第2話 ログインしたばかりで現実世界に引き戻す

「いやー,期待を裏切らず,見た目がまったく中世だね」と,彼女はインして早々にメッセを飛ばしてきた.こっちの名前を決めていないからなのか,ロビーのユーザIDが表示されている.

 こっちはまだチュートリアルAIにゲームの説明を聞いている最中だ.きっとAIに怒られているに違いない.


 チュートリアルAIはクマの形をしていた.中世風異世界ファンタジーらしい.他のデータを引き継いでゲーム中に持ってくることができるらしく,見た目は中世というだけらしい.なんとなく鉄砲を持ち込んでオレスゲーしたい意図が伺える.


 しばらくチュートリアルを聞いてゲームの概要を掴んだ.メッセで彼女に待ち合わせ場所を飛ばした.ロビーのユーザIDからゾーイーという名前に変わっていた.

 待ち合わせ場所に着くと,やはり容姿が変わっていた.黒髪でセミロングぐらい,髪質が悪いのかややぼさぼさしている.中世らしい女の身なりをしている.わざとなのか,牛乳を注ぐ女に似ていなくはない.

 中世風のVRMMOは久しぶりだったが,中世のファッションのバリエーションは思った以上に少ない.自分は適当に農民風の格好を選んだ.


「さっき,ニュースで見たんだけど,タングのプラグが抜けて下層の人が窒息死したって」


「えぇ……そういう現実に引き戻す発言やめようよ……」


 栄養タンクは基本的に経口摂取になる.当然,栄養の水分がゼロになるとは限らないから排泄物を詰めるタンクも一式セットになっている.VRMMOをプレイしている間は気が付かないが,それを交換してくれる仕事をしている人もいる.

 予想はできるが,プラグが抜けて排泄物が垂れ流しになった結果,下層に住んでいる人に排泄物が直撃し,何らかの理由で死んでしまったのだろう.


「いやー,ちょっと現実世界のことは意識してないものだから,なんかすごいニュースがあるなと思って」


「プラグが抜けた原因は?」


「不明だって.誰の責任かあやふやになるパターンじゃないかな」


「うわー,居た堪れないわ」


 褥瘡(同じ姿勢で寝ていると,体の一部が壊死する症状)も基本的に自己責任になっている.だから,物件によっては褥瘡を防ぐ仕組みを取り入れて,現実世界で死なないVRMMO環境ができるようになった.法整備がされたのもここ10年ぐらいと言われている.


「考えたことないけど,誰か知らないけど勝手にタンクの交換をしてくれるんだよね.良い世の中だね」


「そう言われると急に恥ずかしくなるから困る.この前も風呂ペナがあったからしばらく風呂に入ってないし,急に現実世界に引き戻されたぞ」


 風呂ペナというのは,風呂の予約をしておいたのに入らなかったときの管理会社から課されるペナルティだ.予約は基本3日に1度ぐらいしか取れない.1時間の余裕がある.風呂の予約を入れると,管理会社の人がこっそりプラグを抜いたり,栄養タンクを入れ替えてくれたりする.しかし,そのまま入らないと迷惑がかかる.ただそれだけの話だ.

 僕は前回の風呂に入るはずだったのにアラームを忘れてスルーしてしまった.現実時間で1週間ほど風呂に入れなくなる.起きたときの気持ち悪さが尋常じゃない.


「はは,それはご愁傷さま.定期的に風呂に入らないと南京虫が湧いて体中を食い散らかされるぞ」と,ゾーイーはからかってきた.


 これもよくある話だ.風呂に入っている間,清掃も行われる.どこから入り込んだのかわからないが,南京虫に噛まれて死人が出ている.現実世界のデスペナは重いので,なるべく死にたくはないと思う.


「こういう話をすると鳥肌が立つ.これ,痛覚切ってても感じるから不思議だよな」


「痛覚神経と別なんじゃない? それよりこれからどうする?」


「嫌な話きいちゃったしね.考えを横にそらすようなことをしたい」


「こういうときこそ芋掘りだね」


 VRMMOの多くは,だいたい地面を掘ると何かドロップする.掘った場所が保全されるのか,修復されるのかでVRMMOは勝手が違ってくる.


「芋掘れわんわん」

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