第29話
今日は始業式だ。
一ヶ月以上着ていなかった制服に袖を通すと、なんだか懐かしい気持ちが込み上げてくる。登校したとき、クラスメートを見たときも同じ気持ちになった。
この国の貴族女性は、日焼けをするとあまりいい顔をされない。そのため女子の肌の色は変わらず白かったが、男子の中には何人か小麦色に焼けている人達がいた。身長が伸びている人もいた。女子も日焼けはしていないが、どこか雰囲気が変わっている。皆少しずつ大人に近づいているのだな、と実感した。
レティシアはクラスメートとの交流は少ないが、最低限はある。その為、何人かと挨拶を交わしつつステラを待つ。久し振りに会ったステラはレティシアを見つけると、ぱあっと顔を輝かせて「レティ様!」と近づいて来て可愛かった。
フィリップはなんだか痩せた、というかやつれたように見える。気のせいだろうか。
校長の話は相変わらず長い。レティシアは睡魔と必死に戦っていた。眠らないように他のことに頭を使う。
校長の話とは何故毎回長くなるのだろうか、とか今日の昼食は何を食べようか、などと考えていると気付いたら終わっていた。だが、何か大事なことを言っていたようで周囲がざわついている。レティシアは後でステラに聞くか、担任が話すだろうと気に留めなかった。
「今学期は、生徒会選挙が行われる」
教室に戻ってから告げた担任のその言葉に、先程校長が話していたのはこれか、と納得した。
この学園には生徒会という組織が存在する。
その名の通り生徒が主体となるのだが、生徒会の役員になると、ある程度の権限と特権が与えられるのだ。将来の統括力を養うため、などが主な目的である。
そして、その生徒会に任命される人物が今月のテストが終わりしばらくすると、二学年の中から選挙で決まるのだ。任期は二年の二学期から三年の一学期終わりまで。現在の生徒会役員は既に引退しているが、新生徒会が決まると仕事の引き継ぎに来てくれる。
因みに役職と人数は、生徒会長一名、副会長一名、会計二名、書記二名の計六名だ。投票数によっては、庶務がいる場合もある。
投票される者は、大抵が家柄・知能・評判などが重視される。その為、Aクラスの中から選ばれることが殆どなのだ。勿論、王族が在籍する学年は、王族がほぼ確実に選ばれる。
以前のレティシアが経験した選挙では、フィリップが生徒会長に選ばれていた。周囲もフィリップ自身も当然といった態度だったので、今回も同じだろう。繰り返すが、フィリップの頭は悪くないのだ。
また、以前のレティシアは副会長になった。フィリップの傍にいたいからという理由で、シュトラール家の権力で根回しをしたり、一緒にいた友人達からの組織票である。
だが、今回は生徒会に入る気はない。一度経験して分かったのだが、生徒会は面倒くさいのだ。
生徒会に選ばれるのは、多くの人の憧れの的であることと同義である。そのため、栄誉なことだと思われているがそうでもない。仕事内容が雑用から重要事まで多岐にわたるのだ。その中でも特にレティシアが嫌なのは、予算の割り振りだった。
この学園には研究会という自分達で設定したテーマに沿って研究する活動がある。参加も設立も自由だ。その他にクラブ活動も存在する。レティシアはどこにも所属していない。そして、生徒会はそれらの予算を毎月割り振らなくてはいけない。その時に生徒会としては上手く割り振ったつもりでも、研究会が納得いかないと抗議が寄せられるのだ。
こちらの説明で納得してくれる会もあるが全くもって聞く耳持たない会もあった。だったらと妥協案を提示するともっと要求する始末。勿論、全ての研究会がそうであるとは言わないが、いくつか存在したのも事実だ。そのため、今回は生徒会に入りたくないのである。
幸い、今レティシアに取り巻きはいない。根回しの必要もないので、選ばれることはないだろう。家の権力は大きいが、人望がないのだ。投票されるはずがあるまい。
レティシアはそう楽観視していた。だから気づかなかったのである。シュトラール家にどれほど影響力があるか。また、レティシアは周囲にどう評価されているのかを……
そして迎えた選挙当日。
