第32話
バルドル教の美の女神はタラエニアである。その美貌は人間に限らず、神をも魅了する。求婚してきた者に存在するかも分からない宝を持ってくるよう要求したのは、有名な神話である。
最も美しい神はタラエニア。だが、最も愛される神は誰かというと、皆口を揃えて言う。
プィオウテルだ、と。
プィオウテルは美しさではタラエニアには及ばないものの、全ての生物に愛されていたと言っても過言ではない。
動物と話が出来、精霊や妖精にも可愛がられていたという。
そんなプィオウテルが豊穣の女神とされるのは、植物にも愛され、彼女がお願いをすると、どんな植物も直ぐに成長することからだ。
農村では、秋になるとプィオウテルに感謝を捧げるため、収穫祭が行われる。
また、この時期になると農村だけでなく王都などでもその年収穫された野菜を教会の近くに露店を出して売る。その余波で市街がちょっとしたお祭り騒ぎになるのだ。
それは、このセントリアル学園も例外ではない。
祭事の重要性を知ること、プィオウテルに感謝を捧げることを名目に祭りが行われるのだ。通称、学園祭である。
学園祭は研究会が各々発表したり、クラブが作品を展示する場所である。また、料理人が来て模擬店を開く。
レティシア達生徒会は今、学園祭の準備に追われている。
学園祭での生徒会の仕事は、予算の分配、申請場所の割り振り、苦情処理などだ。それに加えて、メンバーでプィオウテルの演劇をやらなければならない。生徒会の伝統となっているのだ。
ある程度の仕事が片付いた後、レティシア達はその演劇の配役について揉めていた。
演劇のあらすじはこうだ。
プィオウテルはある心優しい人間の男に恋をした。彼の方もプィオウテルに心惹かれる。直ぐに結ばれると思われたが、邪魔が入る。男の友人もプィオウテルに思慕し、二人の仲を裂こうとするのだ。
だが、プィオウテルの友達である精霊達の力を借り、紆余曲折を乗り越えて二人は結ばれた。それが大まかな流れである。
配役に必要な人数は六人。裏方は一般生徒から有志を募る。生徒会に男子しかいない時は、有志の中の女子に演じてもらったそうだ。
そういう例があるのなら、裏方をやりたいとレティシアは言ったのだが、それは却下された。なるべく生徒会が表に出ないと駄目だそうだ。
フィリップは最初レティシアと一緒に主役をやりたいとか理解不能なことを抜かした。だが、アルフォンスが微笑んで「フィリップ様?」と言うと撤回した。教育の成果は出ているらしい。
今年の生徒会は消極的な人が多いようだ。まだ、一人しか役が決まっていない。
因みにその一人はオリアナである。最初に聞いた時「……台詞が、少ないやつ」と言ったので、満場一致で精霊役の一人に決定した。
皆演じたくない。かと言って裏方に回ることは出来ない。そのため、最も出番が少ない精霊役に人気が集中していた。
最終的にくじ引きで決めることになった。不正がないように作成者はオリアナだ。
その結果、決まった配役はご覧の通りである。
プィオウテル……ステラ
キース(恋人)……テレンシオ
ジェフ(恋敵)……フィリップ
精霊1……オリアナ
精霊2……レティシア
精霊3……ナディム
流石くじ引きだ。何とも言えない組み合わせである。
ただ、レティシアは自分が主役にならなくてほっとした。反対にステラはこの世の終わりのような顔をしている。
自分に余裕が生まれると、周囲に気を配ることが出来る。レティシアはなるべくステラのサポートをすることにした。
演劇の練習はプロの役者が指導してくれる。指導者は、レティシア達を役名で呼んでいた。役になりきるためだそうだ。
「はい、じゃあさっきの所から始めてちょうだい。プィオウテル」
「はい。『ああ、キース。貴方は私の――』」
「ストップ! そこはもっと悲痛そうに。もう一回」
「はい!」
主役であるステラは大変だ。覚える台詞も出番も一番多い。注意される回数もだ。
それでも、ステラは文句や弱音を吐かなかった。一度決まった以上はやり遂げる、アメジストの瞳はやる気に満ち溢れていた。
そんなステラに触発されてか、全員自分の役を必死に練習するようになる。お互いにアドバイスをしたり、意見を求めたり、協力したりして真剣であった。
そして、学園祭当日はあっという間に訪れる。
学園祭は二日かけて行われる。
使われるのは、クラブや研究会専用の棟、模擬店を開く専用の棟、講堂の三箇所だ。ただ、講堂が使用されるのは二日目からになる。
生徒会は巡回しなくてはならない。レティシア達は二チームに分かれて、午前・午後どちらかが巡回でどちらかが自由時間を取ることにした。
