第30話

 生徒会の仕事は概ね順調であった。

 最初に思った通り、協調性とかそういったものはほぼ無いのだが個々の能力が優秀なため、上手く回っていた。

 驚いたことにナディムも仕事が早かった。何故、Bクラスにいるのか疑問なくらいである。

ただ、彼には少し困ったところがあった。


「ねーねーステラちゃん」

「へっ⁉︎ な、なんですか?」


 女子によく絡んで来るのである。特にステラに。

 フィリップ相手には強気なステラだが、ナディムだと緊張してしまうのか、涙目になってしまう。更にナディムが「可愛い」とか返答に困ることを言ってくるのだ。そして、ステラが更に涙目になる。

 そうなると、フィリップかレティシアが止めなくてはいけない。他の二人は我関せずという態度を貫いている。


「そのくらいにしておけ、ナディム」


 今日止めたのはフィリップだった。何時もは噛み付いているステラだが、こういう時は救世主でも見ているような顔をしている。その為、最近この二人が喧嘩をすることは少なくなった……訳ではない。

 ただ、最近フィリップは以前よりも落ち着いたように感じる。何というか、お馬鹿な行動が減って来たのだ。

 そう思い、アルフォンスにその理由を聞いてみると、アルフォンスはにっこり微笑んだ。


「私の言葉が効いたようですね」


 曰く、淑女の部屋に深夜に訪問するという王族として、否一人の男性としてあるまじき行いにアルフォンスは怒り、レティシアが領地に帰っている間に短期集中講座を行ったそうだ。今までは軽く窘めていただけだったが、それはもう厳しく。

 何を、どんな風に教えたのかレティシアは詳しく聞かなかった。フィリップの態度が、その厳しさを如実に表していたからだ。それに、アルフォンスの背筋が凍るような笑みから聞いてはいけない雰囲気を感じた。

 フィリップの後ろにはアルフォンスが控えている。

 基本的に、生徒会棟は関係者以外立ち入り禁止なのだが、アルフォンスにはここでも特例が出されて認められているのだ。

 その為、休憩中にお茶を淹れたり計算の手伝いをしてくれている。

アルフォンスの淹れたお茶は無表情がデフォルトであるオリアナも、ほんの少し口元が緩んでいるように見えるくらい美味しいのだ。


 生徒会は平和だったが、学園生活においてはある問題が浮上した。

 ステラをやっかむ人が増えたのである。

 男爵家の出でありながら、第一王子と親しくなり、更には生徒会にまで入ることとなった。そのことに身分不相応だと不満を持った人が出てきたのだ。

 レティシアとしては、ステラは当選して生徒会に入った、つまりなりたくてなった訳ではないのにステラに文句を言うのは筋違いだと思っている。

 だが、前例の少ないことなので不満を表しているのだろう。

 そう考えると、ナディムにも文句を言っている人達がいるのではないかと思ったのだが、それ程目立った数はいなかった。何故か尋ねてみると、侯爵家の子息だからと返ってきた。おかしな話である。

 つまり今声を上げているのは、家柄を重要視している者達なのだ。個人の能力を重視した人達は、気にしてすらいなかった。寧ろ、ステラが生徒会に入ったことに納得すらしている。

 Aクラスの生徒は殆どが実力主義なので、ステラに不満を表す人はいなかった。

 レティシアも家柄だけで人を判断するのはどうかと思っている。家柄が良いからと言って、その人物が素晴らしいとは限らない。現に、自身がそうだ。

 だが、そう言った人達にはレティシアの家柄が効果的なのが事実である。レティシアはより一層ステラの傍にいるよう努めた。

 登校するときはなるべく時間を合わせ、念のため昼食や教室を移動する時も一緒に行動した。

 それでも、問題は起きる時は起きるのである。


 その日の昼休み、レティシアとステラは天気が良いので庭園で食事をしようと考えた。

 混雑していたので、席を確保しておく人と食堂で注文する人に分かれた。レティシアは注文する方だった。

 レティシアが庭園に向かうと、ステラはいなかった。ステラの荷物だけが置いてある状態だ。

それに、何だか人が多い気がする。集まっている人達は、皆ひそひそと何かを話している。

 嫌なざわめきだ、とレティシアは思った。


「ねえ、そこの貴方。ステラがどこに行ったか知っているかしら?」


 近くにいた人に声を掛けると、その人はびくりと震えた。しばしの間逡巡してから、教えてくれた。


「あ、あちらに、何人かの方と向かったみたいです」


 そう言って彼が指差したのは、人目につきにくい場所であった。「ありがとう」とお礼を言い、昼食を席に置いてレティシアは去っていく。気が急いていながらも、なるべく優雅に。それでも心持ち足早になってしまったのは否めない。