皆テストも終わり、誰を選ぶかゆっくりと考える余裕がある。そのために少し間隔が空いているのだ。
レティシアは生徒会長枠にフィリップを記入した。他の役員にはAクラスの中でも色々と纏められそうな人を書いていく。
後日、誰に投票したかステラに聞いてみたが、やはり生徒会長にはフィリップを記入したそうだ。
投票結果は数日後に発表される。それまでレティシアは穏やかな学園生活を送った。
「レティシア嬢、ステラ嬢、ちょっといいか?」
発表される日の昼、レティシアとステラは担任に呼び出された。曰く、食事を終えたら職員棟まで来てほしいと。ステラと首を傾げつつもなるべく早く昼食を済ませ、二人で向かう。
職員棟は全校舎に唯一繋がっている。それ以外は全てクラス毎に分かれているのだ。移動教室や運動場まで。そのため、歩いていると今まで顔を合わせたことがないが、同じ制服を着ている人ーーつまり別クラスの生徒であるーーと時折すれ違った。
因みに、レティシアはAクラスの校舎しか入ったことがないので知らないが、クラスによって設備の整い具合も違っている。セントリアル学園は本当に徹底した実力主義なのだ。
レティシアとステラは会話をしながら足を進めた。
「何で呼び出されたんでしょうかね? ……私達、何かやらかしました?」
ステラは不思議そうな表情をしていたかと思うと、急に青ざめた顔になった。表情豊かである。
「いいえ、何もしていないはずだけど……。普通に生活していたわよね? 最近あった特別なことといえば生徒会選挙くらいで……はっ、生徒会⁉︎」
「レティ様、どうしました?」
ステラの声は既にレティシアには聞こえていない。
嫌な予感がするのだ。途轍もなく面倒なことが起きる気がする。
どうして呼び出された時点で気付かなかったのだろうか。レティシアは以前同じことを経験しているのだ。そう、きっとこれは――
レティシアは考え事をしつつも無意識に歩いていたため、気付かぬうちに職員室に着いた。ステラはレティシアの心配をしつつも、扉を開けた。
「失礼します……ってレティ様⁉︎ どこ行こうとしてるんですか⁉︎ 職員室こっちですよ‼︎」
「……何やってんだ? まあ、これで全員揃ったな」
職員室を通り過ぎようとしていたレティシアは、ステラに引っ張られたのと担任の声で漸く考え込むのをやめた。
そこにいたのは、フィリップとAクラスの生徒男女一名ずつ、それから今まで見たことがなかった男子が一人だった。
「君達に集まってもらったのは、生徒会のことだ。これから、新生徒会として活動してもらう。フィリップ殿下が生徒会長で、レティシア嬢が副会長、ラドクリフとオリアナ嬢が書記、ゲインズとステラ嬢が会計だ。いいな?」
よくないです。
喉まで出かかったその言葉をレティシアはどうにか飲み込んだ。
レティシアの予想は当たってしまった。やはり生徒会のことであった。
ただ、気になるのは何故自分が選ばれたのかだった。
レティシアは今回根回しなどしていない。そもそも根回し出来る程今の交友関係は広くない。レティシアには何故自分が選ばれたのかが心底不思議だった。
その理由だが、実はレティシアの行動だったりする。以前とは違い、自然体で過ごしているレティシアにステラと同じように憧れた者が多かったのだ。それは、男女問わず。
家柄、知能、評判。結果、レティシアは全ての条件を満たしていた。
「先生、しつもーん。俺、Bクラスなんだけどいいのー?」
初対面の男子生徒が手を挙げ、緩い口調で話している。今まで会ったことがない理由を知れて、納得した。と、同時に一年の時レティシアと仲良くしていたBクラスの子の話を思い出す。
確か、Bクラスに紫の髪をした凄くかっこいい人がいる。ただ、軽薄そうな雰囲気なのが残念だ、と言っていた。
彼を見ると、制服を着崩し髪を無造作に縛っている。人を見た目で判断するのはあまり好きではないが、そう見ると確かに軽薄そうな印象を受けた。
また、縛られている髪もこの国では珍しい紫色をしている。きっとこの人なのだろうとレティシアは当たりをつけた。
「いいのも何も……もう選ばれたんだ。やるしかないだろう」
担任の言う通り、当選した者は拒否することが不可能なのだ。といっても、辞退する人はそういないが……。
