる感覚.なんだろう,これは本当に虚構なんだろうか.

 僕は思わずログアウトした.そしてロビーでうなだれた.まもなく彼女もログアウトしてきた.


「ちょっと待って,このゲームいくらなんでも重すぎない……?」


 すごくつらそうに彼女は言った.


「わかってる.おばさんには本当に悪いことをした.メインNPCが死んだときなんかよりも格段に後味が悪い」


「RTA(リアル・タイム・アタック,いかに短時間でゲームを終わらせるか競うゲームの遊び方)プレイヤーに対する悪意でもあるの?」


「僕に聞かれもしょうがない.でも,おばさんが泣いて,人が集まってきて,どんどん気持ちが複雑になってきた.耐えられなかった」


「それ.ちょっとこのゲーム続けられる自信がないんだけど……」


「NPC全部あんな感じだったらすごくつらいな.すごくモヤッとする」


「うーん,きっとリアルなんだろうね」


「そう,リアルなんだよ.きっと,何もかもリアルに作られている」


「どう攻略すればいいんだ……」


 初めてプレイしたゲームで,開幕芋掘りしたら住民にガチ泣きされる,という不名誉な称号が心に刻まれた.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

CIVIL LIBERTIES ごるごし @nanashi4129

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