第31話

 オリアナとテレンシオは仕事中も休憩中も必要最低限しか口を開かない。仕事は上手く回っているのでそれでも良いだろうとレティシアは思っていた。だが、フィリップは違ったようだ。


「生徒会のメンバーとなり、関わることが増えたんだ。もっと親睦を深めたいと思わないか?」


 とある日の休憩中、フィリップがそう提案した。


「俺もそう思うー」


 ナディムの肯定で、フィリップの機嫌は良くなる。


「そうだろう。そういう訳で、これから最低でも週に一回は、皆で昼食をとることにしよう!」


 クラス毎に勿論食堂も別れているのだが、前回のレティシアとステラのように庭園で食事をしたい人の為に、昼食を食堂以外の場所で食べることが出来る。その場合、学園の使用人が指定の場所に運んでくれる。それを利用しようとフィリップは言ったのだ。

 全員特に不満がなかった為、その案は採用された。

こうして、週に一回生徒会で食事をとることが決まったのである。おかげで、フィリップの言う通り親睦を深めることが出来るようになる。

 中々話さなかった二人も徐々に口数が多くなる。

そして、衝撃の事実が発覚した。



「え? オリアナ様と、テレンシオ様って婚約してたんですか?」


 「ああ」とだけ答えるテレンシオと、こくりと頷くオリアナ。


 昼食を食べながら、いわゆる『恋バナ』をしていた。

 フィリップ、レティシア、ステラ、ナディムは全員浮いた話がなかった。否、ナディムだけ何人かと付き合ったことがあると言っていたのだが、今はフリーであるそうだ。自己申告なので本当のところはどうなのだろうとレティシアは思っている。

 生徒会は皆からの憧れの存在だと言うのにこんなに婚約者も恋人もいない人ばかりなんて、と少々嘆かわしくなった。

 そこで、オリアナとテレンシオにも話を振ってみた。社交界でどちらも噂を聞いたことがないので、一応振ってみただけである。

 それなのに、返ってきたのはテレンシオの

「オリアナと婚約している」

 と言う言葉と、オリアナが無言でテレンシオを指差す姿だった。


「えー、何で教えてくれなかったのー?」


 緩い口調で放ったナディムの疑問は、この場にいるオリアナとテレンシオ以外の全員の心情を述べていた。


 オリアナはヘーゼルの瞳を僅かに大きくさせて、首を傾げた。ナディムの質問を不思議に思っているのだろう。生徒会の人達はオリアナとしばらく接して、何となくだが感情が分かるようになってきた。


「聞かれ、なかったから……?」


 知らなかったんだから、聞けるわけないでしょうとレティシアは内心思わずつっこんでしまう。フィリップやステラも同じ気持ちなのか、何かを言おうとして口を開いたが、ぐっと堪えていた。ナディムは相変わらず笑っていてよく分からない。

 説明の足りないオリアナに代わって、テレンシオが補足してくれた。


「僕達は幼い頃から婚約しているんだ。隠しているわけではないんだが、オリアナが中々社交界に顔を出さないから余り知られていない。それと、卒業後に結婚する予定で、その時に大々的に発表するつもりだから、聞かれた時以外、教えていないんだ」


 それを聞いて納得した。

 もし何かが起こり、婚約破棄する事になっても、醜聞が広まらなくて済むからと隠す時がある。そう言った場合、政略結婚が殆どだ。つまり、この二人は政略結婚なのだろうとレティシアは思った。

 本当は本人達に直接尋ねたかったのだが、野次馬根性丸出しという感じで、はしたないように思えたのでやめた。他の三人も踏み込みはせず、直ぐ次の話題に移り変わった。



 ところが次の週。

 週に一回の生徒会で食事をする日のことである。

昼食を食堂に頼んでステラと生徒会棟に向かっていると、ステラのみ教師に呼び止められた。

 先に行っていてくださいと言われたので、その通りにする。今は、ステラを一人にしても手出しする者がいない。

 部屋に入ると、既にオリアナが到着していた。


「オリアナ様、早いわね」

「……うん」

「………」

「………」


 会話が続かない。

 今本を持っていたら読書とか本の話などが出来るのだが、生憎レティシアもオリアナも持っていなかった。生徒会棟には資料しか置いていないし、食事の前に仕事の話はしたくない。

 そこで、レティシアはつい思っていたことを聞いてしまった。


「オリアナ様は、婚約の証は身につけていないのかしら?」


 この国の婚約者や夫婦同士は、お互い相手に自分の髪や目の色をした装飾品を贈り合う。何代目かの王が王妃に自分の目と同じ色の宝石ーーエメラルドのことであるーーをはめ込んだ指輪を送ったことが由来だ。

 オリアナは、無言のままふわふわのハニーピンクの髪を耳にかけた。

 深い青色をした、サファイアのイヤリングが

耳で揺れている。テレンシオの紺色の髪を表しているのだろう。


「まあ、とても綺麗ね」

「……これも」


 何処か嬉しそうにしながら、オリアナは制服の下に隠しているものを見せてくれた。

 サファイアが中心にはめ込まれたネックレスだった。これまた深い青をしている。一つしか宝石がついてなくてシンプルだが、普段使いには丁度いい。このように学園にもつけていける。

 この間は政略結婚だと勝手に結論づけたが、大切にされているんだな、と思った。

 自分の色を贈るのは、別に宝石でなくてもいい。冷めた関係だと、リボンやスカーフなどを贈っているのが多く見られる。

 そのため、宝石がはめ込まれた装身具を二つも贈られているオリアナは、とても大切にされている証なのだ。

 ただ、レティシアには少し気になる点があった。その疑問をついこぼしてしまう。他に話題が出てこなかったというのもある。


「素敵ね。でも、どうして隠しているの?」


 セントリアル学園では、それ程派手でなければアクセサリーを身に付けていても目溢しされる。現に、ナディムも両耳にいくつかピアスを開けているが、何も言われていない。

 それなのに、オリアナはネックレスを隠している。それに、オリアナは普段髪を耳にかけない。イヤリングも隠しているのではと思った。それが、レティシアには不思議でしょうがなかった。

 オリアナはレティシアの質問で喜びを消した。ヘーゼルの瞳は憂いを帯びているように見える。


「……嫌われ、てるから」


 聞き逃してしまいそうな、小さな小さな声だった。無表情のはずなのに、泣き出しそうに見える。

 レティシアが何と声をかけていいのか悩んでいると、ステラや他の人達が入ってきてしまう。

 オリアナは直ぐにネックレスとイヤリングを隠した。

 そこでこの話は終わってしまう。だけど、レティシアはオリアナの悲しそうな表情がしばらく忘れられなかった。

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