レティシアと一緒なのはステラ、フィリップ、そして生徒会ではないがアルフォンスだ。午前が自由、午後が巡回に決まっていた。
また、この四人で自由時間を過ごすことも、いつのまにか決まっていた。レティシアとしてはステラと回るつもりだったので、どうしてこうなったという心境である。
「レティ様、何処から行きますか?」
「そうね、最初に展示とか研究の発表の方を見て、そのあと模擬店で昼食を摂るのはどうかしら?」
「いいですね、そうしましょう!」
容姿の美しい二人が楽しそうに話しているのは、傍目から見ると何とも眼福な光景である。
だが、フィリップは少々不満そうだ。
「俺達の意見は聞かないのか。なあ、アルフォンス」
「女性が楽しんでいるのに口を挟むのは無粋ですよ」
クラブは設立するのに最低人数が決まっていて、研究会は決まっていない。つまり、クラブの方が数が少ない。レティシア達は先にクラブから見た。
剣術のクラブでは退役した元将軍が指導していて、卒業後は騎士を希望する人が多い。本日は、現役の騎士達が来て稽古をつけていた。
何人かの騎士は剣舞を披露していて、なかなか見応えがある。フィリップはこのクラブに所属している弟、エドワードに話しかけたそうに終始うずうずしていた。
剣術のクラブは男性が圧倒的だったが、手芸のクラブは女性が多い。個人の作品も綺麗だったが、合作のタペストリーはこの国の王宮がデザインされていて、注目の的であった。住人であるフィリップも「見事だ」と呟いていた。
美術クラブは男女半々といったところか。ここの男性からは、宮廷画家が誕生することが多い。女性の作品も拝見したレティシアとしては、女性の地位をもっと高くしようと思った。
研究会は医学、民俗学、言語学、生物学、など様々な分野において設立されている。全てを見て回るとお昼を過ぎてしまいそうなので、興味のあるものだけ見に行くことにした。
研究会に所属している中でも一際優秀な人材は、就職先がほぼ確定している。それは、王立研究所だ。此処には変じ、もとい貴族らしくない人が多いらしい。
そのため、セントリアル学園の研究会に所属している人達も何処か浮世離れした人が多い。とはいえ、予算に関しては色々口出ししてくるので、そういう点では現実的だが。
昼食は様々な店の料理人達が腕によりをかけた品を作っていた。
大抵の店はスープを専門、デザートを専門と言った風に分かれている。
その中には夏休み訪れたカフェも出店していて、レティシアはステラと示し合わせて思わず笑ってしまった。
昼食を終えてから、ナディム、オリアナ、テレンシオの三人と見回りを交代した。
翌日。
本日も生徒会は仕事があるが、全校生徒が講堂に集まっているので楽なものだ。後ろで見ているだけでいい。
本来は他の人達の発表を見るべきなのだが、ステラは台本を読んでいる。恐らく緊張しているのだろう。心做しか顔が青い。
昨日の放課後、リハーサルをやった。その時もステラは少々演技が固かったのだ。大丈夫だろうかと心配になる。
生徒会の演目は、午後を予定しているので昼食を食べてから準備を始める。
皆マイペースに昼食を摂っていたが、やはりステラは台本を手放さなかった。
「レ、レティ様どうしましょう。手が……」
準備中、ステラの手は震えが止まらなくなってしまった。
レティシアは安心させるようにステラの手をきゅっと握る。
「ステラなら、大丈夫よ。あんなに練習してきたんだもの。ね?」
オリアナも寄ってきて、二人の握った手の上にそっと手を乗せた。
「大丈夫」
二人の言葉で少しは緊張がほぐれたのか、ステラは「ありがとうございます」とお礼を言いながら、また準備に戻った。
主役のステラは、堂々とした演技を見せてくれた。
他もそれに恥じない演技を披露した。レティシアもだ。
二人の邪魔をした恋敵には罰が下る。二人が結ばれた後、プィオウテルの兄弟神によって姿をアヒルに変えられてしまう。
フィリップがそれを演じている時、レティシアは自分を重ねていた。
アヒルに変えられた恋敵と、牢獄に入れられた自分。結末は違っても、やってることは同じようなものだった。
練習でフィリップが演じているのを見ていると同情したが、今はそう思わない。
ただ、前を見据えるだけだ。
今度はもう繰り返さない。この恋敵のような、以前の自分のような、愚かな真似はしないとレティシアは決意を新たにした。
もう恋なんてしない。〜今度こそ繰り返さない〜 黒澤 @100409
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