 やられた、と思った。

 多分、レティシアとステラはそれまで何も起きなかったから、気を抜いていたのだろう。そして、少しくらいなら離れても大丈夫だと思った。

 だが、事件は一瞬目を離した隙に起きた。相手はレティシアが離れる機会を窺っていたのだろう。


「貴女、分を弁えなさいよ!」


 品のない叫び声が聞こえた。レティシアはますます足を早める。


「男爵家の出のくせに」

「レティシア様の太鼓持ち」

「殿下のみで飽き足らず、他の男性も誑かしているなんて」


 途中、そう言った言葉が聞こえてきた。やはり、ステラを連れて行ったのは、家柄を重視している人達なのだろう。


 ようやくレティシアはステラと取り囲む令嬢達のいる場所に到着する。手は出されていないようで、ほんの少しだけ安心した。

 そしてレティシアが彼女達の元に一歩踏み出そうとした時だった。


「私は男の人を誑かしたりなんかしていません。それに、レティ様は私の大切な友達です」


 それまで何も言わなかったステラが、震えた声で反論した。何時もはおどおどとしていることが多いステラが震えながらもはっきりと話している。レティシアには、何だかとても眩しく見えた。

 だが、取り囲む令嬢達にとっては怒りを増幅させるだけだったようだ。令嬢達は目を吊り上げた。


「まあ、口答えするなんて! それに、レティシア様のことをそんな呼び方をするなんて、失礼だと思わないのかしら!」


 令嬢達の中の一人がステラの頬を叩こうとするのをみて、レティシアは口を開いた。


「ここで何をしているのかしら」


 レティシアの声はちゃんと聞こえたようだ。令嬢は手を止め、レティシアの方を見た。その場にいる全員がレティシアに視線を向けている。


「あ、レティシア様……」

「ねえ、聞こえたかしら? こんな場所で、一体、何をしていたの?」


 令嬢達の顔は青ざめている。

 殆どの人が言葉を失っている中、漸く令嬢の内の一人が声を出す。


「何も、何もしていません……ただ、ステラさんとお話ししておりました」

「そう、お話をしていただけなのね」


 レティシアが繰り返すと、令嬢は何度も首を縦に振った。

 レティシアはステラに視線を向ける。


「ステラ、ありがとう。私も、貴女のことを大切な友人だと思っているわ」

「えっ⁉︎ どうしてそれを!」


 ステラの顔が真っ赤になるのと対照的に、令嬢達の顔はますます青くなった。レティシアに話の内容を聞かれたことに気付いたのだろう。令嬢達は自分達の処遇がどうなるかと恐怖に震えている。

 怯えるくらいなら、最初から何もしなければいいのに、とレティシアは呆れる。

だが、レティシアは彼女達に何かするつもりはない。

 ステラは暴力を振るわれそうになっていたが、未遂だった。これで、レティシアが制裁を加えると、過剰防衛になってしまう。

 だから、釘を刺すだけに留めておいた。


「皆さんにも聞こえたでしょう? ステラは私にとって、大切な友達なの。だから、もしまたステラにご用件があったら、私が傍にいる時にしてくれないかしら?」


 暗に「手を出すな」と言うと、令嬢達はまた何度も頷いた。


「そう、良かったわ。他にステラと話をしたい方にも伝えておいてくださる?

 ああ、昼食の時間が少なくなってしまうわね。では、ご機嫌よう」


 レティシアの言葉を聞いた令嬢達は「必ず伝えます!」と告げ一目散に駆け出した。その場にはレティシアとステラだけが残る。

 その後ろ姿を見て、身分がどうの家柄がどうのと言うのなら、自分達こそ品のある行動をして欲しいものだ、と思う。


「レティ様……」

「一人にさせてしまってごめんなさい」

「いえ! 私が油断していたから悪いんです」

「そんなことないわ。私が離れなければ良かったのよ」

「いえ、そんなことは――」


 お互い話し合っても堂々巡りになってしまう。そのため、どちらが悪いか話すのをやめた。そして、二人で昼食を食べに戻る。


 こうして、ステラに表立って文句を言う人は居なくなったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る