レティシアもそのことを知っていたため、仕方がないと諦めている。逃げも隠れもしない、いや出来ないのだ。
「それじゃあこれから発表するから、講堂に向かい控え室で待機していてくれ」
そう言って去って行った担任。親睦を深めるためだろうか。しばらくすると、各々で勝手に行動し始めた。協調性とかないのか。
フィリップは満面の笑みを浮かべながらレティシアとステラに近寄って来る。
「レティシアとステラが一緒で良かったぞ。これから頑張っていこうな」
「ええ、よろしくお願いします」
「………」
ステラは担任の話を聞いてから、ずっと固まっている。レティシアが肩を軽くとんとんと叩くと、はっと我に返った。
そして
「えええええ‼︎ 私が生徒会ですか⁉︎」
と絶叫をあげたのだった。
新生徒会の発表は講堂はざわめきに包まれた。
異例のメンバーだからだ。
先ず、男女比率が1:1な点。また、Aクラスではない生徒――紫髪の彼だ――が当選している。さらに言うと家柄の低い生徒――ステラである――が入っていること。この三つが主な理由であった。
表向き選挙では誰に投票しても良い事になっている。
だが、例年では大抵男子の割合が高くなる。男子だけの年もあるくらいだ。それから、Aクラスのものが当選することが圧倒的に多い。選ばれる生徒は伯爵位以上の家である。これらが暗黙の了解となっているのだ。
レティシアは自分が選ばれたこともそうだが、ステラと紫髪の彼が役員となったことに疑問を持っていた。
以前と今の自分の現状がまるで違うからだろうか。
放課後になると、生徒会専用の校舎、通称生徒会棟に案内された。
生徒会棟には、会議室、資料室、また役員個人の部屋などが入っている。
全ての部屋を見てから、会議室で自己紹介を行った。
「新生徒会長となったフィリップ・ルミナーレだ。第一王子だが、身分は気にせず気軽に接してくれ。よろしく頼む」
この中で最も高貴な身の上のフィリップがそう言ったことで、張り詰めた雰囲気が霧散したような気がする。
自己紹介は役職順だ。次はレティシアになる。
「副会長になったレティシア・シュトラールです。これからよろしくね」
少々緊張して敬語と普段の言葉遣いが混ざった変な喋り方になってしまった。
「書記のテレンシオ・ラドクリフだ。これからよろしく」
テレンシオは公爵家の令息だ。生徒会に選ばれただけあり、怜悧な美貌である。髪は紺色で、眼鏡の奥の切れ長の目はアイスグリーンだった。クラスは同じだが、今のレティシアは何回か挨拶をしたくらいだ。
ただ、以前一緒に生徒会をして計算能力が非常に秀でていたことを覚えている。それから、暇さえあれば勉強ばかりしている人だということも。
「……書記、オリアナ・マースリンです」
オリアナは侯爵家の令嬢だ。小柄でいて、ふわふわのハニーピンクの髪に、くりっとした大きなヘーゼルの目の非常に愛らしい容姿をしている。
だが、その外見に反して口数が少なく、常に無表情の彼女は、『氷の美少女』と呼ばれているのだ。また、社交界には殆ど顔を見せない。
彼女も以前一緒に生徒会をしたが、あまり打ち解けられなかった。というか殆ど話していない気がする。
あの頃のレティシアは、フィリップ一辺倒だった為、生徒会に入ってもフィリップしか見ていなかった。
「あ、俺の番? これから会計をやるナディム・ゲインズだよ。俺だけBクラスだけどよろしくねー」
ゲインズという家名は確か侯爵家だったはず、とレティシアは記憶を探る。
ナディムは先述の通り、藤の花のような薄い紫色の髪を後ろで緩く一つに縛っていて、蜂蜜色の目をしていた。オリアナとは対照的に、ずっとへらへら笑っている。
彼とは接点がないのでよく分からない。ただ、真面目に仕事をしてくれればレティシアにとってはそれで良いのだ。
「か、会計のステラ・アーノルドです。よろしくお願いします」
最近は鳴りを潜めていた内気な部分が復活したのか、吃ってしまったステラ。ぺこりと頭を下げている姿が可愛らしい。
こうして、新生徒会初の顔合わせは終わった。
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